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閨の練習相手11
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勢いが削がれ、石の上に敷かれたワインレッドの敷物を見ながら手を差し出す。
「……お金。ちょうだい」
「そもそもお前はまだ給料がもらえるほどの仕事をしていないと思うんだが」
「それは……」
そうかもしれない。でもここに呼ばれた時点で自由を制限されているようなものなのだから、労働時間に含まれてもいいだろう。いくら昼休みでも、電話番をしている限りは労働時間という原則と同じだ。守る会社は多くはないが。
「……買い物に出たら満足するか」
どうやら、折れてくれるらしい。
たしかにレオンだって、触れ合う相手は選びたいというのが本音だろう。冷静になって考えてみれば、レオンはとても見目がいい。原作シナリオをプレイ中は何度も何度もときめいた。この人が現実にいたらいいのに、と思った回数は数えきれない。まあ、他のゲームでもプレイする度に各キャラクターに思っていたけれど。
(でもぜんっぜん性格違うし!)
通常シナリオではとにかくでろでろに甘かったのに。溺愛イケメンだったのに。
けれどレオンからしたら、呼び出した側とはいえアリスは初対面の相手。しかも側近兼騎士団長という立場上、たとえ相手が異世界人であっても警戒するのは当然のことのように思えた。
(……あれ、じゃあ私がわがままなだけ?)
いや、レオンの口の利き方には問題があるだろう。警戒するのとばかにするのでは全然違う。
(でもベッドでは優しかったんだよなぁ……)
あれはアリスが処女であることを考慮してくれたということだろう。
総合して考えると、やはり自分は子どもだったかもしれない。
自分の未熟さを恥じていると、少し前を歩いていたレオンが足を止めてアリスを振り返った。
「どうした、行かないのか」
少し先には、門番の立つ扉が見えていた。
「……甘いもの、買って」
「それだけじゃ何を買うのかわからない」
「クレープ。チョコとアイスがたっぷりのやつ。ある?」
「少し歩くぞ」
なんだ、悪くないかもしれない。
小走りで隣に立つと、門番が無言で開けた扉の先に、都会では目にかかることのできない星空が見えた。
「ねえ、レオンは何歳なの」
クレープから飛び出したバナナを頬張りながら、隣を歩くレオンに問う。
「若いよね。それなのに騎士団長?」
これは通常シナリオをプレイしているときにも抱いていた疑問だった。レオンエンドで明らかになるかと思ったけれど、闇に包まれたままだったのだ。
「二十七だ。今年二十八になる」
質問は二つした。それなのに答えは一つだけ。
「いつから騎士団長してるの?」
「二年前だ」
「いつ入隊したかは知らないけどさ、それにしても昇進早くない?」
言った後で、しまったと内心で舌を打つ。これではレオンが無能だと言っているようなものだ。せっかく悪くない雰囲気だったのに。
「あー……その、他意はなくて。単純に早いっていうか、そんだけ若くして偉いとさ、年配の人に妬まれたりしない?」
隣から、深いため息。
「騎士団長は、平均三十で退官する」
「え、そうなの? 短くない?」
「そうだな」
さりげない返事だったのに、レオンの目に暗い色が見えた気がした。
(……何か事情がある……?)
しかし訊ける雰囲気ではない。
(でも知っておいた方がいい……よね?)
何が攻略のヒントになるかわからない。
「退官の理由は?」
「殉職」
「……え」
街の雰囲気に、あまりにも似つかわしくない言葉。
アリスの周りだけがしんと静まり返ったようだった。
「この国は資源を多く持つ。そのせいで侵略を狙う国が後を絶たない」
「そんな……え、本当に?」
そんなストーリー、通常シナリオにはなかった。
「嘘をついてどうする」
「そんな――」
「だから」
レオンがアリスの言葉を遮った。真剣な瞳。
「お前はたしかに一方的に召喚された。不満もあると思う。悪かったとも思っている。だが、これはお前にしかできない仕事だ。どうか国民を守るために協力してほしい」
「レオン……」
体を二つに折るように頭を下げられ、思考が止まった。
ゆっくりとレオンが頭を上げる。
「王子とセリーヌ様の婚姻がうまくいけば、我が国とセリーヌ様の国セルバディアとのつながりが強固になる。セルバディア国の同盟国もまた、我が国の同盟国になるんだ」
「戦力を高めて抑止力にするってこと……?」
「そうだ」
「そのために、王子はセリーヌ様と結婚するの……?」
「当然だ」
「当然……?」
政略結婚だ。たしかに、この国にとっては必要なことかもしれないけれど。
でも通常シナリオでは、二人はただの幼馴染だったのに。
「王子はセリーヌ様のことを好きなの?」
「それは俺には答えられない」
「……そう」
好きならいい。好きなら……けれどもしそうでなかったら。
(王子は……国のために好きでもない人と結婚するの……?)
