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伯爵家にて
本番はここから
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「ああ、疲れた……」
今宵はもうさすがに出番はないだろう……ヘロヘロのぼろぼろになったエラは、屋敷の裏にある薪小屋へと逃げ込んでいた。
ここは、エラが思う存分鍛錬――ではなく息抜きが出来る場所である。ほぼ無意識に斧を手に取り、ドレスの腕をまくりあげる。
「せぇやっ!」
手ごろな大きさの丸太を燃やしやすいサイズへと割っていく。すこん! と割れた時の心地よさと言ったら最高である。
勢いよく割りすぎて遠くへ飛んでいった薪は、森の動物たちが集めてくれる。
「あら、ありがとう。重たかったでしょう?」
三匹がかりでリスが運んで来たり、鹿の背に薪をのせてそれを子猿が抑えていたり。頑張れ、と励ますように歌うのは鳥の一家だ。
「ルールル、ルルルルールル……ラシドレドシラソードーシーラシドー……」
高らかにエラも歌えば動物たちが喜んでくれる。
ここで薪割をしながら歌い踊り、時には木に登って猿たちと一緒に寛ぐ。そのおかげで一般的な令嬢の枠からはみ出た筋力と体力がついている。
「はぁ、そろそろ会場に戻らないといけないわね」
今度は一体どんな用事を言いつけられるのだろうか。エラにも、できることとできないことがあるのだが、継母はお構いなしに次々と命じてくる。
「わたくしはどうしてあの家に、残っているのかしらね……」
家から出てしまえばいい。だが、後ろ盾も身寄りもない女の子が一人でどうやって生きていけるというのだろうか。
「家事ならいくらでもできるんだけど……世間一般のお仕事がどういうものなのか、わからないのよね……情けないわ」
流石に足が重くなるエラを囲んで、動物たちが慰めてくれる。
「みんな、優しいわね。ありがとう。頑張ってくるわね!」
そのころ、ダンスホールは大混乱に陥っていた。人々の悲鳴と走り回る音がしはじめたのだ。
ただならぬ気配に、エラはスカートをたくし上げて猛然と走った。ブーツもタイツも丸見えだが、この際、構ってはいられない。
「おかあさま、おねえさま!」
エラが飛びこんだダンスホールは泣き叫ぶ人と、倒れている人がいた。そして、若いレディたちが床に押し倒され、そこに圧し掛かる黒い服の男たちがいる。
「え……? なに、これ……」
圧し掛かる男たちは――人の形をしているが人ではない。肌と髪の色は透き通るように白く耳が尖っている。目は深紅に光り口元には牙がのぞく。牙が赤く染まっているのは吸血行為が行われたからだろう。ぐったりした令嬢の細い首筋には噛み傷が残っている。
「えっ……ヴァンパイア……?」
物語の中で、あるいは、ウワサ好きな夫人たちの間でのみ語られていた存在。実在したのは遥か昔だと思っていた。
そしてその男たちを引きはがそうとする、黒い服の男。
「お前たち、人を襲ってはだめだ。彼女たちは何も知らない善良な人間だぞ、協定を破る気か!」
そう怒鳴る男性は庭からエラを見ていた男性だ。彼もまたヴァンパイアである。牙が覗く。
「すまないが、見境のなくなっているヴァンパイアを鎮めてくれないか。いや、退治してくれて構わない」
そんなもの知らない――と思ったのは一瞬の事、エラの脳みそは瞬く間に本の一説を弾きだした。
「銀の弾丸、呪文を刻んだ弾丸……わかったわ!」
地下の武器庫へと走る。そこには父が猟に使用していた銃や、フリントロック銃、弓矢といった武器がおいてある。その傍らには、なぜか古びたカップとチョーク、瓶や水差し、宝石などもあった。
「……これは……? ああ、わかったわ。武器が尽きたらこれで吸血鬼を封じるのね」
