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一章
三話 馬車に揺られて
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さて、今さっき私は黒薔薇公爵の勢いに負けて「はい」と返事をしてしまったわけであるが……。そもそも婚約とか結婚とか以前に、私には早急にやらなければならないことがあることに気付く。
「まずいわ、早くしないと……!!」
そう、ここは公爵様のお屋敷。そして私は昨晩こっそり家を抜け出し酒屋に行って……朝起きたら公爵家にいたのだ。つまり、私はレインフォード伯爵家から突然姿を消したことになる。
……まぁ、あの両親が私を必死に探すことなんてないだろうけれど。むしろ、カルヴィン様の婚約者がメアリーになった時点で私はもう邪魔者なのだから、喜ばれたりしている可能性だってある。
でも、私に服を貸してくれたセーラや、馬車を出してくれたケインは私が消えたことに対して責任を感じているかもしれない。私に優しくしてくれた二人のことを思うと、あんな家でも帰らないわけにはいかないのだ。
そうして勢いよくベッドから立ち上がった私に驚いたのか、公爵様が少しだけ目を見開いて「どうかしたか?」と声をかけてきた。
「いえ、流石にここでゆっくりお話している場合じゃないと思いまして……」
「……あぁ、それもそうだな。なら馬車を用意させる」
「! ありがとうございます」
「…………あ、あぁ」
満面の笑みでお礼を言うと、公爵は少しだけ耳を赤くしてフイ、と横を向いた。
良かった、これで帰れる……!
服は……セーラに借りたままの状態だけれど、流石に公爵様もドレスをお持ちではないだろうし、そこまで世話になるわけにはいかない。きっと両親には散々嫌味を言われるだろうけど、こうなってしまった以上は仕方ない。
まぁ流石に、嫁入り前の令嬢が朝帰りなんて、醜聞でしかないことくらい私にもわかっているけれど……。
私が一人悶々としている間に、馬車の用意が整ったらしい。公爵様が「行くぞ」と声をかけてきてくれたので、大人しく後ろに着いて歩く。
それにしても立派なお屋敷だ。我が家の何倍の敷地面積なのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。
「乗り込むぞ、ほら」
公爵様が馬車に乗り込んだので、私もそれに続こうとしたところで、手を差し出される。所謂、エスコートだ。そのあまりにも慣れた動作に、やはりこの人はモテるのだろうなと思いながら手をとった。
豪華な馬車の中で、二人きり。何を話せばいいかわからなくて、黙って正面に座る公爵様を見つめる。公爵様は窓の外の景色をみているようで、目は合わなかった。けれど、その横顔はやっぱりとても綺麗で、少しだけ見惚れてしまった。
黒薔薇の名にふさわしい艶のある黒髪に、私と同じ赤色のルビーのような瞳。綺麗に通った鼻筋に、形の良い唇。そして、陶器のような肌に長いまつ毛が影を落としている。
体も相当鍛えているのだろう。服越しでもがっしりと逞しい体つきをしているのがわかる。誰がどこから見ても、完璧な美丈夫だ。
……私、本当にこんな人と結婚して大丈夫なのかしら。
少し不安になっていた時、公爵様が横目でチラリと私を見たかと思えば、耳をほんのりと赤く染めてぽそりと呟いた。
「……そこまで熱心に見つめられると、穴が開きそうだ。そんなに俺のことが好きか?」
公爵様の言葉に、思わず私もカッと頬に熱が集中するのがわかった。
「ち、違います! ただ、その……本当に私、公爵様と結婚するのですよね……?」
「当たり前だろ? あと、クラウドと呼べ」
「ク、クラウド……様」
「……まぁ、今はそれでいい」
私の返事に対し、公爵様……クラウド様は少し不満気な顔をしながら、なんとか了承してくれた。
馬車が止まる。どうやら目的地に着いたようだ……が、早すぎないだろうか?
どう考えても、伯爵家まではもっと距離があるはずだ。私の体感では、まだ数分しか経っていない。
混乱する私を置いて、クラウド様が馬車から降りる。それから当然のように私をエスコートしてしてくれるものだから、困惑しながら私も馬車を降りた。
そして目の前に広がっている光景は、見慣れた伯爵家____ではなく、見知らぬ豪邸だった。
「……クラウド様、ここは一体……?」
「公爵邸の離れだ。俺の母上……前公爵夫人が住んでいる」
「え!? 伯爵家まで送っていただけるのではなかったのですか!?」
「なんだ、そんなに帰りたかったのか? あんな家に」
「いえ、そういうわけではありませんが……というか、なぜ私があの家を嫌っていることを知っているのですか?」
「昨日の夜、散々話してもらったからな。まぁそんなくだらない奴らの話はあとでいいだろう。今はとにかく、母上に婚約の報告をするのが先だ」
「そ、そんな……」
私、今ドレスでもなんでもない庶民の服を着ているのですけれども!? そもそも髪だってセットできていないし……あぁ、前公爵夫人にご挨拶するのなら、無理を言ってでもちゃんと身だしなみを整えるべきだったわ!
こんなの、すぐに追い返されて終わるだけならまだしも、レインフォード伯爵家の名を汚すようなものだわ……!
