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第四十八話 実は……
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「君が僕に素性を隠していたように、僕も君に何も明かしてこなかった。
僕と君はずっと一緒にいながら、今日の今日まで互いのことを知らなすぎたんだ。だから……勘違いが生まれてしまった。最初に僕の方から話してしまえば良かったんだ。ごめんね、僕は昔からずっと意気地無しでね。
グレーがもし、僕を強く優しい勇敢な男と思っているなら大間違いだ。僕は力が弱く何も守れず逃げ出してしまうような、あのアホ王子と大差のない弱虫なんだから」
セイドが弱々しい笑みで言った言葉に、グレースは驚きを隠せなかった。
自分は今さっき、彼に大好きだと伝えた。なのにどうして、彼から自嘲の言葉が出てくるのだろう。
拒絶される可能性は考えていた。でも、『互いを知らなすぎた』という言葉で、誤解していたと言われ、誤られても一体どう言っていいのかわからないのだ。
「どうして急にそんなことを……? セイド様はとってもお強い方ではありませんか。現に何度も……その、ワタクシを助けてくださいましたでしょう?」
思い出すのは最初に出会った時のこと。
毒の霧を吐き出す竜に襲われ、絶体絶命のところを助けられたのが始まり。
それから彼はグレースにどれだけの力を与えてくれたことだろう。
なのに彼はなおもゆるゆると首を振った。
「僕は君を助けたんじゃない。襲われている君を見て咄嗟に庇ったのは本当だけど、君を連れ帰ったのは利用できると思ったからだよ。善意からじゃなかった」
「利用……?」
「汚いことをさせるつもりはなかったさ。でも、資金の援助をしてもらおうと思ってね。僕はあの時、金なしだったから」
――思わず息を呑んだ。
いつも紳士服を着て、上品そうな笑みを浮かべていたセイドが金なし?
金なしというのはすなわち貧民であり乞食の仲間だとグレースは認識している。まさかセイドが貧民だなんて微塵も思わなかったし、彼の口から聞いたところで信じられなかった。
「そんな、でも」
「本当なんだ。君が冒険者だと知って、仲間になったのも同じ。……そうだ、今朝君も話してくれたんだ、僕も昔話をしてもいいかい?」
にこやかに問いかけられ、グレースは押し黙った。
昔話。つまりは過去。
それを聞かされるのか。戸惑ったが、しかしセイドが急に自嘲し始めた理由はそこにあるに違いない。確かにグレースはセイドの過去について何も知らなかった。
「……お願いいたします」
頷くと、彼は静かに語り始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まず大前提として、セイドというのは本名じゃない。
セイドリック・オンダルン。それが僕の名前だった。
……そうだよね。信じてもらえないとは思う。だって君にとってはただの冒険者仲間でしかない僕が、隣国の皇子を突然名乗ったわけだからね。
祖国オンダルン皇国の第一子であった僕は、もちろん皇太子になるはずだった。
自分で言うのもなんだが女性に好かれる自信はある。そのせいでたくさんの女性たちを虜にしてしまい、婚約の要請が後を絶えなかった。
その中で激しい競争をして勝ち抜いたのが、僕の婚約者なる女性――ミアだ。
ふふっ。実はね、僕はミアとこのボークス王国へやって来たことがあるんだよ。
その時の夜会で僕らは出会っていたんだ。君はあのアホ王太子の横にいて、まるで花のように笑っていて……素敵だった。とっても、素敵だったよ。
話を戻そう。
ミアはあまり綺麗な人ではなかった。
見目はいいんだ。すごくね。でも、心がダメだった。
すぐヒステリックに怒る、泣き喚く。でも父上も母上も皇后になるなら彼女しかないと言うし、確かに彼女は頭がよかったんだ。
でも隣にいても何も楽しくない。それどころかストレスで仕方なくて、でも結婚が迫っていたある日のこと。
……僕はなんとなく思いついて、こっそり城を抜け出してみた。
その時は散歩のつもりだった。すぐに帰ろうと思ったが、どうしても足がそちらに向かなくて。
