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伯爵家にて
彼女は家事の天才
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「ああもう、忙しいっ!」
三人が異常に食べるーー普通、令嬢は舞踏会で大口開けて軽食をぺろりと平らげないものであるーーので、次から次へと料理やスイーツを作らねばならない。
「エラ! シャーベットはどうしたんだい。空っぽだよっ! まったく気の利かない……」
「申し訳ございません、おかあさま。すぐに!」
厨房の人がフル回転しても足らないため、エラも手伝っていた。
「ガブリエラさま、あちらのお部屋で座って構いませんので、卵白をあわ立ててください」
「はい。メレンゲね?」
「そうです。できるだけたくさんお願いします」
まかせて! と、エラはブラウスの袖をめくりあげる。
隣の部屋へ行く許可が得られたのは大きい。手動で卵白を立派に泡立てることに長けている姿は、メイドたちにあまり見せない方がいいだろう。彼女たちが、エラに仕事を奪われてしまうと恐れるかもしれない。
エラは、調理器具と砂糖、大量の卵を軽々と抱えて、隣室へ行く。
「ガブリエラさま、卵も道具も重たいですから、運び……あれ? いない……あの量をか弱いお嬢さまが運べるはずないのに……」
料理長が首を傾げる。
「料理長、きっと動物たちですよ。心優しいガブリエラさまには森の動物たちが懐いているでしょう?」
ああなるほど。厨房の人々は納得した。
小躍りしながら隣室に飛び込んだエラは、両手に持った卵を次々とボウルに割り入れ、泡立て器を手にする。
「よおっし!」
とおりゃあ! と、まったく令嬢とは思えない気合いを発して泡立て器を高速で動かした。
卵の様子を見ながら砂糖をさらさらと入れ、また混ぜる。
「よし……お砂糖追加……うん、いいわね……」
神業かと思われる速度で泡立て器が動き、ものの数分でメレンゲが完成してしまった。少し考えて料理長に見てもらってOKを貰う。
「よし、次!」
いえっさぁー! と、これまた令嬢に似つかわしくない気合いとともに泡立て器が軽快に動く。
無心に泡立てる。この瞬間がエラは好きだ。
「よし!」
卵を割り、お砂糖を足しーー仕上がったメレンゲをちょんと指につける。見た目も味も申し分ない。思わず笑みが溢れる。
「わたくし家事の天才ね!」
その調子で、ボウルを抱えて鼻歌とステップを踏みながらメレンゲを次々と作る。歌劇の如くに歌い踊りながら卵を泡立てる令嬢ーーこの世に二人といないだろう。しかしエラはこれがどんなお菓子に化けるのか、今から楽しみで仕方がない。だから、混ぜる作業に気合いも入る。
「っしゃあーっ! やったできた! でも今すぐ届けてはいけないわね……」
労働に不慣れな令嬢らしく、しおらしくしなくてはならない。逞しく鍛えられている二の腕をそっと撫でて、ブラウスの袖をもとに戻す。部屋に備え付けの鏡で、顔に卵白が飛び散っていないことを確認する。
「変な風潮よね、働ける人はみんな働けばよろしいの」
社交界で口にすればたちまち爪弾きにされてしまう問題発言だが、幸い彼女は社交界に顔を出すことはない。
窓から外を見る。
庭のガゼボや噴水は雰囲気良く飾られ、今宵引き合わされたと思しき若いカップルがぎこちなく歩いている。
両親、いや、父が生きていたならあそこを歩いていたのはエラだっただろう。
「……気にしてはいけないわね。わたくしは伯爵令嬢であってそうではない……」
結婚のチャンスが巡ってくるのは義姉二人が嫁いだあとだろう。あの二人は嫁ぐのが大変であろうから、二人が片付いたあとはエラも行き遅れである。
実家の後ろ盾のない行き遅れなんて誰が相手にしてくれるだろうか。
継母がこの屋敷を乗っ取ってしまったときに、エラはいつか何もかも奪われて屋敷を追い出されることを覚悟して生きてきた。
しかし強い覚悟も、時には崩れそうになる。
「お父さま……わたくしもそちらに、連れて行ってくださればよかったのに……」
こつん、と窓に額をくっつけて目を閉じたーー。
が。
「怪しい視線!」
エラの目がカッ! と開いた。探すまでもなく、
「あの方!」
例の黒尽くめの人物が庭からエラを見ている。
「わたくしに御用なのかしら? それともこの建物そのもの……?」
エラが招待客に会釈をすると、男もゆっくり頭を下げる。そしてエラが瞬きした一瞬の間に、姿を消してしまった。
「あら?」
夢だったのだろうか。
と、その瞬間メイドの声がした。
「お嬢さま、料理長がメレンゲは出来ましたか? と……」
「あ、はーい! 今もっていくわ」
