「お前は悪魔だ」と言われて婚約破棄された令嬢は、本物の悪魔に攫われ嫁になる ～悪魔も存外悪くないようです～

4 攫われた少女は愛を囁かれる

「ボクはキミを迎えに来たんだ」

　案の定告げられた言葉に、あたくしはたまらず震え上がりました。
　神様はどこまであたくしを恨んでおられるのでしょう。神に恨み言を言いたい気持ちになりながら、あたくしはオグルに恐る恐る訊いてみました。

「迎えに……？　ひょっとして、冥界にでも連れて行く気ですか？」

　もしも冥界に引き摺り込む気なのなら嫌です。
　あたくしは悪魔と罵られこのような身の上になってしまいました。しかしまだ生きたい。生きたいのです。

　不安で思わず声を震わせるあたくしに、彼は「まさか」と笑い、

「キミをボクの花嫁にしたいんだ。だからボクの居城までついて来てもらおうと思ってね。……まあ嫌だと言っても、聞いてあげないけどね？」

　……などと、予想外でありながら全く意味不明な言葉を口にしたのです。

　そしてあたくしは気づきました。
　言葉の途中、いつの間にかあたくしの足が地面から浮いていることに。

　なんとあたくしは今、悪魔オグルに、両腕で抱き上げられていました。

「ひっ、ひぃ！？」

　変な悲鳴を上げてしまったあたくし。
　でも……普通そうでしょう？　いくら存在を信じていなかったとはいえ、悪魔といえば諸悪の象徴です。
　そんなのに抱き上げられて恐ろしくない人間がいるでしょうか。少なくとも、将来王妃になる者として育て上げられてきたあたくしですら怯むくらいの恐怖であることには間違いありません。

　しかしなぜか悪魔の体は暖かく、恐怖の感情とは裏腹にとても心地よく感じられてしまいました。

「さあ行こう、ボクの愛しの花嫁」

　そのまま目の前に真っ黒な墨のような霧が溢れ出し、あたくしの視界は暗黒に染まって行ったのでした……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


　目を覚ますと、そこは濃い赤のカーテンに囲まれたベッドの上でした。
　こんな物は見たことがない……と少々戸惑っていると、ふと今までのことを思い出しました。

　オーメン様に罵られ、婚約破棄されたこと。
　悪魔と呼ばれて父にも裏切られた挙句に追放されたこと。
　そして異形の男――悪魔オグルに出会ったことまで。

　ということは、ここはオグルの言っていた居城に違いありません。
　冥界なのか何なのかはよくわかりませんが、とにかくここからは脱出しなければ。そう考えて布団を剥いだその時でした。

「おはよう、ボクの愛しい人」

　耳元でそんな声が聞こえ、振り返ると、そこにはオグルが立っていたのです。　
　あれは夢じゃなかったんだと思うと共に、この状況がどれほどまずいかに思い至ります。彼は寝ている間中ずっとあたくしを監視していたのです。逃げるなど到底できるはずもないくらい、見張っていたのでしょう。
　あたくしは恐ろしくなってしまいました。それに……。

「愛しの人ってどういう意味です？」

「そのままだよ。言ったろう？　ボクはね、キミを花嫁にするためにここへ連れて来たんだ」

　――悪魔の花嫁。
　その単語がふと浮かび、あたくしは戦慄します。
　かつてこの国の王女だった人物が悪魔に騙され攫われて、娶られたのだという伝説がありました。「そんなことあるはずがない」と今までは思っていたのですが、今の状況はどうやらそれにそっくりなのです。
　ということはあたくしも悪魔に娶られてしまうのでしょうか……？

「悪魔との結婚なんてお断りです。あたくしは、あたくしの力で生きていきます。例え途中で倒れたとしても……。悪魔などに身を捧げる気はありません。どうぞ、諦めてください」

　あたくしはそっけなく、なるべくそっけなくこう返しました。
　しかしオグルはといえばニヤニヤ笑いを崩さないままで、

「これはもう定められたことなんだ。何年も前からね。定めには抗えないさ、そうだろうビリィ？」

「どうしてその名前を」

「キミがボクの運命の人だからだよ」

　……あたくしは悟りました。この悪魔にはどうやっても非力なあたくしでは抗うことができない、と。
　悪魔の居城に攫われたあたくしはそれから何日も何日もオグルと過ごし、朝から晩までずっと彼に愛を囁かれ続けるようになりました。


「ボクにはキミしかいない。キミだけしか見えていないんだ」
「いつもキミの唇を奪いたくてたまらない」
「ビリィと呼んでもいいかい？」
「ああ、愛しているよ」


　その言葉たちは、今までどれだけ尽くしても想っても一度も愛されなかったあたくしにとって、とてもとても嬉しいもので。
　悪魔の甘言も悪くないなと、そう思うようになっていったのです。