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伯爵家にて
彼女は大活躍
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そうしてエラがお菓子に胸を弾ませているころ、継母は人の群れを掻き分けてエラを探し回っていた。
「あの子はどこへ行ったんだい!」
これから『二つのヴァイオリンのための協奏曲』を招待客の前で演奏するのだが、ヴァイオリンを急遽習わせた二人の娘も、チェンバロを弾く自分も、それほど巧い方ではない。有名な音楽院の先生を呼んで毎日レッスンしてもらったが「限りなく不可に近い」と、わけのわからない評価で苦虫をまとめて何匹も噛み潰したような顔をされてしまった。
「人前に出せるのは三番目のお嬢さまのみです」
とハッキリ言ったら先生もあった。当然その場でクビにしたが。だが、閃いたことがあった。全パートが頭に入っているエラに適宜手伝わせること。エラにサポートさせれば完璧な演奏になることは日頃のレッスンで証明されているので今日もそうしようと思っているのだが、さっきからそのエラが見当たらない。
「いったいどこへいったんだい?」
人の群れの中に、輝くような明るい金髪はないし、エラのように全てのパーツが完璧に配置され神がお造りになったもののなかで最高傑作だと思われるほどの美貌はそう滅多にあるものではない。
似たり寄ったりの令嬢を見つけては声をかけるが、美貌も所作も何もかもがエラには遠く及ばない。
「エラ! どこにいるんだい!」
吠えるような声を上げれば、慌てたようにエラが走ってきた。よくよく見れば白くなめらかな頬に白いメレンゲがついている。
「みっともない! どうせ厨房で盗み食いでもしてきたんだろう。しつけのなってないはしたない子だね」
「ごめんなさい、おかあさま」
ちょこんと膝を折って挨拶する姿さえ、美しい。完璧な美とは彼女のためにある言葉だと思われた。彼女の美貌と神々しさの前に平伏してしまいそうになる己を奮い立たせて、継母は命令を下した。
「……身支度を整えてヴァイオリンと楽譜を持っておいで」
「『二つのヴァイオリンのための協奏曲』ですね、わかりましたわ。わたくしはどのパートを?」
「全部だよ! 旋律が消えそうになったらすぐに全てを助けるんだ。いいね? わたしたちに恥をかかせたら承知しないよ。会場に先に行くからすぐにくるんだ。わかったかい?」
「はい、おかあさま」
エラなら、第一ヴァイオリンも第二ヴァイオリンも、完璧に弾く。チェンバロが危うくなれば飛んできて弾く。エラほど多才で何でも完璧にこなせる令嬢を他には知らない。
「これで『二つのヴァイオリンのための協奏曲』は完璧だ……」
継母は、我が娘たちが拍手喝采を浴びる姿を妄想しひとり気分を良くしていた。
「大変大変! ドレス……何かあったかしら」
エラは自分の部屋に駆け込んでクローゼットを覗く。ここ数年、ドレスらしいドレスを買った記憶がない。
「う……時代遅れ過ぎるわね……」
出てきたのはおそらく実母のものだったのだろう古いドレスが数着。
もちろん記憶にはないが、肖像画の中の母がこれを着ている。お母さま、と、思わず声に出してしまう。
できればこのまま着たいくらいだが、前後左右にたっぷり膨らんだスカートなど何年前の流行だろうか。今はこれの正反対と言っていい。が、エラの脳みそが閃いた。
「そうよ! 膨らませている物を取ってみましょう」
だめならだめで、義姉の部屋に忍び込んでこっそり一枚拝借すればいい。サイズが全くあわないが普段着で出るよりましだろう。
針と糸、裁ちばさみを手にしたエラは、目を閉じて脳裏にイメージ図を描いた。
「これを外して……これをこうして……」
ああしてこうして……。
「やれる! よしっ!」
