7 / 7
第七話
しおりを挟む
それから色々、本当に色々とあった。
テオドール様に釘を刺されていたにも関わらず、わたしに手を上げようとした令嬢数人が退学処分になったり。
直接的な暴力ではなく、わたしがテオドール様に惚れ薬を使ったのだとして――惚れ薬はこの国では厳しく取り締まられている――牢屋送りにされそうになったなんて事件もあった。
結局、それが某公爵令嬢の嘘だとテオドール様が暴いてくれて、罪を突きつけられた彼女は社交界を追放されたのだけれど。
ちなみにわたしの料理道具をぐちゃぐちゃに壊したのも脅迫状を書いたのも彼女の仕業だったので、ざまぁ見ろだ。
そんなこんなありつつ、わたしとテオドール様はそれぞれの実家へ手紙を送り、婚約を了承してもらって、正式に婚約者同士になった。
――そして求婚してから二年が経ったある日のこと。
学園を卒業したわたしは久々にブラウト子爵家へ帰って来ていた。
もちろん隣には、テオドール様を連れて。
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
「リタ、ただいま。彼が婚約者のテオドール様。どう、かっこいいでしょう」
出迎えてくれた侍女のリタに思わず自慢してしまう。
テオドール様はこの二年でさらに輝きを増し、右に出る者がいないほど美しくなっていた。わたしの自慢の婚約者だ。
リタは「いい殿方を捕まえましたね」と大層喜んでくれた。
それからわたしの両親とテオドール様の顔合わせが行われ、それも無事に済んだ。
結婚式は数ヶ月後の予定だが、それまでテオドール様はブラウト子爵邸で過ごすことになっている。両親の態度を見るに、彼との同居生活をするにあたって心配する必要はなさそうで安心だった。
「――さて、これでようやく、約束が果たせますね」
「そうだな。よろしく頼む」
約束。それはつまり、この子爵邸でテオドール様に料理を教えるというあの話だ。
学園の寮でもわたしたちは何度も一緒に練習したので、今はテオドール様もクッキーを焼け焦げにするようなことはなく、それなりに美味しく作れるようになっている。
でも約束は約束だ。きちんと果たさなくてはならない。
久々に足を踏み入れた厨房は、懐かしの料理道具で溢れていた。
今回作るのは、チーズ入りのスコーン。スコーンはテオドール様との初めての出会いの時にわたしが食べていたものだったので印象深い。パンと迷ったが、こちらにした。
材料を取ってきて、並べれば準備は万端。
エプロンに着替えたわたしは言った。
「早速作りましょうか!」
ボウルに薄力粉、ふくらし粉、牛乳、少し冷やしたバターを入れてかき混ぜる。
主役はダイス状に切ったチーズ。
味付けは塩少々と砂糖、それにおまけでドライトマトを加える。
あとは三角型に成形して、あたためておいたオーブンの中にぶち込めば、焼き上がるのを待つだけ。
料理の工程も難しくないし、お菓子にもなれば軽食にもなる、すごくお得な料理だとわたしは思っている。
……だが量が多いと作るのはなかなかに大変だ。
せっかくなので領民全員分を作ろうと思ったら、とんでもない作業になってしまった。
テオドール様が想像以上の手際の良さで手伝ってくれたので、数時間で終わったけれど。
「味見しましょうか。じゃあ、テオドール様の作った方、いただきますね」
「では俺は君の作った方を」
婚約者同士らしく、「あーん」をして食べさせ合った。
わたしは気恥ずかしかったが、どうにか耐えた。スコーンの味は甘さとドライトマトの塩味の具合が絶妙で、舌触りも良く、なかなかに美味しい。
「上達、しただろうか」
「上達しましたともっ。合格です!」
「ありがとう。でもやはり俺は君にはやはり及ばない。君のは、いつ食べても美味いな」
そう言いながら、テオドール様は静かに微笑んだ。
……微笑んだ、のだ。
「テオドール様!!」
求婚した時も、一緒に料理を作った時も、正式に婚約を結んだ時でさえ、実は彼は一度も笑顔を見せていなかった。そんなテオドール様が笑った。
ずっと見たいと思っていた彼の笑顔は、やはり最高に美しかった。
わたしは大歓喜のあまりテオドール様に飛びついて、勢いで彼ごと倒れ込んでしまったのだった。
「うわぁっ!」
わたしは女らしくない野太い悲鳴を上げた。
その時、テオドール様との距離が未だかつてないほどグッと縮まって。今すぐにでも互いの顔が触れ合いそうな距離で見つめ合っていること、そして彼に抱き止められていることに気づいて心臓が止まりかける。
「ソフィー嬢、今のはわざとか?」
「わ、わ、わざとじゃ、ないです……。ごめんなさい」
一瞬だけテオドール様が男の顔つきになったのは、きっとわたしの気のせいじゃない。
その後、騒ぎを聞きつけたリタに見つかり、とんでもないことになってしまった。
スコーンが無事だったことだけは幸いである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしはテオドール様と手を繋いで、スコーンを配りながら領地を巡った。
