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盲目乙女に溺れる剣士はとにかく早く移住したい
3.私も強くなりたい
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色彩こそ違うが目鼻の形、輪郭、どれを取ってもまさに若かりし頃のレオはこんな感じでは? といった体の青年を見て、三人の時間が止まる。
「レオ……」
沈黙を破ったのはサアレだった。クロウが今まで見たことないほどの恐ろしい顔と、オーラを発している。なんとなく体感温度が下がるのを感じたクロウは両親から距離を置くが、父に似た青年の正体が気になって少し場を離れがたい。
「な、何サアレ……美人が台無しだよ……?」
「どういう事だこれは? どこの隠し子様だ?」
「何のこと?!」
襟首を掴み、恐ろしい形相のサアレに睨まれて思わずレオの声がひっくり返るが、追求の手を嫁は緩めてくれない。
「どう見てもお前の顔だろう! 若い頃に瓜二つじゃないか! 今なら命だけは許してやる。素直に吐け」
「誤解だってば! 何の心当たりもないし、僕はサアレ一筋だし! だいたいこんなに冷たい目しないし! 多分!」
「往生際の悪い……」
ギリギリと襟元を絞るサアレに涙目で怯えながら、いつも飄々としているレオにしては珍しく、本気で焦っている。今でも勇者と謳われるレオの最大の弱点は嫁であり、唯一敵わない相手も嫁である。
「君も! 何か言って! ほら!」
まだ顔色の悪い座り込んだままの青年に、レオは必死で援護を求めるが、助けを求められた彼は馬鹿にしたような冷めた目を向けた。
「ふん……隠し子か……笑える。確かにそうとも言えるな」
「レオ……」
「えぇっ?! おかしくない?! 全く身に覚えないんだけど?!」
助けを求めたつもりが窮地に追い込まれ、更に焦るレオを冷ややかな目線のままで眺める青年は、呆れたようなため息を吐く。
「私はお前の遺伝子で造られている。言ってみればそこの脳筋息子と同じようなものだ」
「は?」
何を言っているかわからない。レオが訝しげな目をすると、隣でクロウが剣帯にある愛剣の柄に手を伸ばした。
「誰が脳筋だ、刻むぞ」
「あれ?! そこ?!」
レオは同じく訝しげな顔をしているサアレの手から抜けて、息子の手を押さえ、抜刀を阻止しておく。この子こんなに沸点低かったっけ……。たやすく人に刃を向けようとするクロウに少し不安を覚えるが、当のクロウはキアラを傷付けられた事で、目の前の青年を敵認定している。あとなぜかよくわからないけど、クロウは青年を見ていると無性に苛々してくるようだ。
「遺伝子って?」
「勇者レオ様の化け物じみた能力をコピーした兵器が欲しかったらしい。お前が間抜けにも拉致されたおかげで、私が誕生した」
コピー? 兵器? 拉致?
