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第三話 皇帝陛下との初めての邂逅②

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 皇帝イーサン・ラドゥ・アーノルド陛下。
 この城の主たる彼と、まさかこんなところで、このような形で出会うことになろうとは思いもしなかった。

 ぷんと鼻をつくのは貧民街でよく嗅いだ匂い。匂いと言っても実際のそれではなく、野生の勘と言うべきものだ。
 皇帝陛下からは、かすかに人殺しの香りがした。

 ――怖っ。何これ、近くで見ると怖過ぎなんだけど!?

 さすが血まみれ皇帝と言われているだけはある。表情も相まって、せっかく整った顔立ちなのにこの世のものとは思えない恐ろしさに仕上がっている。
 もしミリアが純粋なる貴族のご令嬢であったなら、見つめられただけで気を失ってしまっていたに違いない。
 だが一応は貧民街の孤児、それもコソ泥として多くの修羅場を生き抜いてきた身。動揺は見せなかった。

 怖いのは怖いが。なんなら今すぐにでも殺されそうな気がするが。

「ごめんなさい、帝国の太陽たる皇帝陛下の眩さに気付けなかったことをお詫びいたしますわ。わたし、先日から侍女として勤めさせていただいている、ミリア・フォークロスと申します」

 ふわり、と軽く微笑んで見せる。
 人形のようだと称される磨き上げられた自分の美貌が皇帝陛下にもうまく効いてくれますように、とミリアは願った。
 恋に落とすまではいかなくてもいい。だからせめて、腰に差している禍々しい剣……護身用とはいえ、多くの人間の血を吸ってきたであろうそれを抜かれるのだけは避けたい。

 淑女の礼カーテシーをするのに見せかけてドレスの裾をたくし上げ、すぐにでも走り出せるよう準備を整える。やたらとヒールの高い靴が邪魔になるかも知れないが、さすがに今ここで脱ぐのは不自然過ぎるので仕方ないだろう。逃げるならこのままだ。
 もっとも、そうなると初恋を奪うどころではなくなってしまうけれど……剣を突きつけられたら逃亡の一択。いくらコソ泥としての矜持があると言っても命は惜しいのである。ここで死ぬのは御免被りたい。

 最悪の想定に思考を巡らせる最中だった。
 皇帝陛下がわずかに、ほんのわずかに口の端を歪めて呟いた。

「ふん。なるほど、教養は足りないが頭は回るのか」

 ………………はい??

 何を言われたんだろう、と思った。
 もしかして褒められた? いや、逆に貶されたのか……?

「余は多忙である故、今のことは免じてやる。早々に己の職務に戻れ」

 あまりに予想外過ぎて言葉を返せずにいると、皇帝がすぐ横をすり抜けていく。
 引き止めることも忘れたミリアは、その後ろ姿を見送るしかできなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 皇帝陛下が立ち去り、漂っていた緊張感が一気に失われて、ようやくその場を離れられた。

 呆気なく、本当に呆気なく終わってしまった初めての邂逅。
 それに対してミリアの感想はこの一言に尽きる。

「なんなの、一体」

 ミリアとあえてぶつかるのを良しとしたのはおそらく、わざわざ避ける必要もないと考えたからではないかと推測する。皇帝陛下にとっては何もかもが些事なのだろう。
 有象無象の一つに過ぎないからこそバッサリと斬り捨てられてもおかしくなかった。ミリアの返答、そして皇帝陛下の気分次第ではそうなっていたはず。特別ロマンティックな出会いを演出したわけでもなく、むしろ睨まれていながら穏便に済んだことが不思議でならない。
 『教養は足りないが頭は回るのか』という発言の意図もわからないし。

 ――悪印象を抱かれなかったのなら、それに越したことはないんだけど。

 想像以上に考えが読めない相手だった。
 無事でいられたのは今回こっきりで、二度目はない可能性も充分あり得るくらいには。

 事前に偵察はしていたし噂話にもなるべく耳をそばだてるようにしていたから、決して侮っていたわけではないつもりだ。けれども、改めて今回の依頼の無理難題さをより一層理解した。させられた。

 何かしら皇帝陛下の攻略のための糸口を掴めるまで、じっくり時間をかけるのはまず大前提として。
 二度目の接触をどのような形にすればいいのか考えなければいけないなと思うと、ため息がこぼれてしまう。

 先が――本当に先なんていうものがあるとすれば、だけれど――思いやられるばかりだ。
 ひとまずは皇帝陛下に言われた通り、侍女の職務に戻ることにした。
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