俺たちは、壊れた世界の余白を埋めている。

惟光

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第28話 ショータイム

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#第28話 ショータイム


煌びやかさの裏に、微かに漂う熱と、焦げた匂い。
カジノフロアの奥――
そのルーレット台は、どこか空気が違っていた。

チップの弾ける音。
札束が積まれる光景。
ディーラーの笑みだけが、不自然に固い。

臣は足を止めると、わざとらしく肩を揺らしてつぶやいた。

「……あー、酒、進みすぎた。」

グラスを傾けるふりをしながら、ふらりとルーレット台の脇へ腰を下ろす。
顔には薄紅を滲ませ、“遊び疲れた酔客”の演技を貼りつけた。

だがその目は、研ぎ澄まされた“獣”のものだった。

(制御パネルが側面。……空いてるな。
手入れ重視のモデルか。分岐なし、保護も甘い。)

ディーラー側から死角になる下部。
そこに設けられた、わずかなメンテ用スロット――
表向きの安全性の裏に、仕掛ける者だけが見抜ける“抜け穴”。

(……あの端子に挿せりゃ、入れる。
ルーターも近い。ローカル環境。逃げ道はねぇ。)

グラスを片手に、台へ身体をもたれかける。

(3秒。……それで十分だ。)

周囲の目線をちらと確認。
まだ散っている。早まるな。

そして――
視線を、斜め上――“ジュニア”のいる卓へ。
一瞬の沈黙の中、ルカの瞳がこちらを射抜く。

ルカの視線を受け止めながら、
臣は、ごく僅かに口角を持ち上げた。

無言のまま、右手の指を“コッ、コッ”と二度鳴らす。

一拍の静寂。
そして――

「……さぁ、派手に目立てよ、“ジュニア”。」


---

“コッ、コッ”という義手の合図。
ルカは瞬時に反応し、口元に笑みを貼りつけた。

椅子を引き、すっと立ち上がる。
指先でチップをなぞりながら、ナオのもとへと歩を進めた。

「なぁ、ハニー。……派手にいこうぜ?」

囁きと同時に、ネクタイをくい、と引く。
顔が、ほんの数センチ――触れ合いそうなほどに近づく。

ナオは一瞬、息を止めた。
目を逸らす。けれど、逃げない。……いや、逃げられなかった。

「È tutto sotto controllo.」

耳元で低く囁かれ、ナオの喉がぴくりと動く。
その様子が、逆に空気を熱くする。

ざわり、と。
フロアに、くすぶるような波紋が走った。

「……なに、あれ。」
「カップル……?」
「いや、なんか始まるぞ、あの卓……」

ヒソヒソ声が広がり、誰かが足を止める。
つられるように、ひとり、またひとり――
いつの間にか、卓の周囲には小さな人垣ができていた。

視線が、空気ごと吸い寄せられる。

ルカは、ナオからふっと身を離すと、ゆっくりと卓へ戻った。
チップの山を片手に、ディーラーと目を合わせ、柔らかな笑みを浮かべる。

「Ti va di giocare?……こっちは準備、いいぜ?」

ディーラーがわずかに瞬き、苦笑いを返す。

そのままチップを指で滑らせながら、ルカはふいに視線を上げる。
見下ろすように、場内を一望し――

「さあ……Vediamo chi vince.」

呟きは、静かに。
それでも、刹那で空気が変わった。

「――オール・イン。」

チップが、音を立てて卓に落ちる。

その瞬間。
緊張と興味と、さざ波のような注目が――すべて、ルカへと集束した。


――卓に響いたその言葉と同時に、場内の空気が変わる。
視線が、注目が、緊張が――すべてが、あの男に向いた。

臣は、その中心からほんの数メートル離れた位置で、 グラスを持つ手を、静かに膝の上に下ろしていた。

その左義手。
外装の継ぎ目に沿って、カチリと小さな音が鳴る。
節の裏。
目立たぬ隙間から、細く黒いモジュールが滑り出た。

臣は自然な仕草で右手を添える。
まるでグラスを持ち替えるかのように、指先でそっとそれを受け取る。

(……いまだ。)