さぁっと血の気が引いたレオが、まさかと言うように青年を凝視する。同じようにサアレも隣で、苦い顔をして青褪めている。
「まさか……まだ残ってたのか……?」
「安心しろ。最後の一人も死んだ」
正しくは自分が始末したが、言う必要もないだろうと、彼は最低限の事だけを伝えた。
「遺伝子からって……どういう事だ? そんな事が可能なのか?」
それが本当なら、とんでもない技術だ。少なくともレオもサアレも遺伝子から生物、特に人を造るなど聞いた事がない。
「可能だから私がここにいる」
「信じられないな……」
「お前たちが信じるかどうかはどうでもいい。どうせ私は失敗作だ」
あまりにもぶっ飛んだ話を俄には信じられず、サアレもレオもしばらく黙り込んで考える。当事者でないクロウは余計に理解する事が困難で、もう青年の出自にはあまり興味がなくなった。
とりあえず過去の両親と関係はあるが、自分とはあまり関係がないと結論する。それよりキアラの無事を確かめようと、少し離れた場所で膝を抱える恋人へと目を向けた。
◆◇
光の矢が放たれるのを見たキアラは咄嗟に身を翻して避けたものの、全て避け切ることは出来なかった。頬と腕、足に直撃を受けてしまった。今までに経験したことのない、焼けるような痛みと出血を思い出し、思わずぶるりとキアラの肩が震える。
クロウに集中し過ぎて、自らへの魔防をすっかり忘れていた。単純に死ぬかと思ったし、気が動転して回復する事もままならなかった。駆けつけたレオがすぐに回復魔法を施してくれたから助かったけども自力では多分、どうにもできなかった。
怖かった。向けられる殺気も、容赦のない攻撃とも、無縁の世界でぬくぬくと生きて来たから、どう対処したら良いのかわからなかったし、何よりクロウがいつもあんな痛みを負っている事が怖かった。
魔物と対峙する事が危険な事は知っているし、もちろん海辺の町で剣を構えるクロウの姿も見ている。でもどこかでクロウは強いから大丈夫と思ってる自分がいて、守られる事もどこか当然のように受け入れていたことが、すごく恥ずかしい。いつまでも足手まといのままじゃいけない、補助だけじゃなくて、クロウを守れるくらい強くなりたい。
顔を上げると、少し遠くで先ほどまで例の男と話していたクロウと目が合った。立ち上がって彼の元へ歩こうとしたら、向こうから駆けて来たクロウに抱き寄せられた。包み込む腕と匂いに強張っていた心がほっと安心して、キアラは抱きしめる背中に腕を回した。
◆◇
「ごめん。また危険な目に…」
「ううん。クロウはいつも守ってくれるのに、私が弱いから。いつもごめんね」
キアラが見上げると、優しい目をしたクロウが額に口付ける。
「僕は慣れてるし、キアラは血生臭い事に慣れなくて良いんだ。一生守るから」
「ありがとう、嬉しい……。でも私も母さんみたいに、クロウを守れるくらい強くなりたい」
その健気な言葉や真っ直ぐな眼差しより、母を引き合いに出されて、クロウの脳内にサアレ化したキアラが過ぎる。思わずゾッと身震いしてしまった。
「……気持ちは嬉しいけど、母さんを目指すのはどうかと思う……」
「そっか、母さんは剣だもんね。父さんみたいに強い攻撃魔法を習得できるように頑張る!」
「それも、どうだろうな……あの人たちは基本的に化け物だから……」
「誰が化け物だ」
「化けも……いや、母さん。何でも」
「お前、後でいつもの三倍しごいてやるからな」
物騒な母の声にクロウが後ろを振り向くと、サアレに肩を支えられて苦い顔をした青年が目に入る。クロウに寄り添ったままで少し怖気付きながら青年に視線を移したキアラだったが、白い彼の顔を見た途端、息を呑んで大きな猫目を更に丸くした。
そろそろと青年とクロウの顔を交互に見ては首を傾げ、何かに気付いたように、レオと青年を見てポンとキアラは手を合わせる。
「まさか……生き別れの兄弟だったりする?」
「違う」
被せるかのように断言したクロウに、サアレが「代われ」と青年を雑に渡し、渋々受け取る。青年は痛みに小さく呻めき、顔を顰めた。
「大袈裟だな」
「うるさい。脳筋母子」
「だから誰が……母子?」
言い返そうとして、予想とは少し違った嫌味にクロウが思わず首をひねる。その反応に青年は、じろりと腹立たしげな目で舌打ちをした。
「あの女、容赦のない拳を打ち込んできやが……くっ!」
言ったそばから、青年はサアレから頭にゲンコツを食らう。本当に容赦がない。
「お前があれも嫌これも嫌と、手間をかけさせるからだろう」