気づけばさらに遠くの街まで行ってしまっていた。
僕は認めたくなかったよ。自分が逃げたんだということに。
皇太子になるということは僕にとって重荷だった。ミアといるのが苦痛だった。だから、僕は逃げた。
そうしてフラフラとボークス王国に来て、一文無しのままで漂って、やがて冒険者ギルドへ辿り着いた。
僕は剣を振ることしかできない。だから戦士としてやって行くことになったよ。
最初は僕にも仲間がいたんだ。でも彼らとはうまくいかず一方的に追い出されてしまった。情けないことに、やり返す気力すら怒らなかったよ。
そんな時に君が――グレーと出会って、僕は、君を利用しようと考えた。
君から援助を受ければもう少しは生き延びられる。別に生きていく理由も、冒険者としてやりたい仕事も何もなかった。行動を起こすことがだるくて、なのに死ぬのも嫌だった。
クズだった。僕は正直クズだったよ。
でもその僕の手を取ってくれた君には本当に感謝しているんだ。まさかあのアホ王太子の婚約者だった彼女だなんて……昨日までは想像もしなかったけどね。
今朝の君の覚悟する姿を、そしてどんな断罪や悪意にも屈しない凛々しい姿を見て、僕は思った。
……僕と君じゃ、格が違う。僕は君のような覚悟を持たない弱虫でしかないってことにね。
だから君の気持ちは嬉しいけど、僕にはそれに応える資格がない。
勝手なことばかり言ってごめん。
きっと、今の君なら僕以外の相手とだってパーティーが組める。これからも冒険者としてやって行きたいなら、そうするといい。
君には幸せになってほしいんだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼の長い話を聞き終えて、グレースは深く息を吐きながら目を閉じる。
「わかりました」
確かに変だとは思っていたのだ。
商家の者にしたって、こんなに気品のある人間がいるはずがない。それに冒険者などになるのはおかしい話なのである。
言われてみれば、セイドには薄ぼんやりと見覚えがあるような気がした。セイドリック皇子とは二度か三度ほど社交の場で顔を合わせており、きっとその際に見たのだろう。
全てが腑に落ちた。
そして彼女は空色の瞳を再びセイドへ向け、静かに微笑んだ。
「信じられないようなお話ですけれど、ワタクシはセイド様のお言葉を嘘とは思いません。その上で、申します。……ワタクシはあなたをお慕いして――いいえ、愛しています。例えあなたが何者であろうとも、この気持ちは変わりません」
僕と君はずっと一緒にいながら、今日の今日まで互いのことを知らなすぎたんだ。だから……勘違いが生まれてしまった。最初に僕の方から話してしまえば良かったんだ。ごめんね、僕は昔からずっと意気地無しでね。
グレーがもし、僕を強く優しい勇敢な男と思っているなら大間違いだ。僕は力が弱く何も守れず逃げ出してしまうような、あのアホ王子と大差のない弱虫なんだから」
セイドが弱々しい笑みで言った言葉に、グレースは驚きを隠せなかった。
自分は今さっき、彼に大好きだと伝えた。なのにどうして、彼から自嘲の言葉が出てくるのだろう。
拒絶される可能性は考えていた。でも、『互いを知らなすぎた』という言葉で、誤解していたと言われ、誤られても一体どう言っていいのかわからないのだ。
「どうして急にそんなことを……? セイド様はとってもお強い方ではありませんか。現に何度も……その、ワタクシを助けてくださいましたでしょう?」
思い出すのは最初に出会った時のこと。
毒の霧を吐き出す竜に襲われ、絶体絶命のところを助けられたのが始まり。
それから彼はグレースにどれだけの力を与えてくれたことだろう。
なのに彼はなおもゆるゆると首を振った。
「僕は君を助けたんじゃない。襲われている君を見て咄嗟に庇ったのは本当だけど、君を連れ帰ったのは利用できると思ったからだよ。善意からじゃなかった」
「利用……?」
「汚いことをさせるつもりはなかったさ。でも、資金の援助をしてもらおうと思ってね。僕はあの時、金なしだったから」
――思わず息を呑んだ。
いつも紳士服を着て、上品そうな笑みを浮かべていたセイドが金なし?