それらをまとめて籠に放り込み背負う。厨房へ走って赤ワインと水、塩も掴んで籠に放り込む。
「まっててね、すぐに助けるから……」
エラが手にしたのはフリントロック銃。銀の弾丸をこめて令嬢の血を吸っているヴァンパイアを狙う。
「どこを狙えばいいのかわからないけれど……いっけぇ!」
躊躇いなく発射された弾丸は、一心不乱にレディの血を飲むヴァンパイアの肩にヒットした。呻いて転がったヴァンパイアは、怨嗟の声を残してかき消える。
どうやら弾丸が当たればヴァンパイアは消えるらしい。
エラのかわりに、黒尽くめの紳士が令嬢に駆け寄った。力なく首を横に振る。
ヴァンパイアに噛まれた令嬢たちはそのほとんどが事切れている。
「どうして……噛みつかれただけで死んでしまうの?」
「ああ。一気に血を抜かれたショックか、襲われたショックか……どちらかで、大抵の人間は命を落とす」
エラの胸が怒りと悲しみでいっぱいになる。大切な人を喪う痛みは、エラもよく知っている。
「何の罪もない彼女たちがなぜ……」
すまない、と、黒尽くめの紳士が言う。
「あなたの……せいなの?」
「あ?」
「この……大惨事はあなたのせいなのか、って聞いてるのよ! なんで、こんなところに……」
重ねて問おうとしたが、それよりもヴァンパイア退治が先である。エラを敵とみなしたヴァンパイアがじりじり近寄ってくる。
掴みかかってくるヴァンパイアの腹部に、弾丸をお見舞いする。
たいそうな腕前だ、と、黒尽くめの男が感嘆する。
「それ以上……近寄ると許さない! あんたはさっき、プリシラ嬢を噛み殺した! そっちのあんたはティア嬢を……許さないんだから!」
迷うことなく、次々と撃っていく。撃たれたヴァンパイアは断末魔を残して消えていく。
ヴァンパイアが消えていくごとにエラは冷静になり、ヴァンパイアは激高する。
「絶対に許さない、さぁ、次は……!」
室内が、ピンと張り詰めた。
今宵はもうさすがに出番はないだろう……ヘロヘロのぼろぼろになったエラは、屋敷の裏にある薪小屋へと逃げ込んでいた。
ここは、エラが思う存分鍛錬――ではなく息抜きが出来る場所である。ほぼ無意識に斧を手に取り、ドレスの腕をまくりあげる。
「せぇやっ!」
手ごろな大きさの丸太を燃やしやすいサイズへと割っていく。すこん! と割れた時の心地よさと言ったら最高である。
勢いよく割りすぎて遠くへ飛んでいった薪は、森の動物たちが集めてくれる。
「あら、ありがとう。重たかったでしょう?」
三匹がかりでリスが運んで来たり、鹿の背に薪をのせてそれを子猿が抑えていたり。頑張れ、と励ますように歌うのは鳥の一家だ。
「ルールル、ルルルルールル……ラシドレドシラソードーシーラシドー……」
高らかにエラも歌えば動物たちが喜んでくれる。
ここで薪割をしながら歌い踊り、時には木に登って猿たちと一緒に寛ぐ。そのおかげで一般的な令嬢の枠からはみ出た筋力と体力がついている。
「はぁ、そろそろ会場に戻らないといけないわね」
今度は一体どんな用事を言いつけられるのだろうか。エラにも、できることとできないことがあるのだが、継母はお構いなしに次々と命じてくる。
「わたくしはどうしてあの家に、残っているのかしらね……」
家から出てしまえばいい。だが、後ろ盾も身寄りもない女の子が一人でどうやって生きていけるというのだろうか。
「家事ならいくらでもできるんだけど……世間一般のお仕事がどういうものなのか、わからないのよね……情けないわ」
流石に足が重くなるエラを囲んで、動物たちが慰めてくれる。
「みんな、優しいわね。ありがとう。頑張ってくるわね!」
そのころ、ダンスホールは大混乱に陥っていた。人々の悲鳴と走り回る音がしはじめたのだ。