青年がクロウの手を拒んだので、じゃあ僕がとレオが肩を貸そうとしても嫌がり、仕方ないとサアレが手を挙げても嫌がった。埒があかないので傷口を避けて一撃を捻り込み、青年が痛みに怯んだ隙に肩を担いでここまでやってきたのだ。サアレの後ろにいたレオから聞いて、一瞬クロウは青年に同情してしまった。
「さすが母さん……」
頭を押さえて苛立たしい顔をしている青年と、クロウのやりとりを見て、キアラの警戒心は少し薄れる。けれど体がさっき覚えた痛みを恐怖に変換してしまい、どうしても一歩引いてしまう。そんなキアラの様子を見ていたレオが大丈夫と言うように桜色の頭を撫でて、とりあえず入ろうと、皆を家に促した。
リビングで青年をソファに座らせて、レオは青年の隣、サアレはソファ後ろの壁にもたれて立ち、クロウとキアラは並んで向かいのソファに座る。
全員が揃ったのを確認したレオが、さてと話を切り出した。
「とりあえず……名前は?」
「ない」
レオが聞くと間髪入れずに青年が答えた。
「ない?」
「Si-1と呼ばれていたとでも言えばいいか?」
「えすあいわん?」
きょとんと首を傾げるキアラに青年が興味なさそうな視線を送った。僅かに体が強張ったキアラは、隣のクロウに少し身を寄せる。
「名前など必要ないからな」
「そんな……」
「じゃあ僕が名付けるよ。そうだな……S……」
「おい、勝手に……」
ブツブツと候補を挙げだしたレオをやめさせようと、青年が険しい顔を向けるが有無を言わせない満面の笑みで返されてしまう。レオはどんな事態だろうと、大抵の事は笑顔でゴリ押し通す。
「僕の遺伝子から生まれたという事は、僕の息子も同然! 遠慮しないで」
「いらん」
「そういう訳にはいかないよ。今日から君も家族だからね」
「は?!」
青年とクロウが同時に身を乗り出して、抗議の声を上げる。寸分の狂いもないその動作に、思わずレオは笑ってしまった。
「何言ってるんだ父さん!」
「家族だと? 馬鹿じゃないのか?」
「息ぴったりだね。だってどう考えても息子かなって。ほらクロウともよく似てるし。仲良くしよう」
何があっても要求を貫くいつものレオの笑顔に、クロウが苦い顔をする。今までの経験上、これはいくら言っても無駄らしい。
「無理だ。こいつだけは許さない。母さんはいいのか?」
サアレは呆れた顔で、ふうと息を吐くがあまり驚いた節もない。
「レオはそう言うと思った。レオの息子なら私の息子でもあるからな。クロウ、諦めろ」
「キアラに怪我させたこと、絶対に許さない。父さんが間に合わなかったら、どうなっていたかわからない」
静かな怒りを滲ませて青年を睨むクロウに、落ち着くよう片手を挙げたレオは、笑顔を消して青年を見る。
「あー、うん。僕もそれはちょっとね……。君に剣を向けたクロウはともかく、直接手を出していないキアラに手を挙げたのは、よくないよね」
「邪魔者は排除するのが当然だ」
「わかるよ。でもね、そこはやっぱり可愛い娘だから許せないんだよね。……次なにかしたら許さない」
「面白い……」
青年は馬鹿にするような笑みを浮かべるが、背後からすらりと伸びた美脚に華麗な踵落としを食らい、頭を押さえて悶絶する。
「安心しろ。家族に手を出したらどうなるか、私が直々にしっかりと叩き込んでやる」
「でも……」
サアレの容赦ない制裁に一瞬引いたクロウだったが、なお食い下がろうとすると、キアラに裾を引っ張られた。
「あの……私は大丈夫。負けないくらい、強くなるから」
本当は怖いけど、ここで我儘を言って優しい育て親を困らせることは、したくない。それに移住までの辛抱だと思えば、どうにかなる気がした。無理にクロウに笑ってみせると、何か言いたげな顔をした彼はソファに戻り、強くキアラの手を握る。
「はっ、私に負けないくらい? 馬鹿にするのもいい加減にしろ」
「そういうつもりじゃ……」
さっきのはクロウを説得しようと咄嗟の発言だった。特に深い意味はない。けれど青年から不愉快だと睨まれて、キアラはシュンと俯いてしまう。
「よし、今日から君はキアラの兄なんだから、可愛い妹に攻撃魔法を教える事」
ポンと手を叩き提案したレオに、サアレを除く全員が目を開いて驚きの声を漏らす。クロウもキアラも、まさかそうなるとは思いもしなかった。
「父さん! 僕は認めない」
「だーめ、大黒柱はこの僕です」
テーブルを強く叩いて立ち上がったクロウに、レオは手でバツ印を作って却下する。
「こっちも意義ありだ。家族だの妹だの馬鹿らしい」
「同じく却下」
文句を続ける青年にも同じくバツ印を傾げ、レオは聞く耳を持たない。父の提案が信じられず、キアラは体が強張って、膝の上に置いた手を無意識に固く握り込む。
