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三章
三十七話 ずっとお慕いしております
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マリアンヌ様の提案に、頭が真っ白になる。
それでも何か返さなければと思って、脳に浮かんだ言葉をそのまま返した。
「……どういうことですか?」
「そのままの意味ですわ。クラウド様は恐らく、一年間の記憶を失っていらっしゃる……そんな中で、公爵としての仕事をするのは大変だと思うのです。ですから、昔からの知人である私が暫くの間サポートした方が、クラウド様も安心だと思うのですわ」
マリアンヌ様は冷静に、でもどこか嬉しそうに語った。
……マリアンヌ様の言っていることは、一部は納得できてしまう。
これはただの記憶喪失ではない、なんといっても『公爵閣下』の記憶喪失なのだ。もしこのことが公になってしまえば、国は揺れる。
マリアンヌ様は侯爵令嬢だし、結婚前の私より高貴な御方だ。それに、クラウド様の記憶喪失を一瞬で把握したところをみるに、本来は聡明な方なのだろう。クラウド様のこととなると感情が昂ってしまうように見えるけれど……。
でも……それはクラウド様が未婚だったら、という話。
今の公爵夫人は紛れもない私だし、未婚のご令嬢が妻帯者の公爵閣下の元へ通い詰めていることがバレたら、周囲の貴族たちはどう思うだろうか?
____クラウド様と私は政略結婚で、本当に愛し合っているのはクラウド様と愛人のマリアンヌ様……そう考える人がいてもおかしくない。
私は、ふー……と深く息を吐いてから、マリアンヌ様に向き直った。
「少し、二人だけでお話をしませんか。……私の部屋で」
「えぇ、もちろんですわ」
***
クラウド様にご挨拶をしてから、私の自室へ移動する。
「セーラ、見張りをお願いね」
「はい、もちろんでございます。お茶はご用意いたしますか?」
何処まで行っても、セーラは気の遣える侍女だ。人払いをしてくれただけでなく、マリアンヌ様に対しての敬意も忘れない。
「そうね……マリアンヌ様、好きな茶葉はございますか?」
「いいえ、お気遣いは結構ですわ。お心遣い痛み入ります」
……公爵夫人のお茶を断るなんて、中々肝が据わっているわね。
でも、マリアンヌ様の気持ちもわかる。今は一秒だって早く、本題に入りたいのだろう。
私は大きく音を立てる心臓の辺りを手で押さえながら、はっきりとマリアンヌ様に問いかけた。
「わかりました。それでは……単刀直入に聞きます。マリアンヌ様は、クラウド様のことをどう思われているのですか?」
「…………」
マリアンヌ様の表情が、笑顔から一転真剣なものに変わる。それから、ゆっくりと口を開いた。
「……初めてお会いした時から……ずっとずっと、お慕いしておりますわ。もちろん、今だって」
「…………そうなのですね」
「驚かれないのですね。公爵夫人に向かって、こんな失礼な事を申し上げているというのに……」
「これまでのマリアンヌ様のご様子を見て、驚く方が不自然ですわ」
「……私、そんなにもわかりやすいのですね。侯爵令嬢として、はしたないですわ……」
____マリアンヌ様は、強い人だわ。
ご自身の境遇を理解されていて、そのうえで恋心を無理に封じ込めない。でも、恋敵である私に対して酷い態度を取らず、公爵夫人として接してくれている。
まぁ、クラウド様が関わると少し……失礼というか、周りが見えなくなるところはどうかと思うけれど……。
それに私には、マリアンヌ様の気持ちが少し理解できてしまった。
クラウド様を愛しているのは、私も同じだから。
「……話は、わかりました。そのうえで、マリアンヌ様の要望を具体的に教えていただけませんか」
「ありがとうございます。私は、公爵夫人の迷惑になるようなことはしないと誓います。その前提の元……クラウド様の仕事を住み込みでサポートさせていただきたいのです。特に、一年前からアイリス様と出会うまでの、情勢や人間関係の補佐をしたいと考えておりますわ」
……そう言われてしまうと、断ることができない。
マリアンヌ様もそこまで社交界に顔を出しているわけではないと以前仰っていたけれど……お母様に厳しく管理されていた私よりは、確実に情勢に詳しいはずだ。
それに、私はクラウド様の交友関係をまったく存じ上げていない。
一瞬お義母さまに協力をお願いすることも考えたけれど……クラウド様はマリアンヌ様はそもそもご両親同士の交流があったんだったわ。
お義母さまに限ってそんなことはないと信じたいけれど……もし「離縁してマリアンヌ様と再婚してもらいましょう」なんて言われたら、それこそ立ち直れないわ。
……受け入れるしか、なさそうね。
私は無意識にため息を吐きながら、緊張でカラカラに乾いた口を開いた。
「マリアンヌ様、あなたの申し出を受け入れます。期限は、クラウド様が記憶を思い出すまで……それでも、よろしいですか?」
私がそう告げると、マリアンヌ様は顔をパッと明るくさせる。まるで、私の心とは正反対の眩しさだわ。
「はい! ありがとうございます、これからよろしくお願いいたしますわね!」
「クラウド様には私からお話をいたします。今日は一度お帰りになって、明日からサポートをお願い申し上げます。もちろん、ご両親にお話は通してください」
「はい、もちろんですわ。お二人のお役に立てるよう、精一杯力を尽くします」
そう言って、マリアンヌ様は美しく笑った。
____こうして、私にとっての最大の試練が始まってしまったのだった。
それでも何か返さなければと思って、脳に浮かんだ言葉をそのまま返した。
「……どういうことですか?」
「そのままの意味ですわ。クラウド様は恐らく、一年間の記憶を失っていらっしゃる……そんな中で、公爵としての仕事をするのは大変だと思うのです。ですから、昔からの知人である私が暫くの間サポートした方が、クラウド様も安心だと思うのですわ」
マリアンヌ様は冷静に、でもどこか嬉しそうに語った。
……マリアンヌ様の言っていることは、一部は納得できてしまう。
これはただの記憶喪失ではない、なんといっても『公爵閣下』の記憶喪失なのだ。もしこのことが公になってしまえば、国は揺れる。
マリアンヌ様は侯爵令嬢だし、結婚前の私より高貴な御方だ。それに、クラウド様の記憶喪失を一瞬で把握したところをみるに、本来は聡明な方なのだろう。クラウド様のこととなると感情が昂ってしまうように見えるけれど……。
でも……それはクラウド様が未婚だったら、という話。
今の公爵夫人は紛れもない私だし、未婚のご令嬢が妻帯者の公爵閣下の元へ通い詰めていることがバレたら、周囲の貴族たちはどう思うだろうか?