ボウルいっぱいのメレンゲに、料理長が目を丸くしたのは言うまでもない。
三人が異常に食べるーー普通、令嬢は舞踏会で大口開けて軽食をぺろりと平らげないものであるーーので、次から次へと料理やスイーツを作らねばならない。
「エラ! シャーベットはどうしたんだい。空っぽだよっ! まったく気の利かない……」
「申し訳ございません、おかあさま。すぐに!」
厨房の人がフル回転しても足らないため、エラも手伝っていた。
「ガブリエラさま、あちらのお部屋で座って構いませんので、卵白をあわ立ててください」
「はい。メレンゲね?」
「そうです。できるだけたくさんお願いします」
まかせて! と、エラはブラウスの袖をめくりあげる。
隣の部屋へ行く許可が得られたのは大きい。手動で卵白を立派に泡立てることに長けている姿は、メイドたちにあまり見せない方がいいだろう。彼女たちが、エラに仕事を奪われてしまうと恐れるかもしれない。
エラは、調理器具と砂糖、大量の卵を軽々と抱えて、隣室へ行く。
「ガブリエラさま、卵も道具も重たいですから、運び……あれ? いない……あの量をか弱いお嬢さまが運べるはずないのに……」
料理長が首を傾げる。
「料理長、きっと動物たちですよ。心優しいガブリエラさまには森の動物たちが懐いているでしょう?」
ああなるほど。厨房の人々は納得した。
小躍りしながら隣室に飛び込んだエラは、両手に持った卵を次々とボウルに割り入れ、泡立て器を手にする。
「よおっし!」
とおりゃあ! と、まったく令嬢とは思えない気合いを発して泡立て器を高速で動かした。
卵の様子を見ながら砂糖をさらさらと入れ、また混ぜる。
「よし……お砂糖追加……うん、いいわね……」
神業かと思われる速度で泡立て器が動き、ものの数分でメレンゲが完成してしまった。少し考えて料理長に見てもらってOKを貰う。
「よし、次!」
いえっさぁー! と、これまた令嬢に似つかわしくない気合いとともに泡立て器が軽快に動く。
無心に泡立てる。この瞬間がエラは好きだ。
「よし!」
卵を割り、お砂糖を足しーー仕上がったメレンゲをちょんと指につける。見た目も味も申し分ない。思わず笑みが溢れる。
「わたくし家事の天才ね!」
その調子で、ボウルを抱えて鼻歌とステップを踏みながらメレンゲを次々と作る。歌劇の如くに歌い踊りながら卵を泡立てる令嬢ーーこの世に二人といないだろう。しかしエラはこれがどんなお菓子に化けるのか、今から楽しみで仕方がない。だから、混ぜる作業に気合いも入る。
「っしゃあーっ! やったできた! でも今すぐ届けてはいけないわね……」
労働に不慣れな令嬢らしく、しおらしくしなくてはならない。逞しく鍛えられている二の腕をそっと撫でて、ブラウスの袖をもとに戻す。部屋に備え付けの鏡で、顔に卵白が飛び散っていないことを確認する。
「変な風潮よね、働ける人はみんな働けばよろしいの」
社交界で口にすればたちまち爪弾きにされてしまう問題発言だが、幸い彼女は社交界に顔を出すことはない。
窓から外を見る。
庭のガゼボや噴水は雰囲気良く飾られ、今宵引き合わされたと思しき若いカップルがぎこちなく歩いている。
両親、いや、父が生きていたならあそこを歩いていたのはエラだっただろう。
「……気にしてはいけないわね。わたくしは伯爵令嬢であってそうではない……」
結婚のチャンスが巡ってくるのは義姉二人が嫁いだあとだろう。あの二人は嫁ぐのが大変であろうから、二人が片付いたあとはエラも行き遅れである。
実家の後ろ盾のない行き遅れなんて誰が相手にしてくれるだろうか。
継母がこの屋敷を乗っ取ってしまったときに、エラはいつか何もかも奪われて屋敷を追い出されることを覚悟して生きてきた。
しかし強い覚悟も、時には崩れそうになる。
「お父さま……わたくしもそちらに、連れて行ってくださればよかったのに……」
こつん、と窓に額をくっつけて目を閉じたーー。
が。
「怪しい視線!」
エラの目がカッ! と開いた。探すまでもなく、
「あの方!」
例の黒尽くめの人物が庭からエラを見ている。
「わたくしに御用なのかしら? それともこの建物そのもの……?」
エラが招待客に会釈をすると、男もゆっくり頭を下げる。そしてエラが瞬きした一瞬の間に、姿を消してしまった。
「あら?」
夢だったのだろうか。
と、その瞬間メイドの声がした。
「お嬢さま、料理長がメレンゲは出来ましたか? と……」
「あ、はーい! 今もっていくわ」
ボウルいっぱいのメレンゲに、料理長が目を丸くしたのは言うまでもない。
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