金なしというのはすなわち貧民であり乞食の仲間だとグレースは認識している。まさかセイドが貧民だなんて微塵も思わなかったし、彼の口から聞いたところで信じられなかった。
「そんな、でも」
「本当なんだ。君が冒険者だと知って、仲間になったのも同じ。……そうだ、今朝君も話してくれたんだ、僕も昔話をしてもいいかい?」
にこやかに問いかけられ、グレースは押し黙った。
昔話。つまりは過去。
それを聞かされるのか。戸惑ったが、しかしセイドが急に自嘲し始めた理由はそこにあるに違いない。確かにグレースはセイドの過去について何も知らなかった。
「……お願いいたします」
頷くと、彼は静かに語り始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まず大前提として、セイドというのは本名じゃない。
セイドリック・オンダルン。それが僕の名前だった。
……そうだよね。信じてもらえないとは思う。だって君にとってはただの冒険者仲間でしかない僕が、隣国の皇子を突然名乗ったわけだからね。
祖国オンダルン皇国の第一子であった僕は、もちろん皇太子になるはずだった。
自分で言うのもなんだが女性に好かれる自信はある。そのせいでたくさんの女性たちを虜にしてしまい、婚約の要請が後を絶えなかった。
その中で激しい競争をして勝ち抜いたのが、僕の婚約者なる女性――ミアだ。
ふふっ。実はね、僕はミアとこのボークス王国へやって来たことがあるんだよ。
その時の夜会で僕らは出会っていたんだ。君はあのアホ王太子の横にいて、まるで花のように笑っていて……素敵だった。とっても、素敵だったよ。
話を戻そう。
ミアはあまり綺麗な人ではなかった。
見目はいいんだ。すごくね。でも、心がダメだった。
すぐヒステリックに怒る、泣き喚く。でも父上も母上も皇后になるなら彼女しかないと言うし、確かに彼女は頭がよかったんだ。
でも隣にいても何も楽しくない。それどころかストレスで仕方なくて、でも結婚が迫っていたある日のこと。
……僕はなんとなく思いついて、こっそり城を抜け出してみた。
その時は散歩のつもりだった。すぐに帰ろうと思ったが、どうしても足がそちらに向かなくて。
気づけばさらに遠くの街まで行ってしまっていた。
僕は認めたくなかったよ。自分が逃げたんだということに。
皇太子になるということは僕にとって重荷だった。ミアといるのが苦痛だった。だから、僕は逃げた。
そうしてフラフラとボークス王国に来て、一文無しのままで漂って、やがて冒険者ギルドへ辿り着いた。
僕は剣を振ることしかできない。だから戦士としてやって行くことになったよ。
最初は僕にも仲間がいたんだ。でも彼らとはうまくいかず一方的に追い出されてしまった。情けないことに、やり返す気力すら怒らなかったよ。
そんな時に君が――グレーと出会って、僕は、君を利用しようと考えた。
君から援助を受ければもう少しは生き延びられる。別に生きていく理由も、冒険者としてやりたい仕事も何もなかった。行動を起こすことがだるくて、なのに死ぬのも嫌だった。
クズだった。僕は正直クズだったよ。
でもその僕の手を取ってくれた君には本当に感謝しているんだ。まさかあのアホ王太子の婚約者だった彼女だなんて……昨日までは想像もしなかったけどね。
今朝の君の覚悟する姿を、そしてどんな断罪や悪意にも屈しない凛々しい姿を見て、僕は思った。
……僕と君じゃ、格が違う。僕は君のような覚悟を持たない弱虫でしかないってことにね。
だから君の気持ちは嬉しいけど、僕にはそれに応える資格がない。
勝手なことばかり言ってごめん。
きっと、今の君なら僕以外の相手とだってパーティーが組める。これからも冒険者としてやって行きたいなら、そうするといい。
君には幸せになってほしいんだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼の長い話を聞き終えて、グレースは深く息を吐きながら目を閉じる。
「わかりました」
確かに変だとは思っていたのだ。
商家の者にしたって、こんなに気品のある人間がいるはずがない。それに冒険者などになるのはおかしい話なのである。
言われてみれば、セイドには薄ぼんやりと見覚えがあるような気がした。セイドリック皇子とは二度か三度ほど社交の場で顔を合わせており、きっとその際に見たのだろう。
全てが腑に落ちた。
そして彼女は空色の瞳を再びセイドへ向け、静かに微笑んだ。
「信じられないようなお話ですけれど、ワタクシはセイド様のお言葉を嘘とは思いません。その上で、申します。……ワタクシはあなたをお慕いして――いいえ、愛しています。例えあなたが何者であろうとも、この気持ちは変わりません」
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