____クラウド様と私は政略結婚で、本当に愛し合っているのはクラウド様と愛人のマリアンヌ様……そう考える人がいてもおかしくない。
私は、ふー……と深く息を吐いてから、マリアンヌ様に向き直った。
「少し、二人だけでお話をしませんか。……私の部屋で」
「えぇ、もちろんですわ」
***
クラウド様にご挨拶をしてから、私の自室へ移動する。
「セーラ、見張りをお願いね」
「はい、もちろんでございます。お茶はご用意いたしますか?」
何処まで行っても、セーラは気の遣える侍女だ。人払いをしてくれただけでなく、マリアンヌ様に対しての敬意も忘れない。
「そうね……マリアンヌ様、好きな茶葉はございますか?」
「いいえ、お気遣いは結構ですわ。お心遣い痛み入ります」
……公爵夫人のお茶を断るなんて、中々肝が据わっているわね。
でも、マリアンヌ様の気持ちもわかる。今は一秒だって早く、本題に入りたいのだろう。
私は大きく音を立てる心臓の辺りを手で押さえながら、はっきりとマリアンヌ様に問いかけた。
「わかりました。それでは……単刀直入に聞きます。マリアンヌ様は、クラウド様のことをどう思われているのですか?」
「…………」
マリアンヌ様の表情が、笑顔から一転真剣なものに変わる。それから、ゆっくりと口を開いた。
「……初めてお会いした時から……ずっとずっと、お慕いしておりますわ。もちろん、今だって」
「…………そうなのですね」
「驚かれないのですね。公爵夫人に向かって、こんな失礼な事を申し上げているというのに……」
「これまでのマリアンヌ様のご様子を見て、驚く方が不自然ですわ」
「……私、そんなにもわかりやすいのですね。侯爵令嬢として、はしたないですわ……」
____マリアンヌ様は、強い人だわ。
ご自身の境遇を理解されていて、そのうえで恋心を無理に封じ込めない。でも、恋敵である私に対して酷い態度を取らず、公爵夫人として接してくれている。
まぁ、クラウド様が関わると少し……失礼というか、周りが見えなくなるところはどうかと思うけれど……。
それに私には、マリアンヌ様の気持ちが少し理解できてしまった。
クラウド様を愛しているのは、私も同じだから。
「……話は、わかりました。そのうえで、マリアンヌ様の要望を具体的に教えていただけませんか」
「ありがとうございます。私は、公爵夫人の迷惑になるようなことはしないと誓います。その前提の元……クラウド様の仕事を住み込みでサポートさせていただきたいのです。特に、一年前からアイリス様と出会うまでの、情勢や人間関係の補佐をしたいと考えておりますわ」
……そう言われてしまうと、断ることができない。
マリアンヌ様もそこまで社交界に顔を出しているわけではないと以前仰っていたけれど……お母様に厳しく管理されていた私よりは、確実に情勢に詳しいはずだ。
それに、私はクラウド様の交友関係をまったく存じ上げていない。
一瞬お義母さまに協力をお願いすることも考えたけれど……クラウド様はマリアンヌ様はそもそもご両親同士の交流があったんだったわ。
お義母さまに限ってそんなことはないと信じたいけれど……もし「離縁してマリアンヌ様と再婚してもらいましょう」なんて言われたら、それこそ立ち直れないわ。
……受け入れるしか、なさそうね。
私は無意識にため息を吐きながら、緊張でカラカラに乾いた口を開いた。
「マリアンヌ様、あなたの申し出を受け入れます。期限は、クラウド様が記憶を思い出すまで……それでも、よろしいですか?」
私がそう告げると、マリアンヌ様は顔をパッと明るくさせる。まるで、私の心とは正反対の眩しさだわ。
「はい! ありがとうございます、これからよろしくお願いいたしますわね!」
「クラウド様には私からお話をいたします。今日は一度お帰りになって、明日からサポートをお願い申し上げます。もちろん、ご両親にお話は通してください」
「はい、もちろんですわ。お二人のお役に立てるよう、精一杯力を尽くします」
そう言って、マリアンヌ様は美しく笑った。
____こうして、私にとっての最大の試練が始まってしまったのだった。
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