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閨の練習相手8

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(……全クリって概念は消えそうだけど……)

 目まぐるしく考えているうちに、ロイドが湯気の立つカップを二つ用意した。先ほどまで着いていたテーブルに置かれる。

「どうぞ」
「どうも……」

 そういえば、ロイドはアリスがルイ王子の閨を相手を務めていることを知っている。それなら何か、逃げる方法だって考えてくれるかもしれない。
 カップを取る。白い液体、甘い香り。ホットミルクだろうか。両手で包むようにして持つと、じんわりと指先がしびれるようにして温まる。

「昨夜はいかがでしたか」
「……あの仕事、辞めたいんですけど」
「それは――」

 ロイドがカップを傾けた。そちらからはコーヒーの香ばしい香りがする。
 ここに来てから初めての穏やかな時間だった。静かにカップを傾ける。

「レオンが下手でしたか」
「ぶふぉっ!」

 舌も上あごも唇も痛い。ひりひりする。最悪だ。痛みは感じない設定にしてくれたらよかったのに。

「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないですけど大丈夫です」

 差し出されたタオルを借りて、口や濡れた服を拭う。
 そうしている間に、ロイドは氷を用意してくれた。

「どうぞ」
「どうも……」

 口に含むと痛みが少しましになった。アメのように舐める。
 アリスが落ち着いたのを見て、ロイドも椅子に腰を戻した。

「レオンのせいでなければ、どうして辞めたいと?」
「いやレオンのせいですけど」

 思い出したら腹が立ってきた。氷をガリガリと噛んで飲み下す。

「下手だったんですか」
「……そういうんじゃなくて。っていうか、そこまでしてませんから」
「してないんですか」

 首をかしげるロイドに疑問を持った。

「あの、これまでの練習相手ってどんな感じだったんですか。っていうか、なんでこんなことに? そもそも、どうして私? どうやって相手を選んでるんですか」
「何の説明もありませんでしたか」
「誰から?」
「レオンから」
「あると思います?」
「……ないでしょうね」

 わかりました、と言ってロイドが居住まいを正した。

「この国――アルケイド王国の王子は、早い段階で許嫁が決まります。そして成人と共に婚姻をし、すぐに継承者を作ります」

 つまり、子作りをするということだろう。

「しかし、知識がなければ子どもを作る方法がわかりません。ですから教える必要があるのですが、この国の女性を使えば王子の弱みを握られたり、万が一他国のスパイだった場合に大問題になります」

 突拍子もない話のように感じられたが、一理あるとも思えた。黙ったまま頷き、先を促す。

「そこで、異世界から純潔の娘を呼び寄せるという方法を思いついたのです。あ、方法については私は存じ上げません。王族の秘密となっています」

 シナリオライターはそこまで突き詰めて作ればいいのに。しかしストーリー攻略には関係しないか、もしかしたらルイの攻略報酬で明らかにされるのかもしれない。

「それで?」
「――で、呼び出しに答えたのがアリスさんだったというわけです」
「……呼ばれた覚えはないんですけどね」

 まあ、あくまでゲームだ。そういう設定になっているということだろうと思うことにする。

「あの、いつまで練習相手をしないといけないんですか」
「仔細はわかりませんが、ひとまず結婚式をめどにお役御免になるそうですよ」
「ひとまずって?」
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