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シーヴァニャ村にて

彼女の力の使い方

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 その後もエラは大忙しだった。

 大広間に住み着いたゾンビは複数体、すぐに駆除できそうにない。しかし代わりとなる建物はない。なので「青空舞踏会」として野外で行うことにした。
 ゾンビ……のこともあるが、密閉した会場に密になると人間の処女の匂いが充満し、若いヴァンパイアたちの衝動が抑えられなくなる恐れがあった。それを回避するための苦肉の策が、野外での舞踏会となった。

 しかし流石に、芝生でダンスは踊りにくい。踵は引っかかるしドレスも乱れる。どうしたらいいものかなと頭を抱える夫妻を尻目に、エラは裏山から岩をどん! と運んできて、敷き詰めた。
「エラちゃん!? 岩をどうするんだい?」
「磨きます」
「え!?」
「床は磨いてピカピカにするものです。そうでしょう?」
 エラはバケツと雑巾を手にして磨く気満々である。
「さぁ……皆でピカピカに磨くのです!」
 ブラウスの袖を捲るエラである。だが、伯爵家の広間に床として存在している場所を磨くのと、岩山から切り出してきたばかりの岩を磨くのとでは話が違う。流石に困った顔になって夫妻を見る。
「あーエラちゃん……その、なんだ、研磨しないといけないと思うんだが……」
「あ、そうよね……! ん、閃いたわ、まずは板にしなくちゃいけないのよ!」

 どうやって、という疑問は声に出す間もなかった。夫妻はもう互いの手を握り合って乾いた笑いを浮かべるしかない。
 目の前の可憐な乙女は、ヴァンパイアの始祖の血を引いていて、普通のヴァンパイアたちには使えない不思議な能力があるのだとわかっていても、彼女の白魚のような指がさっと動くだけで岩がスライスされて板状になりぴしっと野原に並ぶのは異常なことに思えた。
「さ、磨きましょう!」
 エラは水が湛えられたバケツと雑巾で床磨きをはじめた。黙々と、慣れた手つきである。伯爵令嬢にはありえないことである。
「彼女は……生家でたくさん床磨きをしてきたのね……」
 彼女の苦労を思い、思わず涙を浮かべる夫人であった。

 だが、いくら床磨きのプロであるとしても、エラ一人で床磨きをするのは限界がある。
「間に合わないわっ……」
 少し考えたエラは、きぃぃ……ん! と始祖の力を使った。
「……ねぇ、あなた。普通はあの力でヴァンパイアたちを動員すると思うのね……」
「……念のためきくが……エラちゃんは何をしたんだい?」
「自身の能力強化よ……体力と筋力強化したから床磨きの速度があり得ないことに……」

 こうしてエラは、忽ち即席のダンスホールを作り上げてしまった。

「力の使い方を、頭領に習った方が良さそうよ……」
「お前、この村の純人間たちが不審に思うような事件が起こる前に、領主さまに手紙で知らせて差し上げたほうがいいと思うんだが……」
「そうよね……そうしましょう」

 夫妻の憂いをよそに、夜会は難なく開始した。
 エラは、綺麗にドレスアップして会場で微笑む。
「レディ……お美しい……」
 あまりの美しさに、ぽかんと見惚れる男が続出し、連れの令嬢が怒ったり臍を曲げたり。それを取りなすのはオリビア夫妻の役割である。
 その傍ら、エラとレディ・ディアナ、レディ・シャイリーンはダンスの会場をさりげなく巡回していた。
「エラさま、軽食がなくなっていますわ。急いでおかわりを!」
 と、ディアナが走って告げにきた。ピンクのドレスがよく似合うブロンドの美しい令嬢である。
「はい、厨房に頼んできます」
 一部のヴァンパイアは、お腹が空くとレディの血が欲しくなるそうである。ゆえに軽食は欠かせない。エラは厨房に駆け込み、おかわりをオーダーする。
 と、今度はシャイリーンが慌てた声で走ってきた。こちらは、緑のタイトなドレスが似合う黒髪美人である。
「きゃー! エラさま、処女の血に酔ったバカが出ましたわ! 2階のテラスです」
「すぐ行きます!」
 果たしてテラスでは、文字通り牙を剥いた男が、栗色の髪の令嬢を暗がりに引き摺り込み彼女を濃密なキスでうっとりさせ、細い首筋に舌を這わせていた。令嬢は全く気付いていない。男に腰を抱かれてうっとりしている。
 エラは黙って始祖の力を発動した。
「ぎえぇ……」
 男が奇妙な声をあげたため、令嬢がきょとんとした。緑の目がキレイな、あどけない令嬢である。
「……こら、レディを暗がりに引き摺り込み不埒な真似をするとは何事ですか!」
 意識がどこかはっきりしていない令嬢をペリッと引き離す。
「あん……あなた、何するの……」
 令嬢が男に抱きつき、男がだらしない顔をしてその首に牙を立てようとする。
「いけません!」
 ぴしゃん! と、エラが男に電流を流した。
「し、始祖……」
「え、シソ?」
 令嬢が首をかしげた。エラがすかさず、
「この男、紫蘇ジュースが欲しいみたい。悪いんだけどそこの給仕に紫蘇ジュース頼んでくれるかしら?」
 はい、と、令嬢は素直に頷いた。
 令嬢がその場を離れると同時に、エラの怒りが破裂した。
「お前はーっ! 人間の令嬢を噛もうとするとは何事ですか!」
 すみません、といいながらその男の目線はエラの大きく開いた胸元へと吸い寄せられている。
「げへへ、柔らかそうですね、始祖」
「は!?」
「この立派な乳、誰に揉ませるんです? やっぱり頭領かな? というか、レディ……処女ですね? 甘い匂いがする……」

 紫蘇ジュースが到着したとき、その男は白目を剥いて伸びていたとか……。
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