「何を心配しているのかは大方予想がつくが、お前の心配しているようなことは起きないと思うぞ」
「どうしてそんなに楽観的なのですか……?」
「まぁ、話せばわかるだろう。行くぞ」
そう言って、クラウド様は見張りの方と会話を交わしてから、コツコツと靴音を鳴らしながら玄関に近付いて行った。
____あぁ、私も覚悟を決めるしかないのか……。
もうどうにでもなってしまえばいいと思いながら、ボロボロの格好のまま、クラウド様に続いてお屋敷の中に足を踏み入れたのだった。
「まずいわ、早くしないと……!!」
そう、ここは公爵様のお屋敷。そして私は昨晩こっそり家を抜け出し酒屋に行って……朝起きたら公爵家にいたのだ。つまり、私はレインフォード伯爵家から突然姿を消したことになる。
……まぁ、あの両親が私を必死に探すことなんてないだろうけれど。むしろ、カルヴィン様の婚約者がメアリーになった時点で私はもう邪魔者なのだから、喜ばれたりしている可能性だってある。
でも、私に服を貸してくれたセーラや、馬車を出してくれたケインは私が消えたことに対して責任を感じているかもしれない。私に優しくしてくれた二人のことを思うと、あんな家でも帰らないわけにはいかないのだ。
そうして勢いよくベッドから立ち上がった私に驚いたのか、公爵様が少しだけ目を見開いて「どうかしたか?」と声をかけてきた。
「いえ、流石にここでゆっくりお話している場合じゃないと思いまして……」
「……あぁ、それもそうだな。なら馬車を用意させる」
「! ありがとうございます」
「…………あ、あぁ」
満面の笑みでお礼を言うと、公爵は少しだけ耳を赤くしてフイ、と横を向いた。
良かった、これで帰れる……!
服は……セーラに借りたままの状態だけれど、流石に公爵様もドレスをお持ちではないだろうし、そこまで世話になるわけにはいかない。きっと両親には散々嫌味を言われるだろうけど、こうなってしまった以上は仕方ない。
まぁ流石に、嫁入り前の令嬢が朝帰りなんて、醜聞でしかないことくらい私にもわかっているけれど……。
私が一人悶々としている間に、馬車の用意が整ったらしい。公爵様が「行くぞ」と声をかけてきてくれたので、大人しく後ろに着いて歩く。
それにしても立派なお屋敷だ。我が家の何倍の敷地面積なのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。
「乗り込むぞ、ほら」
公爵様が馬車に乗り込んだので、私もそれに続こうとしたところで、手を差し出される。所謂、エスコートだ。そのあまりにも慣れた動作に、やはりこの人はモテるのだろうなと思いながら手をとった。
豪華な馬車の中で、二人きり。何を話せばいいかわからなくて、黙って正面に座る公爵様を見つめる。公爵様は窓の外の景色をみているようで、目は合わなかった。けれど、その横顔はやっぱりとても綺麗で、少しだけ見惚れてしまった。
黒薔薇の名にふさわしい艶のある黒髪に、私と同じ赤色のルビーのような瞳。綺麗に通った鼻筋に、形の良い唇。そして、陶器のような肌に長いまつ毛が影を落としている。
体も相当鍛えているのだろう。服越しでもがっしりと逞しい体つきをしているのがわかる。誰がどこから見ても、完璧な美丈夫だ。
……私、本当にこんな人と結婚して大丈夫なのかしら。
少し不安になっていた時、公爵様が横目でチラリと私を見たかと思えば、耳をほんのりと赤く染めてぽそりと呟いた。
「……そこまで熱心に見つめられると、穴が開きそうだ。そんなに俺のことが好きか?」
公爵様の言葉に、思わず私もカッと頬に熱が集中するのがわかった。
「ち、違います! ただ、その……本当に私、公爵様と結婚するのですよね……?」
「当たり前だろ? あと、クラウドと呼べ」
「ク、クラウド……様」
「……まぁ、今はそれでいい」
私の返事に対し、公爵様……クラウド様は少し不満気な顔をしながら、なんとか了承してくれた。
馬車が止まる。どうやら目的地に着いたようだ……が、早すぎないだろうか?
どう考えても、伯爵家まではもっと距離があるはずだ。私の体感では、まだ数分しか経っていない。
混乱する私を置いて、クラウド様が馬車から降りる。それから当然のように私をエスコートしてしてくれるものだから、困惑しながら私も馬車を降りた。
そして目の前に広がっている光景は、見慣れた伯爵家____ではなく、見知らぬ豪邸だった。
「……クラウド様、ここは一体……?」
「公爵邸の離れだ。俺の母上……前公爵夫人が住んでいる」
「え!? 伯爵家まで送っていただけるのではなかったのですか!?」
「なんだ、そんなに帰りたかったのか? あんな家に」
「いえ、そういうわけではありませんが……というか、なぜ私があの家を嫌っていることを知っているのですか?」
「昨日の夜、散々話してもらったからな。まぁそんなくだらない奴らの話はあとでいいだろう。今はとにかく、母上に婚約の報告をするのが先だ」
「そ、そんな……」
私、今ドレスでもなんでもない庶民の服を着ているのですけれども!? そもそも髪だってセットできていないし……あぁ、前公爵夫人にご挨拶するのなら、無理を言ってでもちゃんと身だしなみを整えるべきだったわ!
こんなの、すぐに追い返されて終わるだけならまだしも、レインフォード伯爵家の名を汚すようなものだわ……!
「何を心配しているのかは大方予想がつくが、お前の心配しているようなことは起きないと思うぞ」
「どうしてそんなに楽観的なのですか……?」
「まぁ、話せばわかるだろう。行くぞ」
そう言って、クラウド様は見張りの方と会話を交わしてから、コツコツと靴音を鳴らしながら玄関に近付いて行った。
____あぁ、私も覚悟を決めるしかないのか……。
もうどうにでもなってしまえばいいと思いながら、ボロボロの格好のまま、クラウド様に続いてお屋敷の中に足を踏み入れたのだった。
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