領民たちはわたしとテオドール様の婚約を祝してくれると共に、スコーンを喜んで食べてくれた。
ボロボロな小屋のような家が立ち並ぶ、貧乏丸出しの村。しかしこの村も、テオドール様がくれた大量過ぎる持参金のおかげでこれから豊かになっていくことだろう。
ブラウト子爵領の――そして、わたしたちの未来は明るい。
これからももしかすると、貴族が料理をしているなど貧乏くさい、と今までのように陰口を叩かれるかも知れない。
子爵家次期当主がわたしのような小娘――テオドール様はあくまで夫に過ぎず、爵位を継ぐのはわたしなのだ――である故に、下に見られることもあるだろう。
だが、テオドール様と支え合っていけば、きっとなんとかなる。
そんな風に、スコーンを齧りながらわたしは思ったのだった。
テオドール様に釘を刺されていたにも関わらず、わたしに手を上げようとした令嬢数人が退学処分になったり。
直接的な暴力ではなく、わたしがテオドール様に惚れ薬を使ったのだとして――惚れ薬はこの国では厳しく取り締まられている――牢屋送りにされそうになったなんて事件もあった。
結局、それが某公爵令嬢の嘘だとテオドール様が暴いてくれて、罪を突きつけられた彼女は社交界を追放されたのだけれど。
ちなみにわたしの料理道具をぐちゃぐちゃに壊したのも脅迫状を書いたのも彼女の仕業だったので、ざまぁ見ろだ。
そんなこんなありつつ、わたしとテオドール様はそれぞれの実家へ手紙を送り、婚約を了承してもらって、正式に婚約者同士になった。
――そして求婚してから二年が経ったある日のこと。
学園を卒業したわたしは久々にブラウト子爵家へ帰って来ていた。
もちろん隣には、テオドール様を連れて。
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
「リタ、ただいま。彼が婚約者のテオドール様。どう、かっこいいでしょう」
出迎えてくれた侍女のリタに思わず自慢してしまう。
テオドール様はこの二年でさらに輝きを増し、右に出る者がいないほど美しくなっていた。わたしの自慢の婚約者だ。
リタは「いい殿方を捕まえましたね」と大層喜んでくれた。
それからわたしの両親とテオドール様の顔合わせが行われ、それも無事に済んだ。
結婚式は数ヶ月後の予定だが、それまでテオドール様はブラウト子爵邸で過ごすことになっている。両親の態度を見るに、彼との同居生活をするにあたって心配する必要はなさそうで安心だった。
「――さて、これでようやく、約束が果たせますね」
「そうだな。よろしく頼む」
約束。それはつまり、この子爵邸でテオドール様に料理を教えるというあの話だ。
学園の寮でもわたしたちは何度も一緒に練習したので、今はテオドール様もクッキーを焼け焦げにするようなことはなく、それなりに美味しく作れるようになっている。
でも約束は約束だ。きちんと果たさなくてはならない。
久々に足を踏み入れた厨房は、懐かしの料理道具で溢れていた。
今回作るのは、チーズ入りのスコーン。スコーンはテオドール様との初めての出会いの時にわたしが食べていたものだったので印象深い。パンと迷ったが、こちらにした。
材料を取ってきて、並べれば準備は万端。
エプロンに着替えたわたしは言った。
「早速作りましょうか!」
ボウルに薄力粉、ふくらし粉、牛乳、少し冷やしたバターを入れてかき混ぜる。
主役はダイス状に切ったチーズ。
味付けは塩少々と砂糖、それにおまけでドライトマトを加える。
あとは三角型に成形して、あたためておいたオーブンの中にぶち込めば、焼き上がるのを待つだけ。
料理の工程も難しくないし、お菓子にもなれば軽食にもなる、すごくお得な料理だとわたしは思っている。
……だが量が多いと作るのはなかなかに大変だ。
せっかくなので領民全員分を作ろうと思ったら、とんでもない作業になってしまった。
テオドール様が想像以上の手際の良さで手伝ってくれたので、数時間で終わったけれど。
「味見しましょうか。じゃあ、テオドール様の作った方、いただきますね」
「では俺は君の作った方を」
婚約者同士らしく、「あーん」をして食べさせ合った。
わたしは気恥ずかしかったが、どうにか耐えた。スコーンの味は甘さとドライトマトの塩味の具合が絶妙で、舌触りも良く、なかなかに美味しい。
「上達、しただろうか」
「上達しましたともっ。合格です!」
「ありがとう。でもやはり俺は君にはやはり及ばない。君のは、いつ食べても美味いな」
そう言いながら、テオドール様は静かに微笑んだ。
……微笑んだ、のだ。
「テオドール様!!」
求婚した時も、一緒に料理を作った時も、正式に婚約を結んだ時でさえ、実は彼は一度も笑顔を見せていなかった。そんなテオドール様が笑った。
ずっと見たいと思っていた彼の笑顔は、やはり最高に美しかった。
わたしは大歓喜のあまりテオドール様に飛びついて、勢いで彼ごと倒れ込んでしまったのだった。
「うわぁっ!」
わたしは女らしくない野太い悲鳴を上げた。
