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一章
一話 すべてを失った日
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アイリス・レインフォード。それが、伯爵家に生まれた私の名前である。
伯爵家の長女でありながら、幼い頃から両親は私に関心がなかった。その理由は至って簡単。両親の愛は、私の二つ年下の妹であるメアリーだけに注がれていたからだ。
メアリーは可愛かった。父に似たブロンドのふわふわな髪に、母にそっくりなピンク色の瞳。おまけにいつもニコニコしていて、誰もがメアリーを愛していた。
一方で、私は両親とは似ても似つかない真っ白なストレートヘアー。瞳は赤色で、メアリーや母とは程遠い容姿をしていた。私がこんな見た目で生まれてきたせいで、母が父に不貞を疑われてよく夫婦喧嘩をしていたのも知っている。
だからなのか、私が欲しがったものはなんでもメアリーのものになった。例えばドレスを購入する時だってそうだ。私が選んだドレスを見たメアリーが「そのドレス、私が欲しかったなぁ」と一言呟けば、両親は「アイリス、他のデザインにしなさい」と私をたしなめた。ドレスだけじゃない、ぬいぐるみも、ネックレスも、私が欲しいと思ったものは全てメアリーに奪われてしまうのだ。
酷い時にはこんなこともあった。私が着けているイヤリングをみて「お姉さまのイヤリング、私もほしい」とメアリーが母に訴えたのである。そうしたら、母は一言「アイリス、イヤリングくらい譲ってあげたらどうなの? あなたは姉なんだから」と呆れたように私を叱りつけた。
そのイヤリングは、誕生日に祖母がプレゼントしてくれたばかりの、お気に入りのイヤリングだった。祖母は私と同じで赤色の瞳をしているから、「きっとアイリスにも似合うわ」とイヤリングを譲ってくれたのだ。私にとってお守り同然の大切なイヤリングだった。母もそのことは知っているはずだったのに。
結局、私はイヤリングをメアリーに渡した後、お茶会が始まるまで誰もいない部屋でひっそりと泣くことしかできなかった。
それなのに、母は私に厳しい教育を施した。食事のマナー、ダンスやヴァイオリン、政治など……一日中家庭教師に拘束され、自由なんてない毎日。窓の外でメアリーが楽しそうに小鳥と遊んでいる声を聞きながら、ひたすら勉強に励んだ。
「アイリスお嬢様は、大変素晴らしいですね」
色んな家庭教師が褒めてくれたけど、私が一番欲しかったのは母からの愛だった。でも、母はそんな私を見て吐き捨てるように言った。十歳の時のことだった。
「アイリスは勉強だけはできるんだから、今よりも努力して良い家の男性と結婚しなさい。可愛げのないあなたがこの家の役に立てることなんて、それくらいなんだから」
その瞬間、私は悟ったのだ。あぁ、この人が私を愛してくれることなど、一生ないのだと。私はこの先もずっと習い事を続けて、両親が決めた知らない男性と結婚をして、一生を終えるのだと…………。
***
そんな私に転機が現れたのは、十二歳の時のことだった。
侯爵家の次男である少年とお茶会をすることになったのだ。お茶会と言っても、要は親が決めた婚約者同士の顔合わせである。
私は憂鬱だった。きっと彼だって、私よりもメアリーのように可憐な少女の方が良いに決まっている。
「はじめまして、アイリス嬢。カルヴィン・モールディングと申します」
「……アイリス・レインフォードと申します。メアリーのように可愛らしい子ではなく、私のような人間があなたの婚約者で、申し訳ございません。もしカルヴィン様が嫌でしたら、断っていただいても……」
「冗談はやめてください! あなたのような美しい人、僕は初めてお会いしました」
「ですが……私の髪も赤色の瞳も、気味が悪いでしょう? 両親とも全く違いますし……」
「気味が悪いなんてとんでもない! まるで花のように……白百合のように、綺麗だ」
そう言ってふわりと笑みを浮かべる少年に、私は一瞬で恋に落ちた。初恋だった。
それからも厳しいレッスンは続いたし、その間にメアリーが彼と親交を深めていることも気付いていたけれど、私は彼を疑うこと等しなかった。それくらい好きだった。彼と街でデートをしたり、贈り物をしたり、舞踏会ではダンスをして……。本当に、幸せだったのだ。
そうして彼と出会ってから六年の月日が経って、お互い十八歳になった頃。
父から「話があるから来い」と、乱暴な口調で部屋に呼び出された。何の話だろうか。もしかして、結婚?