ただならぬ気配に、エラはスカートをたくし上げて猛然と走った。ブーツもタイツも丸見えだが、この際、構ってはいられない。
「おかあさま、おねえさま!」
エラが飛びこんだダンスホールは泣き叫ぶ人と、倒れている人がいた。そして、若いレディたちが床に押し倒され、そこに圧し掛かる黒い服の男たちがいる。
「え……? なに、これ……」
圧し掛かる男たちは――人の形をしているが人ではない。肌と髪の色は透き通るように白く耳が尖っている。目は深紅に光り口元には牙がのぞく。牙が赤く染まっているのは吸血行為が行われたからだろう。ぐったりした令嬢の細い首筋には噛み傷が残っている。
「えっ……ヴァンパイア……?」
物語の中で、あるいは、ウワサ好きな夫人たちの間でのみ語られていた存在。実在したのは遥か昔だと思っていた。
そしてその男たちを引きはがそうとする、黒い服の男。
「お前たち、人を襲ってはだめだ。彼女たちは何も知らない善良な人間だぞ、協定を破る気か!」
そう怒鳴る男性は庭からエラを見ていた男性だ。彼もまたヴァンパイアである。牙が覗く。
「すまないが、見境のなくなっているヴァンパイアを鎮めてくれないか。いや、退治してくれて構わない」
そんなもの知らない――と思ったのは一瞬の事、エラの脳みそは瞬く間に本の一説を弾きだした。
「銀の弾丸、呪文を刻んだ弾丸……わかったわ!」
地下の武器庫へと走る。そこには父が猟に使用していた銃や、フリントロック銃、弓矢といった武器がおいてある。その傍らには、なぜか古びたカップとチョーク、瓶や水差し、宝石などもあった。
「……これは……? ああ、わかったわ。武器が尽きたらこれで吸血鬼を封じるのね」
それらをまとめて籠に放り込み背負う。厨房へ走って赤ワインと水、塩も掴んで籠に放り込む。
「まっててね、すぐに助けるから……」
エラが手にしたのはフリントロック銃。銀の弾丸をこめて令嬢の血を吸っているヴァンパイアを狙う。
「どこを狙えばいいのかわからないけれど……いっけぇ!」
躊躇いなく発射された弾丸は、一心不乱にレディの血を飲むヴァンパイアの肩にヒットした。呻いて転がったヴァンパイアは、怨嗟の声を残してかき消える。
どうやら弾丸が当たればヴァンパイアは消えるらしい。
エラのかわりに、黒尽くめの紳士が令嬢に駆け寄った。力なく首を横に振る。
ヴァンパイアに噛まれた令嬢たちはそのほとんどが事切れている。
「どうして……噛みつかれただけで死んでしまうの?」
「ああ。一気に血を抜かれたショックか、襲われたショックか……どちらかで、大抵の人間は命を落とす」
エラの胸が怒りと悲しみでいっぱいになる。大切な人を喪う痛みは、エラもよく知っている。
「何の罪もない彼女たちがなぜ……」
すまない、と、黒尽くめの紳士が言う。
「あなたの……せいなの?」
「あ?」
「この……大惨事はあなたのせいなのか、って聞いてるのよ! なんで、こんなところに……」
重ねて問おうとしたが、それよりもヴァンパイア退治が先である。エラを敵とみなしたヴァンパイアがじりじり近寄ってくる。
掴みかかってくるヴァンパイアの腹部に、弾丸をお見舞いする。
たいそうな腕前だ、と、黒尽くめの男が感嘆する。
「それ以上……近寄ると許さない! あんたはさっき、プリシラ嬢を噛み殺した! そっちのあんたはティア嬢を……許さないんだから!」
迷うことなく、次々と撃っていく。撃たれたヴァンパイアは断末魔を残して消えていく。
ヴァンパイアが消えていくごとにエラは冷静になり、ヴァンパイアは激高する。
「絶対に許さない、さぁ、次は……!」
室内が、ピンと張り詰めた。
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