正直、怖い。固まるキアラを見たレオが、キアラはどう? と聞くが、うまく言葉が出てこない。
「私は……」
ここでキアラが嫌だと言えば、クロウは味方してくれる。でも今までレオはキアラに最善の道を示してくれている。こうやってキアラがクロウと恋人になれたのも、レオのおかげと言っても過言ではない。これはもしかすると父からのチャンスかもしれないと考えて、キアラは小さく頷いた。
「うん……よろしくお願いします」
「キアラ!」
隣に座るクロウに、咄嗟に肩を食い込むほどに強く掴まれて、キアラは痛みに声を上げる。
すぐに腕の力を緩めたクロウだったが、信じられないと、ひどく動揺しているようだ。
「あ、ごめん……でもどういうつもりだ?」
「どういう……って、父さんの提案に賛成するよ」
「なんで……」
「大丈夫。父さんが考えなしに言う訳ないもの。それにもし何かあっても、クロウの事信じてるから」
守ってくれるんでしょう? とキアラが照れながら上目遣いで見つめると、クロウは「わかった」と大人しく引き下がった。そんな息子を見て密かにキアラに「猛獣使い」の称号を送ったレオの横で、青年が目をすがめる。
「気持ち悪い兄妹だな」
「んー、あの子たちは兄妹じゃないからね。キアラにちょっかい出すと、クロウにまた斬られるよ」
クロウの溺愛っぷりはレオもたまに引く程で、人は変わるというより、抑えていたものを解放した反動に見える。それでも息子の豹変にはつくづく感心している。
「興味ない。私が殺りたいのはお前の息子、それからお前だ」
「ふぅん? あの子は実戦慣れしてるから強いよ。勿論僕もね」
殺意を込めて睨んでみても、余裕の態度で返してくるレオはいちいち青年の癪に触る。体が万全ではない為、彼は舌打ちだけで不快さをぶつけた。
失敗作と罵られて生きてきた身としては本物が憎くて仕方なかったが、実際対面してみると憎しみよりも早く思う存分に力を使いたい気持ちでいっぱいになる。死にそうにはなったけども、クロウとのぶつかり合いは心が踊った。青年は生まれて初めて、楽しいという感情を自覚した。
「レオ……」
沈黙を破ったのはサアレだった。クロウが今まで見たことないほどの恐ろしい顔と、オーラを発している。なんとなく体感温度が下がるのを感じたクロウは両親から距離を置くが、父に似た青年の正体が気になって少し場を離れがたい。
「な、何サアレ……美人が台無しだよ……?」
「どういう事だこれは? どこの隠し子様だ?」
「何のこと?!」
襟首を掴み、恐ろしい形相のサアレに睨まれて思わずレオの声がひっくり返るが、追求の手を嫁は緩めてくれない。
「どう見てもお前の顔だろう! 若い頃に瓜二つじゃないか! 今なら命だけは許してやる。素直に吐け」
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「往生際の悪い……」
ギリギリと襟元を絞るサアレに涙目で怯えながら、いつも飄々としているレオにしては珍しく、本気で焦っている。今でも勇者と謳われるレオの最大の弱点は嫁であり、唯一敵わない相手も嫁である。
「君も! 何か言って! ほら!」
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「ふん……隠し子か……笑える。確かにそうとも言えるな」
「レオ……」
「えぇっ?! おかしくない?! 全く身に覚えないんだけど?!」
助けを求めたつもりが窮地に追い込まれ、更に焦るレオを冷ややかな目線のままで眺める青年は、呆れたようなため息を吐く。
「私はお前の遺伝子で造られている。言ってみればそこの脳筋息子と同じようなものだ」
「は?」
何を言っているかわからない。レオが訝しげな目をすると、隣でクロウが剣帯にある愛剣の柄に手を伸ばした。
「誰が脳筋だ、刻むぞ」
「あれ?! そこ?!」
レオは同じく訝しげな顔をしているサアレの手から抜けて、息子の手を押さえ、抜刀を阻止しておく。この子こんなに沸点低かったっけ……。たやすく人に刃を向けようとするクロウに少し不安を覚えるが、当のクロウはキアラを傷付けられた事で、目の前の青年を敵認定している。あとなぜかよくわからないけど、クロウは青年を見ていると無性に苛々してくるようだ。
「遺伝子って?」
「勇者レオ様の化け物じみた能力をコピーした兵器が欲しかったらしい。お前が間抜けにも拉致されたおかげで、私が誕生した」
コピー? 兵器? 拉致?
