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12.兄と弟

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 忌々しそうにミルカを眺める兄の視線は全く緩まず、むしろ険しくなる一方だ。
 
「ただの噂だと思ってたんだが……。お前、本当にその淫魔を使い魔にしたのか? しかも彼女だと?」

 悪魔を蔑む天使が多いのは知っているし、中でも淫魔に対する偏見が強いのも承知だ。だけど蒼真との仲を否定されることは許せない。

 反論しようと開けた口を蒼真の手が制止した。大人しく口を閉ざしたミルカは不満な瞳を向けるが、蒼真は兄と視線を合わせたまま「いい子にしてて」と小さく囁く。
 
「そ、彼女。可愛いでしょ。俺のだから手出さないでよね」
「本気か? なんでまた淫魔なんか……。お前らしくない。悪魔だぞ?」

「んー、まあそうなんだけどね。なんでって可愛いから? 放っておいてくんないかな。俺の勝手でしょ」

 いつも通りの軽口なのにどこか緊張を含むのは気のせいだろうか。
 落ち着かないミルカは更に身を寄せ、ぎゅっとしがみついた。
 その様子に兄の視線がまた強くなったが、ツンと顔を逸らして反抗を示す。
 
「生意気そうな淫魔だな。放っておけるか、そいつは頭がおかしいぞ。お前の元カノから蒼真に関する記憶を抹消したいそうだ」
「は? 記憶?」
「う……。それは、そのぉ……」

 思わぬところで流れ弾を受けてしまった。目を瞬いた蒼真はじっとミルカの瞳を見つめてくる。
 なんとなく気まずくなったミルカの眉が下がり、視線を逸らすと彼はおかしそうに笑った。

「なにそれ、かーわいー。それくらいなら俺は全然いいけどね。もっと物騒なこと企んでるのかと思ってた。待たせてごめん。お腹すいたよね?」
「はいっ♡ お腹ぺこぺこですぅ♡」
「おい、蒼真、ちょっと待て! お前……」

 てっきり怒られるかと思ったのに、蒼真はくすくす笑うのみだ。
 一体どういうふうに見られているのか気にはなるけど、許可が出れば迷わず存在を消したいミルカとしては「物騒なこと」を否定できない。

 そんなミルカを知ってか知らずか、見せつけるようにひとつ軽いキスを落とした蒼真は電子キーのパネルを操作する。
 軽い電子音と共に響く施錠音。片手でミルカの肩を抱いたままドアに手をかけ、彼はいつもの笑顔で兄を振り向いた。

「兄さん、悪いけど今日は帰って。ミルカのお腹満たしてあげたいし、俺もたまんなくなっちゃった。あ、この間の話ならノーだから」
「あ、おい! 待て、この短期間でそんなに必要だなんて、相当無理して……」

「どうしようもなくなったら、ちゃんと帰るから。これ感謝してる、ありがと。また連絡するよ」

 先ほど受け取った荷物を示し「じゃあね」と蒼真は軽く手を振る。そうして無情にも扉を閉めた彼は大きなため息をついた。

 「ソウマ様、お兄様はよかったの? それに無理って……」
 
 先ほど蒼真を呼び止めた言葉が気になる。
 だが不安に見上げるミルカの髪をポンと撫でた彼は軽く笑うだけで、教えてくれる気はないようだ。
 
「いいのいいの、大丈夫だって。あの人めちゃくちゃ過保護なんだよ。それがしんどくてこっちに来たんだよね、俺。色々世話にはなってるけど、ブラコン過ぎるとこはマジ勘弁してほしい」
 
 疲れた顔で部屋に入る蒼真に続き、ミルカもあとを追う。
 ここはミルカの部屋より狭いけど、おかげで手を伸ばせばすぐに触れられる環境がとても好きだ。
 狭い洗面台で並んで手を洗うのも楽しいし、ずっと広い家で暮らして来た身としては全てが新鮮に感じる。

コートと学ランを脱ぎ、元から開いているシャツのボタンを更に寛げた蒼真はそのままベッドに倒れ込んだ。
 とてとて軽い足取りのミルカは無造作にソファへ投げ捨てられた学ランを拾い、自分のコートと共にハンガーに掛ける。

 そんなことしなくて良いと言われたし、ミルカも几帳面ではないけど、世話を焼くのが楽しかったりする。ただし蒼真限定だが。
 
 いそいそとベッドに乗り上げれば腕を掴まれて、すぐに引き寄せられた。ぽすっと蒼真に重なったミルカは待ちかねたとばかりに軽く、くちびるを重ねて離す。

 付き合う前はあまり素直な表情を見せてくれなかった彼だけど、今では素の感情も向けてくれる。
 無防備に緩められた瞳はいつもミルカの心を惹きつけて止まない。

「俺がいない時に……って、いる時もだけど、兄さんには近付かないで。あの人、悪魔嫌いだし引くほど俺のこと好きだからさ。しかも優秀なんだ」

「ミルカも優秀よ。何かされても負けないわ」
「その何か、が問題なんだよ」

 簡単に言うミルカの胸に手を添えた蒼真の瞳は真剣だ。
 指が触れるのは魔法陣のある場所。真面目な話だとわかっていてもドキドキ高鳴る鼓動と比例して、彼を見つめる瞳は情欲に濡れてしまう。

 紅潮するミルカに目を細めた蒼真は後頭部を引き寄せ、もう一度キスをした。
 抱きしめる腕はまるで縋るようだ。そっと抱きしめ返したら、一瞬息が詰まりそうなほど強く抱き寄せられた。
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