悪魔も逃げ出すほどの険しい形相で、小物を取り除きレースを外しリボンをつけて……高速ではさみと針と糸、アレコレが動く。必死のエラの額にはうっすらと汗が浮くほどである。
「最先端とは言い難いけど……なんとかなったわ……」
村の仕立て屋のおじさんが、いろいろとテクニックを教えてくれるのだが、今回もそれが役に立った。
「あとで、お礼を言いたいわ」
お待たせいたしました、と、舞踏会の会場に駆け込んだエラは、流行おくれのデザインの、淡いピンクのドレスを着ていた。恥ずかしい、という気持ちは全くなかった。母と一緒、という妙な嬉しさと安心感があった。
ちなみに、ちらりと覗いた義姉たちのドレスはサイズもデザインもエラの好みとは正反対、アレを着るくらいなら普段着の方が遥かにましだと思った。
そして自らリメイクしたドレスも、すっかり愛着がわいていた。
「おそくなってごめんなさい、おかあさま」
「ふん、一応ドレスを着るだけの分別はあったようだね。さぁ、ここへ立つんだ。調弦は?」
「これからです。Aをください」
後ろを向いて調弦するエラだが、たちまち二人の義姉は霞んでしまった。継母が酷く恐ろしい顔つきで、エラに耳打ちした。
「エラ、姉の前に立ちはだかるとはしつけのなってない子だね、お下がり」
「ご、ごめんなさい、おかあさま……」
「けして、姉二人の前にでしゃばるんじゃないよ。今日はあの子たちのための夜会だ。それを肝に銘じておくんだね」
はい、と、エラは静かに頷いた。義姉二人の巨体に隠れていればいいだろう。幸い、並んだ二人の横幅は素晴らしいのでエラをすっぽり隠してくれる。
そうして、なぜかヴァイオリニストが三人もいる『二つのヴァイオリンのための協奏曲』がはじまった。
開始早々主旋律が落ちかけたのをエラが掬い、チェンバロが消えそうになれば代わって弾く。セカンドヴァイオリンが調子っぱずれになればそれを弾く。エラ、一人三役の大活躍である。
――ああもうっ! 何でこんな難しい曲にしたのさっ! 身の丈に合った曲にしなさいよ!
とてもとても人様に聞かせられない令嬢らしからぬ罵詈雑言を胸の中で響かせながら、エラは必死の形相で三つのパートを飛び回った。
「あの子はどこへ行ったんだい!」
これから『二つのヴァイオリンのための協奏曲』を招待客の前で演奏するのだが、ヴァイオリンを急遽習わせた二人の娘も、チェンバロを弾く自分も、それほど巧い方ではない。有名な音楽院の先生を呼んで毎日レッスンしてもらったが「限りなく不可に近い」と、わけのわからない評価で苦虫をまとめて何匹も噛み潰したような顔をされてしまった。
「人前に出せるのは三番目のお嬢さまのみです」
とハッキリ言ったら先生もあった。当然その場でクビにしたが。だが、閃いたことがあった。全パートが頭に入っているエラに適宜手伝わせること。エラにサポートさせれば完璧な演奏になることは日頃のレッスンで証明されているので今日もそうしようと思っているのだが、さっきからそのエラが見当たらない。
「いったいどこへいったんだい?」
人の群れの中に、輝くような明るい金髪はないし、エラのように全てのパーツが完璧に配置され神がお造りになったもののなかで最高傑作だと思われるほどの美貌はそう滅多にあるものではない。
似たり寄ったりの令嬢を見つけては声をかけるが、美貌も所作も何もかもがエラには遠く及ばない。
「エラ! どこにいるんだい!」
吠えるような声を上げれば、慌てたようにエラが走ってきた。よくよく見れば白くなめらかな頬に白いメレンゲがついている。
「みっともない! どうせ厨房で盗み食いでもしてきたんだろう。しつけのなってないはしたない子だね」
「ごめんなさい、おかあさま」
ちょこんと膝を折って挨拶する姿さえ、美しい。完璧な美とは彼女のためにある言葉だと思われた。彼女の美貌と神々しさの前に平伏してしまいそうになる己を奮い立たせて、継母は命令を下した。
