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2.義兄の部屋
しおりを挟む「うそうそうそ! 推しと一緒とかやっばい! えー! どうしよう!」
ミリアン。遥花の最推しにして殿堂入りの推しである。
そうあれは高一の夏。暇つぶし程度に始めたゲームアプリに見事に沼ったのは彼女のおかげだった。
愛くるしいピンクの瞳。細身なのにグラマラスな体つき。全体的に猫を思わせるしなやかな美少女サキュバス。それがミリアンである。
沼は深く、高二でコスプレデビューしたのも推しへの愛ゆえだった。
あれから三年が経ち、今ではミリアン以外のコスも楽しむ日々。ちなみに界隈ではちょっとした有名人だったりする。おかげで美容やスタイルの維持にも余念がない。
高確率でミリアンと同じミディアムショートにするのも全て熱いオタク魂のせいである。
「え、どうしよう、これってあれだよね。絶対サキュバスだよね。うん、それしかない。やだ、興奮しかないんだけど」
たしかに驚きはしたけれど、なにより感動が勝った。
それに、たまに大学内でも変異した人を見かけることもある。だから自分の身に起きても不思議ではないのだ。
「ミリアンと同じサキュバスになれるなんて……、日頃の行いが良すぎて自分が怖い! てゆーか、もしかしてこの異常な渇きはあれだよね? サキュバスといえばあれだもんね」
そうとなれば向かう先はひとつ。幸いにも両親は昨日から旅行中である。
ラノベやアニメ、漫画で培った知識を持つ遥花の理解は早い。異世界転移も転生も、なんならTSだってすぐに順応できる自信はある。
それに今の状況はまたとないチャンス。これからの展開を妄想した遥花の口角がニヤリと上がった。
予定していたより数時間早く、駆け足で飛び出した遥花は義兄の部屋の扉を勢いよく開いた。
ノックもせず入った奏多の部屋はブルーグレーの遮光カーテンが閉じられていて薄暗い。
もちろん義兄はまだ眠っていて、早足で近寄った遥花はそっとベッドへ乗り上げた。
社会人である奏多の朝は遥花より早い。無防備な寝顔はたまにしか拝めないものだ。
頬を撫でればわずかに眉が動く。黒い髪はやわらかくて触り心地がよいのも知っている。
たぎる欲望のままやってきた遥花だったが、久しぶりに見る寝姿を前にして思わずにやけてしまった。
(かわいい寝顔……。ちょっとだけ一緒に寝ちゃおうかな)
いそいそと布団に潜り込むのは今日が初めてではない。そのたびに追い出されるのだが。
ぴったり体を寄せた途端、寝返りを打った奏多はあろうことか遥花を抱き寄せる。
固い腕と、奏多の匂い。どくんと大きく鼓動が跳ねるとともに、嫌なことも同時に思い出す。
以前、似たようなことがあった。その時は当時付き合っていた彼女の名前を奏多が呟いたおかげで一方的にキレてしまったのだ。
もちろん当の奏多は理不尽だと眉をしかめていたけど、しばらく思い出しては凹んでいた。
言うなよ。女の名前は言うなよ。
念じた遥花の首に、擦り寄る奏多の吐息が触れる。
「はるか……」
「だから言うなって! はるか、って誰だよ!? 会社の女か!? 取引先か!?」
思わず叫んでしまった。デリカシーがないにもほどがある。
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