ルカに集まった視線と、空気の緊張を横目に―― 臣は、右手をルーレット台の下部へと滑らせた。

台の側面。
ディーラーから死角になるメンテ用スロット。
本来ならば誰も気づかぬ、“整備員だけの入り口”。
わずかな迷いもなく、モジュールがそこへ挿し込まれる。

……何も起きない。
見た目には、なにも変わらない。
だが、臣の耳にはわかっていた。
小さく、確実に――“入口が開いた”音がした。

「……よ、っと。」

小さく息を吐き、グラスを軽く揺らす。
あくまで酔客のふりを崩さずに。
ルカの派手な演技の裏で、
火種は、すでに仕込まれていた。

(OK、ルカ。……やんじゃん。)


---

(……ここは、俺が動かない方がいい。)

動けば目立つ。
目立てば、ルカの舞台が崩れる。
だったら、支えるだけだ。
静かに。

ルカが、自由に動けるように。

ナオは、そういう“影の役”に慣れていた。
誰にも気づかれなくていい。
ルカのギラつく瞳を見て、少しだけ、口元を緩める。

……ルカの振る舞いは、見事だった。
わざとらしくさえ見える立ち居振る舞いが、なぜか目を奪う。
「派手」な男が、「空気」さえ変えてみせる。

けれどその目は、何一つ緩めていなかった。
卓の周りには、いつの間にか立ち止まった客が数人。
その後方には、関係者らしき黒服がひとり、様子を伺っている。

(……監視も食いついた。)

ナオは、ふっと目線だけで視線をなぞる。
その黒服の視線は、完全にルカの方へ向いていた。
手札、仕草、チップの流れ――全てを見張る気配。

(……"死角"、出来たな。)

――視界の隅に、動き。
臣が小さく頷くように目線をこちらに向けた。
短く、鋭く、それだけで“完了”が伝わる。

(……よし。やったな、あいつ。)

ほんの一瞬、視線を返す。
それだけの無言のやりとり。
だが、充分だった。


――カードが、静かにめくられる。

一枚。
また一枚。

空気が止まる。
張り詰めた緊張が、刹那の間だけ時を縫い止めた。

一瞬、誰も息を吐かなかった。

「……21。」

その声は、ひどく静かだった。

瞬く間に、場内に、波紋のようなざわめきが走る。
湿った熱気と、吐息混じりの笑い声。
勝負は終わった。
ディーラーの、完勝だ。

チップが、吸い込まれるように卓に消えた。
ルカは一瞬、虚を突かれたように立ち尽くし――
ガタン、と背後の椅子に腰を落とした。

そのまま、片手で顔を覆い、身体を大きく反らせる。
晒された喉元が、照明に浮かぶ。
指の隙間から、ちらりと周囲を覗いた。

客たちのざわめき。
黒服の監視の視線。
その隙間で、臣がグラスを揺らしていた。

(……上出来、だな。)

「……ははっ、マジかよ。ナチュラル、引くかそこで。」

指を滑らせて頬を掻き、背もたれに体重を預けたまま、
肩をすくめて見せる。
軽口。
演技。
――すべてが、舞台の上。

「参ったなぁ。お姉さん、強すぎ。」

卓に伸ばした指で、トントンと二度、木面を叩いたそのとき――

ディーラーは、微かに息をついた。
勝利のはずなのに、その目に“張り詰めていた糸の切れ端”が揺れていた。
ほんの一礼。
だがそこに、確かに“人間の温度”があった。

(……本気だったんだな、あの人も。)

ナオはその仕草を見て、思わず心の中でそう呟いた。

一方、卓の後方に立っていた黒服も、視線をふっと外す。
まるで“もう危険はない”と判断したかのように、ゆるやかにその場を離れていく。

――まさに、狙い通り。

ナオはゆっくりと歩を進めた。
まだ余韻の残る空気の中、ルカの隣に立つ。
そして――

「負けたな、ダーリン。……キスは、なしだ。」

その言葉に、ルカは顔を覆った手を少しだけずらす。
指の隙間から、笑いを堪えたような視線が覗いた。
そのまま、喉の奥で笑い声を噛み殺す。

――ほんの一瞬。
それは、「獲った側」の目だった。



☆おまけ:ルカのイタリア語翻訳☆
È tutto sotto controllo.
「すべて、計画通りだ。」

Ti va di giocare?
「ひと勝負、乗る気あるか?」

Vediamo chi vince.
「どっちが勝つか見ものだな」
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