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閨の練習相手9
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「私は史書に記されたことしか知りません。ただ残された記録によると、王子が子を授からなかった場合に再度練習相手として仕事をした、ということもあったそうです」
「……ってことは、結婚してもしばらくは縛られるってことですか」
「そうなりますね。ただ、大切なお役目ですから優遇されます。褒美もたんまりともらえますよ。生涯仕事をする必要がないくらいに。無事に王子に子どもが生まれましたら、城を離れることが許されます。住む場所も選べ、家も国によって用意されます」
ということは、その辺りがタイムリミットか。
(王子に子どもができる前に誰かを攻略しないといけないってことね……)
攻略対象が誰なのかは曖昧なままだけれど、なんとなくゲームの雰囲気は掴めたように思う。そもそも、これまでだって攻略サイトは見ずに全クリしてきたのだ。これくらい不明点が多い方がむしろ燃える。
「何か質問は?」
「あ……じゃあ、ロイド先生、結婚してますか」
「え? ええ、はい」
「……は?」
「妻がおりますが」
「はああああああああああ?」
攻略対象じゃねえのかよ!
しかし、先に訊いておいてよかった。さすがに既婚者の略奪婚はゲームとはいえやりたくない。
(でも全クリはしたい……)
とりあえず最後だ。後回しだ。めぼしい相手をクリアした後、それでも全クリ認定にならなかった場合に攻略を考えればいい。
「……何か? 私のような者に妻がいるのが不思議だとか?」
「やっ、違います! 奥さんが羨ましいなぁって」
へらへらと笑い、ぬるくなったホットミルクを一気飲みして頭を下げる。
「ありがとうございました! あの、また来てもいいですか」
「ええ、もちろんです。いつでもお待ちしておりますよ」
穏やかなほほ笑み。
たぶん、ロイドはゲーム主人公の指南役だ。きっとそう。そうであってほしい。こんな人を、略奪愛なんてさせないでほしい。
* * *
(ふむ……んー……)
部屋に戻り、ベッドに座って今後の方針を練る。
(略奪系を除くとなると……)
これまで名前が出てきているのは医師のロイド、王子のルイ、そしてレオン。
(……え、独り身なのレオンしかいないじゃん)
選択肢が狭すぎる。もう少し探索して、人間関係を広めた方がよさそうだ。
(普通のゲームでも、友達キャラが協力してくれたりするしね)
思い立ったらすぐ行動。恋愛シミュレーションゲームはタイムリミットが決まっている。だらだらしている暇はない。一周目は攻略より全体の流れや登場人物を把握するのに集中しようとは思うが、だからこそ二周目以降はしっかりと対象を絞ってプレイしたい。
キャラクターを把握すべく、まずは外に出てみることにした。
ひんやりとした廊下を歩き、食堂に向かう。
(たぶん、あんまりマップは広くないのよね)
普通、どこの誰とも知らない人間を王子の部屋の近くには住まわせないだろう。現時点ででてきている部屋も、ロイドの医務室、あてがわれた自室、閨の練習部屋、そして食堂の四か所だけだ。
(まあ、ほとんどの恋愛シミュレーションゲームではキャラクターを自分で移動させることってないしね)
この特別シナリオは売り物ではなく、全クリ特典のようなものなのだ。いくらリアリティがあるとはいえ、そこまでお金はかけられないというのが本音だろう。
廊下を途中で折れると、軍隊のような制服を着た男二人が鉄製の扉を挟んで立っていた。
「あの、外に出たいんですけど」
「どちらに行かれるご予定で」
「えっ……と」
外に何があるのかわからない。城下町があれば歩いてみたいとは思うが、そこまで作り込まれてはいないような気もする。
(っていうか、お金持ってないし)
次レオンに会ったらいくらか融通してもらうことにして、門番には「庭の散歩に」と答えておく。
何か言われるかと警戒したが、二人はすんなりと扉を開けてくれた。
ブラックアウトを覚悟したけれど、城の外には青空が広がっていた。芝生の生えた庭に、木の実や果物らしきものをつけた木々。
そして「えいっ、やっ!」と勢いをつけるような低い男たちの声。
そちらに向かうと、砂を敷き詰められた開けた空間で剣を携えた男たちが訓練をしていた。
「重心を下げろ!」
覚えるのある声。しかし、聞いたこともないような気迫があった。
「国民を守る気があるのか!」
背を向けている男のうちのどれかなのだろう。レオンの姿は見えないが、声は確かに彼だった。
(そっか、騎士団長か……)
レオンは、通常シナリオではルイの側近兼騎士団長だった。きっとここでも同じなのだろう。
邪魔をしないよう、踵を返す。
左手には石を積み上げて作られた城。右手に向かって進んでいくと、どうやら城は高台に作られているらしいことがわかった。
(わぁ……!)