「……身支度を整えてヴァイオリンと楽譜を持っておいで」
「『二つのヴァイオリンのための協奏曲』ですね、わかりましたわ。わたくしはどのパートを?」
「全部だよ! 旋律が消えそうになったらすぐに全てを助けるんだ。いいね? わたしたちに恥をかかせたら承知しないよ。会場に先に行くからすぐにくるんだ。わかったかい?」
「はい、おかあさま」
エラなら、第一ヴァイオリンも第二ヴァイオリンも、完璧に弾く。チェンバロが危うくなれば飛んできて弾く。エラほど多才で何でも完璧にこなせる令嬢を他には知らない。
「これで『二つのヴァイオリンのための協奏曲』は完璧だ……」
継母は、我が娘たちが拍手喝采を浴びる姿を妄想しひとり気分を良くしていた。
「大変大変! ドレス……何かあったかしら」
エラは自分の部屋に駆け込んでクローゼットを覗く。ここ数年、ドレスらしいドレスを買った記憶がない。
「う……時代遅れ過ぎるわね……」
出てきたのはおそらく実母のものだったのだろう古いドレスが数着。
もちろん記憶にはないが、肖像画の中の母がこれを着ている。お母さま、と、思わず声に出してしまう。
できればこのまま着たいくらいだが、前後左右にたっぷり膨らんだスカートなど何年前の流行だろうか。今はこれの正反対と言っていい。が、エラの脳みそが閃いた。
「そうよ! 膨らませている物を取ってみましょう」
だめならだめで、義姉の部屋に忍び込んでこっそり一枚拝借すればいい。サイズが全くあわないが普段着で出るよりましだろう。
針と糸、裁ちばさみを手にしたエラは、目を閉じて脳裏にイメージ図を描いた。
「これを外して……これをこうして……」
ああしてこうして……。
「やれる! よしっ!」
悪魔も逃げ出すほどの険しい形相で、小物を取り除きレースを外しリボンをつけて……高速ではさみと針と糸、アレコレが動く。必死のエラの額にはうっすらと汗が浮くほどである。
「最先端とは言い難いけど……なんとかなったわ……」
村の仕立て屋のおじさんが、いろいろとテクニックを教えてくれるのだが、今回もそれが役に立った。
「あとで、お礼を言いたいわ」
お待たせいたしました、と、舞踏会の会場に駆け込んだエラは、流行おくれのデザインの、淡いピンクのドレスを着ていた。恥ずかしい、という気持ちは全くなかった。母と一緒、という妙な嬉しさと安心感があった。
ちなみに、ちらりと覗いた義姉たちのドレスはサイズもデザインもエラの好みとは正反対、アレを着るくらいなら普段着の方が遥かにましだと思った。
そして自らリメイクしたドレスも、すっかり愛着がわいていた。
「おそくなってごめんなさい、おかあさま」
「ふん、一応ドレスを着るだけの分別はあったようだね。さぁ、ここへ立つんだ。調弦は?」
「これからです。Aをください」
後ろを向いて調弦するエラだが、たちまち二人の義姉は霞んでしまった。継母が酷く恐ろしい顔つきで、エラに耳打ちした。
「エラ、姉の前に立ちはだかるとはしつけのなってない子だね、お下がり」
「ご、ごめんなさい、おかあさま……」
「けして、姉二人の前にでしゃばるんじゃないよ。今日はあの子たちのための夜会だ。それを肝に銘じておくんだね」
はい、と、エラは静かに頷いた。義姉二人の巨体に隠れていればいいだろう。幸い、並んだ二人の横幅は素晴らしいのでエラをすっぽり隠してくれる。
そうして、なぜかヴァイオリニストが三人もいる『二つのヴァイオリンのための協奏曲』がはじまった。
開始早々主旋律が落ちかけたのをエラが掬い、チェンバロが消えそうになれば代わって弾く。セカンドヴァイオリンが調子っぱずれになればそれを弾く。エラ、一人三役の大活躍である。
――ああもうっ! 何でこんな難しい曲にしたのさっ! 身の丈に合った曲にしなさいよ!
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