期待に胸を膨らませて父の部屋まで行くと、そこには両親、カルヴィン、そしてなぜかメアリーがいた。しかも、カルヴィンに腕を絡ませて寄り添うように仲良くソファに座っている。嫌な予感がした。
「……話とはなんでしょうか」
父がため息を吐きながら口を開いた。
「見て分からないのか?」
「えぇ。なぜか私の婚約者と妹が恋人のように見えることしかわかりません」
私の言葉に、メアリーがぷくっと頬を膨らませる。
「あらお姉さま! 恋人のよう……ではなくて、恋人ですわ! ね、カルヴィン様!」
「ふふ、そうだね」
「…………カルヴィン様、一体どういうことですか?」
意味が分からない。いや、本当はもう察しがついているのだけれど、信じたくなくてカルヴィンに問いかける。
「アイリス、申し訳ないけど……君との婚約は、なかったことにしてほしい。僕は……その、メアリーに恋をしてしまったから」
「きゃっ、カルヴィン様ったらぁ♡」
メアリーがうっとりしたようにカルヴィンを見つめる。カルヴィンはそんなメアリーを見て、照れくさそうに頬を掻いた。初めて見たカルヴィンの表情に、胸がズキンと痛む。
「……そういうことだ。可愛いメアリーが望んでいるのだから、婚約者くらい譲ってやれ。お前の新しい婚約者は自分で探すことだな」
「そんな……!!」
「もう、お姉さまったら、嫉妬は見苦しいですわよ? 私とカルヴィン様は愛し合っているのだから諦めてくださいませ」
そう言って、驚くことにメアリーがカルヴィンにキスをした。ありえない。だが、誰もメアリーの行動を諫めることをせず、むしろ微笑ましい目でメアリーのことを見ていた。
……この光景をみて、ようやく私は諦めがついた。
「わかりました。婚約破棄を受け入れます」
淡々と告げる私の言葉に、メアリーがわぁっと嬉しそうに声をあげる。でもそんなこと私にはどうでもよかった。というより、もう全てがどうでもよくなってしまったのだ。
どんなに頑張っても私を愛してくれない両親も、私を捨てたカルヴィン様も、私から全てを奪い取ったメアリーのことも、もう全部どうでもいい。
そう思って父の部屋を出た瞬間、ぽろ……と涙が出てきたけれど、何に対しての涙なのかすらわからない。けれど、涙は止まってくれないし、今は歩く気力さえわかなかった。
ドアの向こうで盛り上がっている彼らの声を聞きながら、私は一人廊下でうずくまって泣き続けることしかできなかったのだった。
伯爵家の長女でありながら、幼い頃から両親は私に関心がなかった。その理由は至って簡単。両親の愛は、私の二つ年下の妹であるメアリーだけに注がれていたからだ。
メアリーは可愛かった。父に似たブロンドのふわふわな髪に、母にそっくりなピンク色の瞳。おまけにいつもニコニコしていて、誰もがメアリーを愛していた。
一方で、私は両親とは似ても似つかない真っ白なストレートヘアー。瞳は赤色で、メアリーや母とは程遠い容姿をしていた。私がこんな見た目で生まれてきたせいで、母が父に不貞を疑われてよく夫婦喧嘩をしていたのも知っている。
だからなのか、私が欲しがったものはなんでもメアリーのものになった。例えばドレスを購入する時だってそうだ。私が選んだドレスを見たメアリーが「そのドレス、私が欲しかったなぁ」と一言呟けば、両親は「アイリス、他のデザインにしなさい」と私をたしなめた。ドレスだけじゃない、ぬいぐるみも、ネックレスも、私が欲しいと思ったものは全てメアリーに奪われてしまうのだ。
酷い時にはこんなこともあった。私が着けているイヤリングをみて「お姉さまのイヤリング、私もほしい」とメアリーが母に訴えたのである。そうしたら、母は一言「アイリス、イヤリングくらい譲ってあげたらどうなの? あなたは姉なんだから」と呆れたように私を叱りつけた。
そのイヤリングは、誕生日に祖母がプレゼントしてくれたばかりの、お気に入りのイヤリングだった。祖母は私と同じで赤色の瞳をしているから、「きっとアイリスにも似合うわ」とイヤリングを譲ってくれたのだ。私にとってお守り同然の大切なイヤリングだった。母もそのことは知っているはずだったのに。
結局、私はイヤリングをメアリーに渡した後、お茶会が始まるまで誰もいない部屋でひっそりと泣くことしかできなかった。
