大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野

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第五話 結婚披露宴にて①

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「披露宴の日程についてお話しさせていただきます」

 それは、結婚式からちょうど五日目のことだった。
 昼時、部屋で黙々と書類作業をしていたところへ皇帝陛下の側近がやって来て、陛下の決定を伝えにきた。

 通常の貴族は結婚式から即披露宴だが、王族の結婚披露宴というのはかなり手が込んでいるので別日に行う。そしてわたくしとヒューパート様の結婚披露宴は、この翌日に開催されることになった。
 ちなみにこの話はすでに執務中のヒューパート様にも伝えられているらしい。

 婚約期間中は妃教育に忙しく、まともに社交場へ出ていなかったので、ヒューパート様と共に公の場に姿を見せるのは初めてだ。

「承知いたしましたわ。お伝えいただきありがとうございます」

 久々のパーティー。
 社交場に出るには入浴したり着付けをしたりしなければならないから、準備にはかなりの時間がかかる。どうせ暇つぶしのようなものなのだし、書類仕事は早く切り上げ、明日に備えて体を休めておいた方がいいだろう。

 妃としての務めの一貫だ、きちんとしなければ。
 わたくしは気を引き締めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そして翌日の日暮れ頃。
 諸々の身だしなみを侍女のクロエに整えさせたわたくしは、バタバタと忙しなく用意して遅れたらしいヒューパート様に軽く嫌味をぶつけていた。

「お待ちしておりましたわ。その美貌を輝かせるため、たいへん長いお時間を要したのでしょうね」

 わたくしのように余裕を持って朝から準備しておけばいいものを、寝坊をするからいけないのだ。
 ヒューパート様はバツの悪そうな顔をしていた。

「仕方ないだろう、昨晩あまり眠れなかったんだ。……早く行くぞ」

 サラ嬢と久々に顔合わせできることが嬉しいのだろうか、とわたくしは邪推したが、あえて口にはしない。
 静かに微笑み、頷くだけだ。

「ええ、参りましょうか」

 披露宴の場所は王城の大ホール。結婚式場に使った小ホールの約三倍の広さだ。
 夫妻別々に行って関係を怪しまれたりしたら困るので、その場所までヒューパート様はわたくしをエスコートしなければならず、ヒューパート様は渋々といった様子で言った。

「表向き、仲の良い夫婦を演じるだけだからな。今日は特別に私と手を繋ぐのも身を寄せるのも許してやろう!」

 これはあくまで演技なのだから情があると思うなと釘を刺されているわけだった。
 わたくしが勘違いをするはずがないのに。

「もちろんですわ。けれど、演技で構いませんのでわたくしの頬に口付けてくださいませ。わたくしどもの仲の険悪さは知れ渡っておりますから、それを払拭する必要がございますわ」

「……っ、く、口付けは」

「ですから演技で構いません、先日の結婚式の時のように」

 皮肉を滲ませれば、ヒューパート様は「仕方のないやつだな」と苛立たしげながらも了承してくださった。
 あとは彼にエスコートされながら披露宴へ向かうだけ。そっと手を重ね合わせた。

「……何だこの手は。生白いし細過ぎるぞ」

 文句を言ってきたヒューパート様を、わたくしは笑顔で無視した。



 披露宴はあの簡素な結婚式とはまるで違い、上級貴族から下級貴族まで、参加者は千名以上。
 令嬢たちのドレスが輝き煌めいて、ここしばらくパーティーとは縁遠かったわたくしには眩しく感じられた。

 今宵の主役はわたくしとヒューパート様。
 大勢の貴族がわたくしたちを取り囲み、口々に祝辞を述べていく。

「皇太子殿下、ご成婚おめでとうございます」
「とてもお似合いのお二人ですね」
「皇太子殿下も妃殿下も麗しくいらっしゃいますわ」

「ありがとう。ジェシカは私の……さ、最愛の妻だ」

 設定上では、この一年の婚約期間中に関係が改善し、すっかりおしどり夫婦になった――ということになっている。
 ヒューパート様は打ち合わせ通りわたくしの頬に口付けてくださったが、いくら演技とはいえ、きっとこんなことを言うのもするのも恥なのだろう。
 ヒューパート様の頬は羞恥にほんのり赤くなっている。もっとも、すぐ近くのわたくしくらいしかわからなかっただろうけれど。

 だがその場面を除いては披露宴の最中は常ににこやかだったし、そしてわたくしも、ヒューパート様と触れ合うことへの激しい嫌悪感は胸にあったものの妃という役に徹し常に笑顔で居続けた。

 祝いの料理を食べ、ワイングラスを鳴らし、結婚披露宴は和やかに進んでいく。
 しかしその間わたくしはずっと気が気ではなかった。

 ――どこかおかしな点はございませんかしら。上手くおしどり夫婦を演じられていれば良いのですけれど。

 そんな風に考えながら、すぐ傍にいるヒューパート様の存在を意識しまいと務める。
 ヒューパート様の笑みを長く見ていると、なんだか目が離せなくなってしまいそうな気がしたから。

 しかし、そんな時間はすぐに終わってくれた。
 結婚祝いをしに第二皇子殿下が現れたのだ。婚約者を伴わず、たった一人で。

「ご結婚おめでとうございます、兄上、ジェシカ様」

 ヒューパート様によく似た赤い瞳を細めて笑顔を見せる第二皇子ハミルトン殿下の言葉に、わたくしは淑女の笑みを返した。
 幸せそうなだけで幸せではちっともないけれど、「ありがとうございます」と言っておく。

 しかしヒューパート様はというと、彼の姿を見た途端目の色を変えた……ような気がした。

「サラ嬢はどうした」

 彼が真っ先に尋ねたのは案の定、第二皇子殿下の隣に不在のサラ嬢のことだった。
 その声音になんら含むところは感じられないが、きっと内心ではサラ嬢の姿がないことへの苛立ちがあるのだろう。彼はずっと、サラ嬢との再会を楽しみにしていたから。

 いくら演技をしていても彼は相変わらずだった。

「サラもサラで婚姻準備が大詰めで忙しいんですよ。代わりに彼女からの祝辞を僕が預かってきたんですけど。これです」

 第二皇子殿下に手渡されたそれをチラリと流し読みすると、ヒューパート様はわたくしに見せることすらなくすぐ懐へ隠してしまった。
 あとでゆっくり読むつもりに違いない。彼の行動の一つ一つからサラ嬢への恋情が伝わってきてしまって、なんだか申し訳なくなってしまう。

 ――そもそも、不本意とはいえわたくしを娶っておきながらあからさまな態度を示すヒューパート様がいけないのですけれど。

 などと考えていると、第二皇子殿下がわたくしに声をかけてきた。

「ジェシカ様、少し兄上を借りていきたいのですが、よろしいですか」

「ええ、もちろん。その間わたくしはデザートでもいただいて参りますので、ごゆっくり」

 何の話をするつもりかは知らないが、ひとときでもヒューパート様と離れられるなら幸いだ。
 わたくしは何か言いたげな顔のヒューパート様を残し、この機会を有効利用して久々に友人の令嬢たちと会いに行くことにした。

「そんな調子じゃ誤解されますよ」

「……余計な口を挟むな」

 第二皇子殿下とヒューパート様が意味深な言葉を交わしていたが、どうせサラ嬢についてのことだろうと思い気にも留めなかった。
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