Alice from Hell

藻上 狛

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白ウサギと大蛇

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白ウサギが跳ねていくのを見送って、黒いネズミは首を傾げた。
アリスに殺されるって言ったか?
アリスと言えば、夢の世界で不思議な冒険をする少女だった筈だ。
白ウサギがアリスに殺される場面なんてあったっけ?


ズズズズズ


夢だからなぁ、と毛深い腕を組んでまた首を傾げていると、今度は地面が揺れてネズミの体が小刻みに震える。
さっきから滅茶苦茶だ。地震でも起きて大地が割れて世界でも壊れるんだろうか。
流石に身構えて小さい体で石の裏に隠れて様子を伺う。
すると森の奥の木々が薙ぎ倒されていくのが視界に入った。
その合間からぬるりと鎌首をもたげて姿を表したのは巨大な蛇だった。
今のネズミの姿が30匹ほど縦に並んだ辺りの高さまで頭を浮かせてずりずりと這いずって前進してくる。
ごくりと息を呑んで石の影に伏せていると、するすると胴体で滑って白ウサギが逃げた方へ向かっていった。

石の影から顔を覗かせる。蛇は長い胴体を残しながら頭の方はもう見えなくなっている。
ネズミの頬をネズミの指でつねってみる。痛みを感じても相変わらずおかしな森の中で、自分はネズミの姿だった。
目の前の太い胴体を見つめながら唾を飲み込んだ。

「……まさか、この蛇がアリス……?」
「クスクスクス」

笑い声にキョロキョロと辺りを見渡すとパンジーが花弁を葉で隠して揺れていた。手で口元を押さえて笑う女のような仕草だった。そういえばさっきも自分は笑われていた気がする。意思の疎通ができるのだろうか。
まじまじと見つめていると花の方から話しかけてきた。

「アリスが蛇な訳ないじゃない。お馬鹿なネズミさん」
「えっ。でもアリスに殺されるって言った白ウサギを追いかけていったし……まあ俺だってアリスが蛇ってのはおかしいと思うけど」
「あの蛇はアリスの騎士。白ウサギを追いかけているのはアリスの騎士だから」
「アリスの騎士ぃ?」

またよく分からない話だ。
そもそも大蛇がアリスに出てくるなんて聞いたことがない。おまけにアリスの騎士なんてどうなってるんだ。
あまり詳しくはないが、自分が知らないだけで実はそういうものが出てくるんだろうか?

「アリスは女王か何かなのか?」
「あらあら何てことを」
「首を刎ねられてもおかしくないわ」
「アリスが女王な訳ないじゃない」

ざわざわとパンジー達が騒ぎ出す。飛び出した不穏な言葉に「待って。本当に何も分からないんだ。教えてくれよ」と縋るとパンジー達はクスクスと笑って囁いた。

「アリスには3人の騎士がついている。蛇の騎士はその1人」
「アリスは白ウサギを殺そうとしているわ」
「ハートの女王がアリスを殺したがっているの」
「白ウサギは女王様のお気に入り」
「ああ、可愛そうな白ウサギ」
「俺は夢から覚めたいだけなんだ。どうしたら良いと思う?」
「夢から覚めたいの?変なネズミ」
「夢なんて勝手に覚めたら良いのよ」
「誰かに起こしてもらうのよ。そうしないと目が覚めないわ」
「夢を覚ます方法は知らない。でも女王は夢を叶える方法があるって言っている」
「夢を叶えるって?」

夢の世界で「夢を覚ます」って夢を叶えれば目が覚めるのか?
なんだかややこしいな。
でも確かに女王の方は夢を覚ますためのキーパーソンと言えなくもない気がする。確か原作でもハートの女王による処刑の場面でアリスが目を覚ましていた筈だ。
処刑されるなんてのはごめんだが、女王に会うのは現状できる1つの手かもしれない。

「白ウサギを助けてやれば」
「女王に会えるわ」
「そうか。でも追いつけるかな」
「蛇の尾が残っているうちにしがみつくのよ」
「お馬鹿な黒いネズミ。早くしないと手遅れよ」

振り返るとずるずると尾の先が茂みの中に吸い込まれようとしている。
慌てて駆け出してしがみついた。

「パンジー達!ありがとう!」
「クスクス。本当に何も知らない。お馬鹿なネズミ」

パンジー達はまたクスクスと笑って囁き始めた。

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