僕とソラの幸せだった日々

柏葉 結月

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Kitty編

6. ピアス

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ぐったりしたままのソラの身体を綺麗に洗い、これ以上は障ると判断してお気に入りだったフワフワのバスタオルにくるんだ。ドライヤーを優しくかけ、雪の中に倒れ冷えて弱った身体をそっと抱いて暖める。

『ヒトガタ』になれれば、もう少し勝手もわかるのだけど、呼吸は浅いまま"あいしてる"と言ったきり、頭の中に声が響くこともない。
僕は病院へ行くまでの間に、何度もソラの胸に手を当てて、弱々しい脈を確認した。

病院に着くと、すぐに緊急手術と入院になった。その際、ソラが着けていたピアスが外されて渡された。僕は太陽、ソラは月のモチーフの、二人で分け合ったピアスだ。


“ にんげんみたいにゆびわしてもねこにもどったらはずれちゃうでしょ。でもピアスなら…ずっといっしょだね♡ ”


ピアスを初めて着けた日は、嬉しそうにニコニコ笑って、鏡の前から離れなかった。時折り耳を触っては、痛みにびっくりして涙目になる。

「はは。ホールが落ち着くまで痛みが残るよ。消毒は忘れないようにしないとね」

太陽と月のピアスは、お互いが半身だという唯一のしるしだった。手の中に転がる小さな月を、失くしてはならないと震える手で大切に仕舞う。


『キティ』になると、お互い死んでも転生してまた出逢えるとソラは言っていた。その話を聞いた時は漠然と、"寿命が来て死んでも生まれ変わったら引き寄せられる"という意味だと思っていた。交通事故に逢った猫が、その後も生き延びられるという話は稀だ。

あのままソラが死んでいたらと考えるだけで、ゾッとする前に大声で叫びそうになる。木枯らしが吹き始める頃に出逢って、まだ季節が巡ってもいないのに、もうずっと長い間一緒に居た気がするのだ。こんな風に突然別れる日が来るなんて、耐えられない。


手術は、無事に終わった。数ヵ所の骨折だけで、内臓に損傷は無かったという奇跡に、僕は涙を流した。入院中も病院へ通い、意識の戻ったソラに喜び、何度も語り掛けた。

けれども、ソラはニャン…と鳴くだけで。僕の頭の中に可愛らしい声が響くこともなく、退院したソラの耳に月のピアスを着けようとすれば盛大に引っ掻かれ……。

僕はソラが『ヒトガタ』にならなくても、つまり普通の猫になったソラを、以前と変わらず可愛がっていた。眠る時も布団に入れたし、もふもふの手触りを楽しみ、鼻を埋めて陽だまりの匂いに癒されていた。

僕の事をあいしてると言った言葉は、記憶の中に保存されていていつでも再生出来る。言葉は交わせなくても、大切な存在だった。
それなのに。ある日ソラは、僕が鍵を閉め忘れた窓から出ていってしまったのだ。


いなくなるにしても、何か遺してくれていればと思った矢先、大事に仕舞ってあったケースから、月のピアスが無くなっている事に気がついた。

「ない!ない!何処にいったんだ?!」

部屋中探しても、掃除機のごみ受けを引っくり返してもピアスは出てこなかった。

「まさか……ソラが持っていった?」

そうだったらいい。そうだったら、『ソラ』が何処かで生きている望みになる。また出逢えるんだという、希望になる。
半身を失った脱け殻と化し、暫くまともな睡眠と食事を摂ることが出来なかったけれど。久し振りに炊いて食べたご飯の味は、ほんのりと甘かった。



暫く通る事が出来なかった公園の広場に、春になったからか、猫の集まりを見かけるようになった。
その中にソラが混ざっていたとして、まるで知らない人のように見向きもされなかったら立ち直れない。けれども、もう一度ソラに逢いたい、もしかしたら、駆け寄って来るかもしれない!と、勇気を出して暇な休日散歩がてら公園に通うようになった。



「ソラ?」

猫の群れに、声をかけてしまう。振り返るコもいれば、知らんぷりのコもいる。

「ソラ?」

「はい?」


今日は公園に、僕と同じように猫の集まりを眺めている男の人がいて、僕の呼び掛けに返事をされた。その人は、驚いた様子で僕に近寄ってきた。

「あの…?何処かで会った事がありますか?どうして僕の名前を?」


信じられなかった。

目の前にいるのは、ソラと同じ顔、

同じ声…!


「僕、迷子の猫を探してるんですが…その時にでもお会いしたとか?」


渡された、猫の写真と連絡先が書かれたチラシ。そこには、僕が探している三毛猫のソラが写っていた。










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