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しおりを挟む「おかえり」
「あ……ただいま帰りました」
「……無理をさせたか」
「え?」
「……いや、シャワーを浴びておいで」
そう言って篠崎は踵を返した。背を追うようにして廊下を歩く。
篠崎は何を思ったのだろう。疲れた顔でもしていただろうか。今日は急な仕事が飛び込んでくることもなく平常通りの仕事で終わったのだけれど。それとも悩みが顔に出てしまっていたのだろうか。
「シャワー浴びてきますね」
口実だ。逃げだ。でも、ゆっくりテレビを観るには先にシャワーを浴びるべきでもあるのだから不自然でもないだろう。身体をすっきりさせて、表情を変えよう。だって、せっかくの篠崎の優しさなのだから。
濡れた髪を拭きながら出ると、リビングのテーブルにたくさんの食べ物が並んでいた。唐揚げやポテト、ピザ。それからロールパンにポタージュスープ。なんだか子供の誕生会のような食べ物がたくさん。
「あぁ、上がったか」
「はい。あの、これ」
「すまない、作ろうと思ったんだが買ってきてしまった」
「わざわざ?」
「たまにはいいだろう」
「えと、はい」
どういう風に顔を合わせよう、と着替えをしながら思っていたのに驚きで全て飛んでしまった。篠崎は一体どうしたのだろう。
「今日は諒くんは子供の日だからな」
「え?」
「たまには子供に戻る日を作ろうと言っただろう」
「え……あ、はい」
少し前の衣替えの時から篠崎が時折言う「子供に戻る日」。それは突然やってくる。今日みたいに。
「髪を乾かそうか。あぁ、でも始まってしまうな」
「あ……」
始まってしまう、それはテレビ番組のことだ。心霊番組。まだ観るとは思えていないそれ。
「諒くんは怖いのかな。顔が強張っているよ」
少しからかうような口調。こんなことを篠崎が言うのは珍しい。
「こ、怖くはっ」
番組内容を読んで確かに怖いとは思ったけれど、顔が強張っているとしたらそれは恐怖からではない。
篠崎はいたずらのような顔から普段の優しい顔になって言った。
「怖くないよ。大丈夫。一緒だから大丈夫」
その優しい顔に、ストンと落ちた。きっと篠崎は安西の心の葛藤を見抜いている。だからきっと、今日を「子供に戻る日」に選んだのだろう。子供のときの苦い記憶を塗り直そうとして。
「……篠崎は怖くないんですか」
やっと気付きました、なんて言えなくて、出たのは可愛げのない言葉だった。なのに篠崎は嬉しそうに笑う。
「怖いから諒くんを抱っこして観るんだよ」
そんなこと、言わなくていいのに。かっこよくて大人な篠崎はそんな風に自分を下げなくていい。こんな卑屈で子供な安西のために。
でもその優しさをありがたく受け取らなければ。だから、じゃあ抱っこさせてあげます、とか言えたらよかったのに。テディを貸してあげますよ、とか。
零れたのは涙とありがとうだった。
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