料理大好き子爵令嬢は、憧れの侯爵令息の胃袋を掴みたい

柴野

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第七話

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 それから色々、本当に色々とあった。

 テオドール様に釘を刺されていたにも関わらず、わたしに手を上げようとした令嬢数人が退学処分になったり。
 直接的な暴力ではなく、わたしがテオドール様に惚れ薬を使ったのだとして――惚れ薬はこの国では厳しく取り締まられている――牢屋送りにされそうになったなんて事件もあった。

 結局、それが某公爵令嬢の嘘だとテオドール様が暴いてくれて、罪を突きつけられた彼女は社交界を追放されたのだけれど。
 ちなみにわたしの料理道具をぐちゃぐちゃに壊したのも脅迫状を書いたのも彼女の仕業だったので、ざまぁ見ろだ。

 そんなこんなありつつ、わたしとテオドール様はそれぞれの実家へ手紙を送り、婚約を了承してもらって、正式に婚約者同士になった。

 ――そして求婚してから二年が経ったある日のこと。
 学園を卒業したわたしは久々にブラウト子爵家へ帰って来ていた。
 もちろん隣には、テオドール様を連れて。

「お帰りなさいませ、お嬢様!」

「リタ、ただいま。彼が婚約者のテオドール様。どう、かっこいいでしょう」

 出迎えてくれた侍女のリタに思わず自慢してしまう。
 テオドール様はこの二年でさらに輝きを増し、右に出る者がいないほど美しくなっていた。わたしの自慢の婚約者だ。
 リタは「いい殿方を捕まえましたね」と大層喜んでくれた。

 それからわたしの両親とテオドール様の顔合わせが行われ、それも無事に済んだ。
 結婚式は数ヶ月後の予定だが、それまでテオドール様はブラウト子爵邸で過ごすことになっている。両親の態度を見るに、彼との同居生活をするにあたって心配する必要はなさそうで安心だった。

「――さて、これでようやく、約束が果たせますね」

「そうだな。よろしく頼む」

 約束。それはつまり、この子爵邸でテオドール様に料理を教えるというあの話だ。
 学園の寮でもわたしたちは何度も一緒に練習したので、今はテオドール様もクッキーを焼け焦げにするようなことはなく、それなりに美味しく作れるようになっている。
 でも約束は約束だ。きちんと果たさなくてはならない。

 久々に足を踏み入れた厨房は、懐かしの料理道具で溢れていた。
 今回作るのは、チーズ入りのスコーン。スコーンはテオドール様との初めての出会いの時にわたしが食べていたものだったので印象深い。パンと迷ったが、こちらにした。

 材料を取ってきて、並べれば準備は万端。
 エプロンに着替えたわたしは言った。

「早速作りましょうか!」



 ボウルに薄力粉、ふくらし粉、牛乳、少し冷やしたバターを入れてかき混ぜる。
 主役はダイス状に切ったチーズ。
 味付けは塩少々と砂糖、それにおまけでドライトマトを加える。

 あとは三角型に成形して、あたためておいたオーブンの中にぶち込めば、焼き上がるのを待つだけ。
 料理の工程も難しくないし、お菓子にもなれば軽食にもなる、すごくお得な料理だとわたしは思っている。

 ……だが量が多いと作るのはなかなかに大変だ。
 せっかくなので領民全員分を作ろうと思ったら、とんでもない作業になってしまった。

 テオドール様が想像以上の手際の良さで手伝ってくれたので、数時間で終わったけれど。

「味見しましょうか。じゃあ、テオドール様の作った方、いただきますね」

「では俺は君の作った方を」

 婚約者同士らしく、「あーん」をして食べさせ合った。
 わたしは気恥ずかしかったが、どうにか耐えた。スコーンの味は甘さとドライトマトの塩味の具合が絶妙で、舌触りも良く、なかなかに美味しい。

「上達、しただろうか」

「上達しましたともっ。合格です!」

「ありがとう。でもやはり俺は君にはやはり及ばない。君のは、いつ食べても美味いな」

 そう言いながら、テオドール様は静かに微笑んだ。
 ……微笑んだ、のだ。

「テオドール様!!」

 求婚した時も、一緒に料理を作った時も、正式に婚約を結んだ時でさえ、実は彼は一度も笑顔を見せていなかった。そんなテオドール様が笑った。
 ずっと見たいと思っていた彼の笑顔は、やはり最高に美しかった。

 わたしは大歓喜のあまりテオドール様に飛びついて、勢いで彼ごと倒れ込んでしまったのだった。

「うわぁっ!」

 わたしは女らしくない野太い悲鳴を上げた。
 その時、テオドール様との距離が未だかつてないほどグッと縮まって。今すぐにでも互いの顔が触れ合いそうな距離で見つめ合っていること、そして彼に抱き止められていることに気づいて心臓が止まりかける。

「ソフィー嬢、今のはわざとか?」

「わ、わ、わざとじゃ、ないです……。ごめんなさい」

 一瞬だけテオドール様が男の顔つきになったのは、きっとわたしの気のせいじゃない。

 その後、騒ぎを聞きつけたリタに見つかり、とんでもないことになってしまった。
 スコーンが無事だったことだけは幸いである。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 わたしはテオドール様と手を繋いで、スコーンを配りながら領地を巡った。
 領民たちはわたしとテオドール様の婚約を祝してくれると共に、スコーンを喜んで食べてくれた。

 ボロボロな小屋のような家が立ち並ぶ、貧乏丸出しの村。しかしこの村も、テオドール様がくれた大量過ぎる持参金のおかげでこれから豊かになっていくことだろう。
 ブラウト子爵領の――そして、わたしたちの未来は明るい。

 これからももしかすると、貴族が料理をしているなど貧乏くさい、と今までのように陰口を叩かれるかも知れない。
 子爵家次期当主がわたしのような小娘――テオドール様はあくまで夫に過ぎず、爵位を継ぐのはわたしなのだ――である故に、下に見られることもあるだろう。

 だが、テオドール様と支え合っていけば、きっとなんとかなる。
 そんな風に、スコーンを齧りながらわたしは思ったのだった。
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みんなの感想(1件)

宝月 蓮
2024.08.20 宝月 蓮

料理を通して距離を縮めるソフィーとテオドールの描写が素敵でした!
可愛らしくほのぼのとした物語をありがとうございます!

解除

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