作り込まれていないだろうと思ったのに、眼下には城下町が広がっていた。縁日のように連なる小さな店。並べられた色とりどりの野菜らしきもの。噴水を中心に丸く作られた公園には、ボールを追いかけて遊ぶ小さな子どもの姿が見える。
遠目でも、活気があるのが伝わってきた。
行ってみたい。しかし勝手に出ていいのかわかららない。それに今すべきことは、ゲームの登場人物の把握だった。
(ま、この世界を満喫するのがメインのゲームじゃないし)
とにかく攻略! 絶対全クリしてみせる!
――と意気込んではみたものの、膨大な敷地を一周して、城の中も可能な限り歩いてみたけれど、攻略対象になりそうな人は見当たらなかった。
(あ、途中から入ってくるのかも……?)
よくあるパターンだ。え、ここから攻めて間に合うの?! というタイミングでの登場。しかもそういうキャラは性格も気難しかったりする。時間的な猶予のこともあって当然高難易度。けれどその相手を落とした瞬間の爽快感と達成感はひとしおだ。
(じゃあ、やっぱりとりあえずレオンかぁ……)
しかしあの性格はどうにかならないものだろうか。画面越しのゲームならここまで苛立ちはしないのに。それに、ベッドでだけは優しいなんていうポイントが微妙に乙女心をくすぐってくるのがまた癪に障る。
でも、全クリのため。性格なんて気にしていてはいけない。これまでだって、アリスの恋愛対象ではない老人キャラだって落としたのだ。それと同じと思えばいい。
(でも、最後のアンケートではリアリティがあるが故に性格の難に抵抗感があったって書いておこう……)
「……ってことは、結婚してもしばらくは縛られるってことですか」
「そうなりますね。ただ、大切なお役目ですから優遇されます。褒美もたんまりともらえますよ。生涯仕事をする必要がないくらいに。無事に王子に子どもが生まれましたら、城を離れることが許されます。住む場所も選べ、家も国によって用意されます」
ということは、その辺りがタイムリミットか。
(王子に子どもができる前に誰かを攻略しないといけないってことね……)
攻略対象が誰なのかは曖昧なままだけれど、なんとなくゲームの雰囲気は掴めたように思う。そもそも、これまでだって攻略サイトは見ずに全クリしてきたのだ。これくらい不明点が多い方がむしろ燃える。
「何か質問は?」
「あ……じゃあ、ロイド先生、結婚してますか」
「え? ええ、はい」
「……は?」
「妻がおりますが」
「はああああああああああ?」
攻略対象じゃねえのかよ!