そしてそのために、あんなふうにアリスに頭を下げたのか。
それにレオンも、国を守るためにこうして――。
そこからどう部屋に帰ったのか、覚えていなかった。
記憶にあるのは、部屋に送り届けてくれたレオンの「明日は休みでいい」という言葉だけだった。
「……お金。ちょうだい」
「そもそもお前はまだ給料がもらえるほどの仕事をしていないと思うんだが」
「それは……」
そうかもしれない。でもここに呼ばれた時点で自由を制限されているようなものなのだから、労働時間に含まれてもいいだろう。いくら昼休みでも、電話番をしている限りは労働時間という原則と同じだ。守る会社は多くはないが。
「……買い物に出たら満足するか」
どうやら、折れてくれるらしい。
たしかにレオンだって、触れ合う相手は選びたいというのが本音だろう。冷静になって考えてみれば、レオンはとても見目がいい。原作シナリオをプレイ中は何度も何度もときめいた。この人が現実にいたらいいのに、と思った回数は数えきれない。まあ、他のゲームでもプレイする度に各キャラクターに思っていたけれど。
(でもぜんっぜん性格違うし!)
通常シナリオではとにかくでろでろに甘かったのに。溺愛イケメンだったのに。
けれどレオンからしたら、呼び出した側とはいえアリスは初対面の相手。しかも側近兼騎士団長という立場上、たとえ相手が異世界人であっても警戒するのは当然のことのように思えた。
(……あれ、じゃあ私がわがままなだけ?)
いや、レオンの口の利き方には問題があるだろう。警戒するのとばかにするのでは全然違う。
(でもベッドでは優しかったんだよなぁ……)
あれはアリスが処女であることを考慮してくれたということだろう。
総合して考えると、やはり自分は子どもだったかもしれない。
自分の未熟さを恥じていると、少し前を歩いていたレオンが足を止めてアリスを振り返った。
「どうした、行かないのか」
少し先には、門番の立つ扉が見えていた。
「……甘いもの、買って」
「それだけじゃ何を買うのかわからない」
「クレープ。チョコとアイスがたっぷりのやつ。ある?」
「少し歩くぞ」
なんだ、悪くないかもしれない。
小走りで隣に立つと、門番が無言で開けた扉の先に、都会では目にかかることのできない星空が見えた。
「ねえ、レオンは何歳なの」
クレープから飛び出したバナナを頬張りながら、隣を歩くレオンに問う。
「若いよね。それなのに騎士団長?」
これは通常シナリオをプレイしているときにも抱いていた疑問だった。レオンエンドで明らかになるかと思ったけれど、闇に包まれたままだったのだ。
「二十七だ。今年二十八になる」
質問は二つした。それなのに答えは一つだけ。
「いつから騎士団長してるの?」
「二年前だ」
「いつ入隊したかは知らないけどさ、それにしても昇進早くない?」
言った後で、しまったと内心で舌を打つ。これではレオンが無能だと言っているようなものだ。せっかく悪くない雰囲気だったのに。
「あー……その、他意はなくて。単純に早いっていうか、そんだけ若くして偉いとさ、年配の人に妬まれたりしない?」
隣から、深いため息。
「騎士団長は、平均三十で退官する」
「え、そうなの? 短くない?」
「そうだな」
さりげない返事だったのに、レオンの目に暗い色が見えた気がした。
(……何か事情がある……?)
しかし訊ける雰囲気ではない。
(でも知っておいた方がいい……よね?)
何が攻略のヒントになるかわからない。
「退官の理由は?」
「殉職」
「……え」
街の雰囲気に、あまりにも似つかわしくない言葉。
アリスの周りだけがしんと静まり返ったようだった。
「この国は資源を多く持つ。そのせいで侵略を狙う国が後を絶たない」
「そんな……え、本当に?」
そんなストーリー、通常シナリオにはなかった。
「嘘をついてどうする」
「そんな――」
「だから」
レオンがアリスの言葉を遮った。真剣な瞳。
「お前はたしかに一方的に召喚された。不満もあると思う。悪かったとも思っている。だが、これはお前にしかできない仕事だ。どうか国民を守るために協力してほしい」
「レオン……」
体を二つに折るように頭を下げられ、思考が止まった。
ゆっくりとレオンが頭を上げる。
「王子とセリーヌ様の婚姻がうまくいけば、我が国とセリーヌ様の国セルバディアとのつながりが強固になる。セルバディア国の同盟国もまた、我が国の同盟国になるんだ」
「戦力を高めて抑止力にするってこと……?」
「そうだ」
「そのために、王子はセリーヌ様と結婚するの……?」
「当然だ」
「当然……?」
政略結婚だ。たしかに、この国にとっては必要なことかもしれないけれど。
でも通常シナリオでは、二人はただの幼馴染だったのに。
「王子はセリーヌ様のことを好きなの?」
「それは俺には答えられない」
「……そう」
好きならいい。好きなら……けれどもしそうでなかったら。
(王子は……国のために好きでもない人と結婚するの……?)
そしてそのために、あんなふうにアリスに頭を下げたのか。
それにレオンも、国を守るためにこうして――。
そこからどう部屋に帰ったのか、覚えていなかった。
記憶にあるのは、部屋に送り届けてくれたレオンの「明日は休みでいい」という言葉だけだった。
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