その伯爵令嬢(ヴァンパイアの始祖の血を引いているので)万能につき

鋼雅 暁

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気を取り直して(大人しく)便利屋さん

リリィの依頼

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 リリィはピンクの頬でエラを見た。明るい赤色の瞳が心なしか潤んでいる。
「あの……」
 何か言いかけてはやめるリリィに、根気よく付き合うエラ。ついに拳を握ってリリィが告げた。
「あのっ……エラさま」
「はい、なんでしょう」
「わたしに、お手紙の書き方を教えてください!」
「書き方? リリィ、文字の読み書きできるでしょ?」
「はい。ですが、お手紙の定型文や言い回しを知りません。貴族の皆様がやりとりしている際のマナーも知らないのです。お手紙のやりとりができれば、彼が領地に戻っている間も寂しくないでしょう?」
 なるほど、と、エラは小さくつぶやいた。深いルビー色の瞳がキラキラと輝く。 

 ということは、リリィが恋する相手は貴族の男ねーーと、胸の中でつぶやく。

「ねぇ、リリィ。身分違いの恋、といったわね。よかったら少し、聞かせてくれる?」
「あ、はい……彼は伯爵家の三男さまなのです」
「え……この来客名簿の男どもは……どれもこれも……」
 あ、と、エラの目が一か所でとまった。
「シャペロン? この、レディの付添人が……伯爵家の三男ね?」
「はい。彼はこちらに名前のある……オリーヴ嬢が社交界デビューするときからずっと付き添って、貴族の難しそうなマナーや悪い男の見破り方を教えたり、貴族の子弟淑女を適切に紹介したりーーお世話してるんです」
 通常、レディの夜遊びに付き添い、間違いが起こらないかを監督するのはレディの母や既婚女性である。だが、近年、家柄も人柄も見込まれた一部の紳士たちがその役割を頼まれることもある。
 その多くは爵位や相続権を持たない次男三男以下であり、嫡男と結婚することを第一の目標にしているレディたちと彼らの間で間違いが起こることはまずなかった。

 しかし恋愛が起こらないのは、相手が貴族の令嬢であれば……である。

 王国内を転々とし流浪の民と化しているリリィは、貴族の嫡男を狙う必要は無い。次男でも三男でも気にすることなく好きになって構わないのだ。ただ、相手はどうだろうか。次男三男は、お金のある令嬢と結婚したがる傾向にある。

「この……伯爵家の三男があなたの恋人なのね?」
 恋人ではありません、と、リリィが慌てて首を横に振った。
「ステキな方なのです。優しくて、明るくて。太陽のような人なのですよ。会ったら必ずデートに誘ってくれて楽しませてくれて、そして、夜は時間が許す限りベッドを共にします。……でも、わたしから好きだと告げたことはないのです」
 目と口を丸くしたエラに、リリィは儚げに微笑む。
「彼はわたしのことを真剣に考えてくれています。でも……身分が違いすぎます。わたしにしかるべき身分はありません。彼はいずれ、ちゃんとした家柄の令嬢と結婚するでしょう。恋人なら別れるのも煩わしいですけれど……遊びの女なら、わたしも彼もサヨナラが楽かと……」
 そんな! と、エラは思わずリリィを抱きしめた。
「ばか…… そんなの、良いわけないでしょう!」
 エラは、思わずリリィを抱きしめた。リリィの華奢で軽い身体が小さく震えている。
「エラさま……仕方ないのです。身分は越えられません」
「それでも、あなたが辛いだけじゃない!」
「いいんです。会えるだけで幸せです。彼が幸せになってくれたら、それでいい。それも……滅多に会えないけれど……会えた時は、言葉に出さないけど彼を目一杯愛します」 
 切ない。エラの方が、泣けてしまった。
「それで、いいの? ホントに? ……だめよやっぱりそれじゃ彼はひどい男だわ」
 地面に蹲り、目をぎゅっと閉じるエラの横に、リリィも座る。静かに、空気に己を馴染ませるように。

 これがエラなら、身分など糞食らえとばかりに、家族や知り合いの貴族たちを巻き込んで大騒ぎしているだろう。
 自分と結婚しろ! とぐいぐい迫るぐらいはやるだろうし、結婚してくれないような男だったなら、屋敷が文字通り粉々になり、当事者はお城か教会の屋根のてっぺんにくくりつけられ、トドメに王都中に有る事無い事噂が流れることになる。
 リリィはきっとそんなことは何一つやらないのだろう。
 静かに彼の幸せを祈るのだ、きっと。

「リリィ……あなた強いわね」
 そうですか? と首を傾げるリリィの赤い目には、強い光が浮かんでいる。
 もしかしたら、リリィには終わりが既にみえている恋なのかもしれない。
 極めて短い期間に、激しく燃えるような恋なのかもしれない。
「恋のパターンも、人それぞれ、ね……」
「はい?」
「……わかったわ。手紙の書き方を教えてほしい、というご依頼、たしかに承りました」
 エラは、エプロンについている大きなポケットから、帳面と羽根ペンを取り出した。
 仕事の依頼を書き留めているリストだ。人間たちが見ると真っ白のページだが、ヴァンパイアたちが見ると、ページの真ん中あたりまで依頼が入っているのがわかる。
「リリィ、お名前と依頼内容と、サイン書いてくれる?」
「はい」
 ぎこちないながらも、リリィが立派にデザインされたサインを書く。
 と、エラの首が僅かに傾げられた。
「リリィ、このサイン…すごく素敵ね」
「ありがとうございます! これ、彼が考えてくれたのです」

 リリィに苗字はない。
 だがーーそのサインには苗字がある。おそらく、シャペロンの彼の苗字。
 それはつまり、いつかリリィに自分の苗字を名乗らせたいという彼の意思だろう。
 ただ、残念なことにリリィはそこに気付いていない。

ーーリリィ! あなた、すごく愛されてるじゃない!!

 そう叫びたいのをグッと堪えて、エラはペンと帳面をポケットにしまった。

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