しかし、先に訊いておいてよかった。さすがに既婚者の略奪婚はゲームとはいえやりたくない。
(でも全クリはしたい……)
とりあえず最後だ。後回しだ。めぼしい相手をクリアした後、それでも全クリ認定にならなかった場合に攻略を考えればいい。
「……何か? 私のような者に妻がいるのが不思議だとか?」
「やっ、違います! 奥さんが羨ましいなぁって」
へらへらと笑い、ぬるくなったホットミルクを一気飲みして頭を下げる。
「ありがとうございました! あの、また来てもいいですか」
「ええ、もちろんです。いつでもお待ちしておりますよ」
穏やかなほほ笑み。
たぶん、ロイドはゲーム主人公の指南役だ。きっとそう。そうであってほしい。こんな人を、略奪愛なんてさせないでほしい。
* * *
(ふむ……んー……)
部屋に戻り、ベッドに座って今後の方針を練る。
(略奪系を除くとなると……)
これまで名前が出てきているのは医師のロイド、王子のルイ、そしてレオン。
(……え、独り身なのレオンしかいないじゃん)
選択肢が狭すぎる。もう少し探索して、人間関係を広めた方がよさそうだ。
(普通のゲームでも、友達キャラが協力してくれたりするしね)
思い立ったらすぐ行動。恋愛シミュレーションゲームはタイムリミットが決まっている。だらだらしている暇はない。一周目は攻略より全体の流れや登場人物を把握するのに集中しようとは思うが、だからこそ二周目以降はしっかりと対象を絞ってプレイしたい。
キャラクターを把握すべく、まずは外に出てみることにした。
ひんやりとした廊下を歩き、食堂に向かう。
(たぶん、あんまりマップは広くないのよね)
普通、どこの誰とも知らない人間を王子の部屋の近くには住まわせないだろう。現時点ででてきている部屋も、ロイドの医務室、あてがわれた自室、閨の練習部屋、そして食堂の四か所だけだ。
(まあ、ほとんどの恋愛シミュレーションゲームではキャラクターを自分で移動させることってないしね)
この特別シナリオは売り物ではなく、全クリ特典のようなものなのだ。いくらリアリティがあるとはいえ、そこまでお金はかけられないというのが本音だろう。
廊下を途中で折れると、軍隊のような制服を着た男二人が鉄製の扉を挟んで立っていた。
「あの、外に出たいんですけど」
「どちらに行かれるご予定で」
「えっ……と」
外に何があるのかわからない。城下町があれば歩いてみたいとは思うが、そこまで作り込まれてはいないような気もする。
(っていうか、お金持ってないし)
次レオンに会ったらいくらか融通してもらうことにして、門番には「庭の散歩に」と答えておく。
何か言われるかと警戒したが、二人はすんなりと扉を開けてくれた。
ブラックアウトを覚悟したけれど、城の外には青空が広がっていた。芝生の生えた庭に、木の実や果物らしきものをつけた木々。
そして「えいっ、やっ!」と勢いをつけるような低い男たちの声。
そちらに向かうと、砂を敷き詰められた開けた空間で剣を携えた男たちが訓練をしていた。
「重心を下げろ!」
覚えるのある声。しかし、聞いたこともないような気迫があった。
「国民を守る気があるのか!」
背を向けている男のうちのどれかなのだろう。レオンの姿は見えないが、声は確かに彼だった。
(そっか、騎士団長か……)
レオンは、通常シナリオではルイの側近兼騎士団長だった。きっとここでも同じなのだろう。
邪魔をしないよう、踵を返す。
左手には石を積み上げて作られた城。右手に向かって進んでいくと、どうやら城は高台に作られているらしいことがわかった。
(わぁ……!)
作り込まれていないだろうと思ったのに、眼下には城下町が広がっていた。縁日のように連なる小さな店。並べられた色とりどりの野菜らしきもの。噴水を中心に丸く作られた公園には、ボールを追いかけて遊ぶ小さな子どもの姿が見える。
遠目でも、活気があるのが伝わってきた。
行ってみたい。しかし勝手に出ていいのかわかららない。それに今すべきことは、ゲームの登場人物の把握だった。
(ま、この世界を満喫するのがメインのゲームじゃないし)
とにかく攻略! 絶対全クリしてみせる!
――と意気込んではみたものの、膨大な敷地を一周して、城の中も可能な限り歩いてみたけれど、攻略対象になりそうな人は見当たらなかった。
(あ、途中から入ってくるのかも……?)
よくあるパターンだ。え、ここから攻めて間に合うの?! というタイミングでの登場。しかもそういうキャラは性格も気難しかったりする。時間的な猶予のこともあって当然高難易度。けれどその相手を落とした瞬間の爽快感と達成感はひとしおだ。
(じゃあ、やっぱりとりあえずレオンかぁ……)
しかしあの性格はどうにかならないものだろうか。画面越しのゲームならここまで苛立ちはしないのに。それに、ベッドでだけは優しいなんていうポイントが微妙に乙女心をくすぐってくるのがまた癪に障る。
でも、全クリのため。性格なんて気にしていてはいけない。これまでだって、アリスの恋愛対象ではない老人キャラだって落としたのだ。それと同じと思えばいい。
(でも、最後のアンケートではリアリティがあるが故に性格の難に抵抗感があったって書いておこう……)
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