さぁっと血の気が引いたレオが、まさかと言うように青年を凝視する。同じようにサアレも隣で、苦い顔をして青褪めている。
「まさか……まだ残ってたのか……?」
「安心しろ。最後の一人も死んだ」
正しくは自分が始末したが、言う必要もないだろうと、彼は最低限の事だけを伝えた。
「遺伝子からって……どういう事だ? そんな事が可能なのか?」
それが本当なら、とんでもない技術だ。少なくともレオもサアレも遺伝子から生物、特に人を造るなど聞いた事がない。
「可能だから私がここにいる」
「信じられないな……」
「お前たちが信じるかどうかはどうでもいい。どうせ私は失敗作だ」
あまりにもぶっ飛んだ話を俄には信じられず、サアレもレオもしばらく黙り込んで考える。当事者でないクロウは余計に理解する事が困難で、もう青年の出自にはあまり興味がなくなった。
とりあえず過去の両親と関係はあるが、自分とはあまり関係がないと結論する。それよりキアラの無事を確かめようと、少し離れた場所で膝を抱える恋人へと目を向けた。
◆◇
光の矢が放たれるのを見たキアラは咄嗟に身を翻して避けたものの、全て避け切ることは出来なかった。頬と腕、足に直撃を受けてしまった。今までに経験したことのない、焼けるような痛みと出血を思い出し、思わずぶるりとキアラの肩が震える。
クロウに集中し過ぎて、自らへの魔防をすっかり忘れていた。単純に死ぬかと思ったし、気が動転して回復する事もままならなかった。駆けつけたレオがすぐに回復魔法を施してくれたから助かったけども自力では多分、どうにもできなかった。
怖かった。向けられる殺気も、容赦のない攻撃とも、無縁の世界でぬくぬくと生きて来たから、どう対処したら良いのかわからなかったし、何よりクロウがいつもあんな痛みを負っている事が怖かった。
魔物と対峙する事が危険な事は知っているし、もちろん海辺の町で剣を構えるクロウの姿も見ている。でもどこかでクロウは強いから大丈夫と思ってる自分がいて、守られる事もどこか当然のように受け入れていたことが、すごく恥ずかしい。いつまでも足手まといのままじゃいけない、補助だけじゃなくて、クロウを守れるくらい強くなりたい。
顔を上げると、少し遠くで先ほどまで例の男と話していたクロウと目が合った。立ち上がって彼の元へ歩こうとしたら、向こうから駆けて来たクロウに抱き寄せられた。包み込む腕と匂いに強張っていた心がほっと安心して、キアラは抱きしめる背中に腕を回した。
◆◇
「ごめん。また危険な目に…」
「ううん。クロウはいつも守ってくれるのに、私が弱いから。いつもごめんね」
キアラが見上げると、優しい目をしたクロウが額に口付ける。
「僕は慣れてるし、キアラは血生臭い事に慣れなくて良いんだ。一生守るから」
「ありがとう、嬉しい……。でも私も母さんみたいに、クロウを守れるくらい強くなりたい」
その健気な言葉や真っ直ぐな眼差しより、母を引き合いに出されて、クロウの脳内にサアレ化したキアラが過ぎる。思わずゾッと身震いしてしまった。
「……気持ちは嬉しいけど、母さんを目指すのはどうかと思う……」
「そっか、母さんは剣だもんね。父さんみたいに強い攻撃魔法を習得できるように頑張る!」
「それも、どうだろうな……あの人たちは基本的に化け物だから……」
「誰が化け物だ」
「化けも……いや、母さん。何でも」
「お前、後でいつもの三倍しごいてやるからな」
物騒な母の声にクロウが後ろを振り向くと、サアレに肩を支えられて苦い顔をした青年が目に入る。クロウに寄り添ったままで少し怖気付きながら青年に視線を移したキアラだったが、白い彼の顔を見た途端、息を呑んで大きな猫目を更に丸くした。