それなのに、母は私に厳しい教育を施した。食事のマナー、ダンスやヴァイオリン、政治など……一日中家庭教師に拘束され、自由なんてない毎日。窓の外でメアリーが楽しそうに小鳥と遊んでいる声を聞きながら、ひたすら勉強に励んだ。
「アイリスお嬢様は、大変素晴らしいですね」
色んな家庭教師が褒めてくれたけど、私が一番欲しかったのは母からの愛だった。でも、母はそんな私を見て吐き捨てるように言った。十歳の時のことだった。
「アイリスは勉強だけはできるんだから、今よりも努力して良い家の男性と結婚しなさい。可愛げのないあなたがこの家の役に立てることなんて、それくらいなんだから」
その瞬間、私は悟ったのだ。あぁ、この人が私を愛してくれることなど、一生ないのだと。私はこの先もずっと習い事を続けて、両親が決めた知らない男性と結婚をして、一生を終えるのだと…………。
***
そんな私に転機が現れたのは、十二歳の時のことだった。
侯爵家の次男である少年とお茶会をすることになったのだ。お茶会と言っても、要は親が決めた婚約者同士の顔合わせである。
私は憂鬱だった。きっと彼だって、私よりもメアリーのように可憐な少女の方が良いに決まっている。
「はじめまして、アイリス嬢。カルヴィン・モールディングと申します」
「……アイリス・レインフォードと申します。メアリーのように可愛らしい子ではなく、私のような人間があなたの婚約者で、申し訳ございません。もしカルヴィン様が嫌でしたら、断っていただいても……」
「冗談はやめてください! あなたのような美しい人、僕は初めてお会いしました」
「ですが……私の髪も赤色の瞳も、気味が悪いでしょう? 両親とも全く違いますし……」
「気味が悪いなんてとんでもない! まるで花のように……白百合のように、綺麗だ」
そう言ってふわりと笑みを浮かべる少年に、私は一瞬で恋に落ちた。初恋だった。
それからも厳しいレッスンは続いたし、その間にメアリーが彼と親交を深めていることも気付いていたけれど、私は彼を疑うこと等しなかった。それくらい好きだった。彼と街でデートをしたり、贈り物をしたり、舞踏会ではダンスをして……。本当に、幸せだったのだ。
そうして彼と出会ってから六年の月日が経って、お互い十八歳になった頃。
父から「話があるから来い」と、乱暴な口調で部屋に呼び出された。何の話だろうか。もしかして、結婚?
期待に胸を膨らませて父の部屋まで行くと、そこには両親、カルヴィン、そしてなぜかメアリーがいた。しかも、カルヴィンに腕を絡ませて寄り添うように仲良くソファに座っている。嫌な予感がした。
「……話とはなんでしょうか」
父がため息を吐きながら口を開いた。
「見て分からないのか?」
「えぇ。なぜか私の婚約者と妹が恋人のように見えることしかわかりません」
私の言葉に、メアリーがぷくっと頬を膨らませる。
「あらお姉さま! 恋人のよう……ではなくて、恋人ですわ! ね、カルヴィン様!」
「ふふ、そうだね」
「…………カルヴィン様、一体どういうことですか?」
意味が分からない。いや、本当はもう察しがついているのだけれど、信じたくなくてカルヴィンに問いかける。
「アイリス、申し訳ないけど……君との婚約は、なかったことにしてほしい。僕は……その、メアリーに恋をしてしまったから」
「きゃっ、カルヴィン様ったらぁ♡」
メアリーがうっとりしたようにカルヴィンを見つめる。カルヴィンはそんなメアリーを見て、照れくさそうに頬を掻いた。初めて見たカルヴィンの表情に、胸がズキンと痛む。
「……そういうことだ。可愛いメアリーが望んでいるのだから、婚約者くらい譲ってやれ。お前の新しい婚約者は自分で探すことだな」
「そんな……!!」
「もう、お姉さまったら、嫉妬は見苦しいですわよ? 私とカルヴィン様は愛し合っているのだから諦めてくださいませ」
そう言って、驚くことにメアリーがカルヴィンにキスをした。ありえない。だが、誰もメアリーの行動を諫めることをせず、むしろ微笑ましい目でメアリーのことを見ていた。
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どんなに頑張っても私を愛してくれない両親も、私を捨てたカルヴィン様も、私から全てを奪い取ったメアリーのことも、もう全部どうでもいい。
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