その時、テオドール様との距離が未だかつてないほどグッと縮まって。今すぐにでも互いの顔が触れ合いそうな距離で見つめ合っていること、そして彼に抱き止められていることに気づいて心臓が止まりかける。
「ソフィー嬢、今のはわざとか?」
「わ、わ、わざとじゃ、ないです……。ごめんなさい」
一瞬だけテオドール様が男の顔つきになったのは、きっとわたしの気のせいじゃない。
その後、騒ぎを聞きつけたリタに見つかり、とんでもないことになってしまった。
スコーンが無事だったことだけは幸いである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしはテオドール様と手を繋いで、スコーンを配りながら領地を巡った。
領民たちはわたしとテオドール様の婚約を祝してくれると共に、スコーンを喜んで食べてくれた。
ボロボロな小屋のような家が立ち並ぶ、貧乏丸出しの村。しかしこの村も、テオドール様がくれた大量過ぎる持参金のおかげでこれから豊かになっていくことだろう。
ブラウト子爵領の――そして、わたしたちの未来は明るい。
これからももしかすると、貴族が料理をしているなど貧乏くさい、と今までのように陰口を叩かれるかも知れない。
子爵家次期当主がわたしのような小娘――テオドール様はあくまで夫に過ぎず、爵位を継ぐのはわたしなのだ――である故に、下に見られることもあるだろう。
だが、テオドール様と支え合っていけば、きっとなんとかなる。
そんな風に、スコーンを齧りながらわたしは思ったのだった。
208
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
【完結】貧乏男爵家のガリ勉令嬢が幸せをつかむまでー平凡顔ですが勉強だけは負けませんー
華抹茶
恋愛
家は貧乏な男爵家の長女、ベティーナ・アルタマンは可愛い弟の学費を捻出するために良いところへ就職しなければならない。そのためには学院をいい成績で卒業することが必須なため、がむしゃらに勉強へ打ち込んできた。
学院始まって最初の試験で1位を取ったことで、入学試験1位、今回の試験で2位へ落ちたコンラート・ブランディスと関わるようになる。容姿端麗、頭脳明晰、家は上級貴族の侯爵家。ご令嬢がこぞって結婚したい大人気のモテ男。そんな人からライバル宣言されてしまって――
ライバルから恋心を抱いていく2人のお話です。12話で完結。(12月31日に完結します)
※以前投稿した、長文短編を加筆修正し分割した物になります。
※R5.2月 コンラート視点の話を追加しました。(全5話)
俺の婚約者は悪役令嬢を辞めたかもしれない
ちくわ食べます
恋愛
王子である俺の婚約者は、打算的で、冷徹で、計算高い女だった。彼女は俗に言う悪役令嬢だ。言っておくけど、べつに好きで婚約したわけじゃない。伯爵令嬢だった彼女は、いつの間にか俺の婚約者になっていたのだ。
正直言って、俺は彼女が怖い。彼女と婚約破棄できないか策を巡らせているくらいだ。なのに、突然彼女は豹変した。一体、彼女に何があったのか?
俺はこっそり彼女を観察することにした
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
【完結】『私に譲って?』と言っていたら、幸せになりましたわ。{『私に譲って?』…の姉が主人公です。}
まりぃべる
恋愛
『私に譲って?』
そう私は、いつも妹に言うの。だって、私は病弱なんだもの。
活発な妹を見ていると苛つくのよ。
そう言っていたら、私、いろいろあったけれど、幸せになりましたわ。
☆★
『私に譲って?』そう言うお姉様はそれで幸せなのかしら?譲って差し上げてたら、私は幸せになったので良いですけれど!の作品で出てきた姉がおもな主人公です。
作品のカラーが上の作品と全く違うので、別作品にしました。
多分これだけでも話は分かると思います。
有難い事に読者様のご要望が思いがけずありましたので、短いですが書いてみました。急いで書き上げたので、上手く書けているかどうか…。
期待は…多分裏切ってしまって申し訳ないですけれど。
全7話です。出来てますので随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして
犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。
王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。
失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり…
この薔薇を育てた人は!?
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
料理を通して距離を縮めるソフィーとテオドールの描写が素敵でした!
可愛らしくほのぼのとした物語をありがとうございます!