そろそろと青年とクロウの顔を交互に見ては首を傾げ、何かに気付いたように、レオと青年を見てポンとキアラは手を合わせる。
「まさか……生き別れの兄弟だったりする?」
「違う」
被せるかのように断言したクロウに、サアレが「代われ」と青年を雑に渡し、渋々受け取る。青年は痛みに小さく呻めき、顔を顰めた。
「大袈裟だな」
「うるさい。脳筋母子」
「だから誰が……母子?」
言い返そうとして、予想とは少し違った嫌味にクロウが思わず首をひねる。その反応に青年は、じろりと腹立たしげな目で舌打ちをした。
「あの女、容赦のない拳を打ち込んできやが……くっ!」
言ったそばから、青年はサアレから頭にゲンコツを食らう。本当に容赦がない。
「お前があれも嫌これも嫌と、手間をかけさせるからだろう」
青年がクロウの手を拒んだので、じゃあ僕がとレオが肩を貸そうとしても嫌がり、仕方ないとサアレが手を挙げても嫌がった。埒があかないので傷口を避けて一撃を捻り込み、青年が痛みに怯んだ隙に肩を担いでここまでやってきたのだ。サアレの後ろにいたレオから聞いて、一瞬クロウは青年に同情してしまった。
「さすが母さん……」
頭を押さえて苛立たしい顔をしている青年と、クロウのやりとりを見て、キアラの警戒心は少し薄れる。けれど体がさっき覚えた痛みを恐怖に変換してしまい、どうしても一歩引いてしまう。そんなキアラの様子を見ていたレオが大丈夫と言うように桜色の頭を撫でて、とりあえず入ろうと、皆を家に促した。
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全員が揃ったのを確認したレオが、さてと話を切り出した。
「とりあえず……名前は?」
「ない」
レオが聞くと間髪入れずに青年が答えた。
「ない?」
「Si-1と呼ばれていたとでも言えばいいか?」
「えすあいわん?」
きょとんと首を傾げるキアラに青年が興味なさそうな視線を送った。僅かに体が強張ったキアラは、隣のクロウに少し身を寄せる。
「名前など必要ないからな」
「そんな……」
「じゃあ僕が名付けるよ。そうだな……S……」
「おい、勝手に……」
ブツブツと候補を挙げだしたレオをやめさせようと、青年が険しい顔を向けるが有無を言わせない満面の笑みで返されてしまう。レオはどんな事態だろうと、大抵の事は笑顔でゴリ押し通す。
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「いらん」
「そういう訳にはいかないよ。今日から君も家族だからね」
「は?!」
青年とクロウが同時に身を乗り出して、抗議の声を上げる。寸分の狂いもないその動作に、思わずレオは笑ってしまった。
「何言ってるんだ父さん!」
「家族だと? 馬鹿じゃないのか?」
「息ぴったりだね。だってどう考えても息子かなって。ほらクロウともよく似てるし。仲良くしよう」
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「無理だ。こいつだけは許さない。母さんはいいのか?」
サアレは呆れた顔で、ふうと息を吐くがあまり驚いた節もない。
「レオはそう言うと思った。レオの息子なら私の息子でもあるからな。クロウ、諦めろ」
「キアラに怪我させたこと、絶対に許さない。父さんが間に合わなかったら、どうなっていたかわからない」
静かな怒りを滲ませて青年を睨むクロウに、落ち着くよう片手を挙げたレオは、笑顔を消して青年を見る。
「あー、うん。僕もそれはちょっとね……。君に剣を向けたクロウはともかく、直接手を出していないキアラに手を挙げたのは、よくないよね」
