「お前は悪魔だ」と言われて婚約破棄された令嬢は、本物の悪魔に攫われ嫁になる ～悪魔も存外悪くないようです～

2 追い出されて

　あたくしは彼――オーメン様のことを決して許しません。
　あんなにも毎日努力を重ね、彼だけのために生きてきたのに、裏切られたのです。それもありもしない罪まで着せられて。

　これがどうして許せるでしょう。あたくしはオーメン様のことをお慕いしておりました。しかし彼はあたくしではなくキャセルを選んだ。ならこれ以上あたくしが彼に固執する必要もないのです。

「あたくしが悪魔なのだというのなら……あなたのことを呪い殺してやります。あたくしを弄び、ゴミのように捨てたあなたのことを」

　けれどもあたくしは本物の悪魔ではないのです。ですから何をすることもできないのでした。
　悔しさと悲しさと怒りと。色々な感情がないまぜになった感情を抱きながら、あたくしは夜会からの帰りの馬車に乗り込みました。


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　この世界では悪魔というものが存在するとされています。
　悪魔は人間をたぶらかし、騙すのです。そしてそのうち数匹は過去の英雄によって打ち倒されたものの、その子孫や仲間が今もこの世に残っているのです。しかしその姿はここ数百年に渡って見知られておらず、悪魔を信じているのは今の時代は教会くらいなものでしょうか。
　しかしこの教会というものを侮っていたと後で後悔することになりました。

　婚約破棄されてひとまずは自宅謹慎となったあたくし。
　キャセルを虐げたとの噂は瞬く間に広がり、誰もがあたくしを悪魔と呼び、倦厭するようになりました。

　父はあたくしに厳しく、そして何よりも権力に固執している人間です。娘を守るために王家に逆らうなどという危険なことはせず、娘を『反省』させるという形で屋敷に閉じ込めました。
　これが不当な扱いであるとあたくしが何度訴えようと、聞いてはいただけません。それどころかあれ以来、食事も一緒に食べさせてはいただけなくなりました。

　父はあたくしを愛してなどいないのでしょう。いいえ、この世界できっとあたくしを愛してくださる方なんていないに違いないのです。
　あたくしに味方は誰一人としておりませんでした。

　そうしているうちに、教会がビルデー公爵家を訪れるようになりました。
　悪魔の存在を信じている教会は、「悪魔に裁きを」とあたくしを連行したいというのです。

　さすがにそれには父は応じませんでした。公爵家から悪魔が生まれたとなれば名誉に傷がつくからです。
　しかしあたくしは公爵家に災いをもたらす悪魔のようだと言って、追い出すことを決めてしまいました。この屋敷では父の意見が絶対、誰も逆らうことはできません。母はとっくの昔に亡くなってしまっていますから、あたくしはなすすべなく放り出されることになりました。

　――ああ、どうしてこんな思いをしなければならないのですか。

　神様に愚痴を言いたいような気分になりながら、あたくしはオーメン様の姿を思い出してはその体を八つ裂きにして気を紛らわせていました。
　あたくしがどれだけ呪ったところで、本当のところは何の意味もありません。何の力も持たぬ娘がどれだけ恨みを募らせたとしても何が起こるわけでもないのですから。

　あたくしに何か強い力があれば良かった。しかしそんなものにはどこにもありません。
　馬車に乗せられ廃墟へ連れて来られたあたくしは、置き去りにされてしまいました。こんな仕打ちあんまりだと叫んだって誰も来てくれやしません。

　キャセル――巷では聖女などと呼ばれているそうです――を貶めた悪魔は滅びなければならない。あたくしはその筋書き通りに動かされ、死ぬしかないのでしょうか。
　ああ、あの子に少しでも優しくしたあたくしが馬鹿だった。あの子の本性に気付けていたらあたくしは躊躇いなく彼女を追放したでしょうに。

　オーメン王子からの贈り物は確かに壊されていました。……でもそれをやったのはキャセルです。
　確かにあたくしと彼女の功績は取り替えられていました。……しかしそれは全くの逆で、あたくしの業績を盗んだのがキャセルなのです。
　王子と彼女の『真実の愛』とやらを邪魔したのもあたくしではありません。そもそも横から泥棒猫のように盗る行為のどこが『真実の愛』と呼べましょうか？

　ああ、もう何もかもが嫌になってしまいました。
　死んで本当の悪魔にでもなった方がいいかも知れません。もうこれ以上生きていても何の希望もありはしませんから…………。

　そう思いながら、死に場所を求めてあたくしが廃墟からよろよろと歩き出そうとした、その時でした。


「――やっと見つけた。お嬢さん、ボクと一緒に来てくれないかい」


　突然、何の前触れもなく目の前に出現した人影に声をかけられたのは。