「邪魔者は排除するのが当然だ」
「わかるよ。でもね、そこはやっぱり可愛い娘だから許せないんだよね。……次なにかしたら許さない」
「面白い……」
青年は馬鹿にするような笑みを浮かべるが、背後からすらりと伸びた美脚に華麗な踵落としを食らい、頭を押さえて悶絶する。
「安心しろ。家族に手を出したらどうなるか、私が直々にしっかりと叩き込んでやる」
「でも……」
サアレの容赦ない制裁に一瞬引いたクロウだったが、なお食い下がろうとすると、キアラに裾を引っ張られた。
「あの……私は大丈夫。負けないくらい、強くなるから」
本当は怖いけど、ここで我儘を言って優しい育て親を困らせることは、したくない。それに移住までの辛抱だと思えば、どうにかなる気がした。無理にクロウに笑ってみせると、何か言いたげな顔をした彼はソファに戻り、強くキアラの手を握る。
「はっ、私に負けないくらい? 馬鹿にするのもいい加減にしろ」
「そういうつもりじゃ……」
さっきのはクロウを説得しようと咄嗟の発言だった。特に深い意味はない。けれど青年から不愉快だと睨まれて、キアラはシュンと俯いてしまう。
「よし、今日から君はキアラの兄なんだから、可愛い妹に攻撃魔法を教える事」
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「父さん! 僕は認めない」
「だーめ、大黒柱はこの僕です」
テーブルを強く叩いて立ち上がったクロウに、レオは手でバツ印を作って却下する。
「こっちも意義ありだ。家族だの妹だの馬鹿らしい」
「同じく却下」
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正直、怖い。固まるキアラを見たレオが、キアラはどう? と聞くが、うまく言葉が出てこない。
「私は……」
ここでキアラが嫌だと言えば、クロウは味方してくれる。でも今までレオはキアラに最善の道を示してくれている。こうやってキアラがクロウと恋人になれたのも、レオのおかげと言っても過言ではない。これはもしかすると父からのチャンスかもしれないと考えて、キアラは小さく頷いた。
「うん……よろしくお願いします」
「キアラ!」
隣に座るクロウに、咄嗟に肩を食い込むほどに強く掴まれて、キアラは痛みに声を上げる。
すぐに腕の力を緩めたクロウだったが、信じられないと、ひどく動揺しているようだ。
「あ、ごめん……でもどういうつもりだ?」
「どういう……って、父さんの提案に賛成するよ」
「なんで……」
「大丈夫。父さんが考えなしに言う訳ないもの。それにもし何かあっても、クロウの事信じてるから」
守ってくれるんでしょう? とキアラが照れながら上目遣いで見つめると、クロウは「わかった」と大人しく引き下がった。そんな息子を見て密かにキアラに「猛獣使い」の称号を送ったレオの横で、青年が目をすがめる。
「気持ち悪い兄妹だな」
「んー、あの子たちは兄妹じゃないからね。キアラにちょっかい出すと、クロウにまた斬られるよ」
クロウの溺愛っぷりはレオもたまに引く程で、人は変わるというより、抑えていたものを解放した反動に見える。それでも息子の豹変にはつくづく感心している。
「興味ない。私が殺りたいのはお前の息子、それからお前だ」
「ふぅん? あの子は実戦慣れしてるから強いよ。勿論僕もね」
殺意を込めて睨んでみても、余裕の態度で返してくるレオはいちいち青年の癪に触る。体が万全ではない為、彼は舌打ちだけで不快さをぶつけた。
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