黒髪令嬢と百年前の約束

ミカエル

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反抗

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選考会の前夜。
部屋のベッドに寝転がっても、胸の奥がざわざわして眠れない。明日にはあの会場に連れていかれて、黒瀬家の“花嫁候補”として人前に立たされるなんて、考えただけで息が詰まりそうだ。

──もう、黙ってるのは無理。
そう思って、私は布団を蹴飛ばし、廊下に出た。夜の屋敷はしんと静まり返っていて、足音がやけに大きく響く。心臓はドクドク暴れて、耳まで熱い。

書斎の前に立ち、深呼吸を何度も繰り返す。ドアノブに手をかけるたび、手のひらが汗で滑りそうになる。
「……よし」
小さくつぶやいて、思い切ってノックした。

「お父さん、ちょっといい?」

「美緒か。入りなさい」

低い声が返ってきた瞬間、背筋が勝手にピンと伸びる。条件反射みたいなものだ。心の中じゃ何十回も「ポンコツ」とか「時代遅れ」って呼んでるのに、目の前にすると体が勝手に言うことを聞かなくなる。

書斎に入ると、父は分厚い机に向かってノートPCを睨んでいた。横にはまた、得体の知れない資料やパンフの山。ため息が出そうになるのをこらえて、私は一歩前に進む。

「……私、明日の選考会、出たくない」

勇気を振り絞って口にした瞬間、喉が震えて声がかすれた。

けれど父は驚きもしない。ただ深いため息をつき、画面から視線を外そうともしなかった。
「そんなことか。くだらん。もう寝なさい」

──ああ、やっぱり。
私の言葉なんて、父にとってはただの雑音でしかないんだ。胸の奥がズキンと痛む。

「でも……私はまだ高校生だし、大学だって行きたいし、進路だって──」
必死に食い下がる。理由を並べなきゃ、今ここで押し潰されそうで。

「進路?」
ようやく父がこちらを見た。眼鏡の奥で光る目が、冷たく私を射抜く。

「そんなものは後からいくらでもどうにでもなる。黒瀬家に嫁げば、一生困らん。お前にとっても、家にとっても最高の未来だ」

──一生困らない?
それ、父にとってでしょ。私の人生じゃない。

胸の奥に怒りが込み上げて、唇が震える。
「私は……!」
声を張ろうとしたその瞬間、父の言葉がかぶさる。

「美緒。九条家の娘として役に立たずに、いつ立つつもりだ?」

冷たい声が突き刺さる。
頭の中で「九条の家なんてどうでもいい!」と叫んでいるのに、喉が張りついて声にならない。昔、背筋が曲がってるってだけで叩かれたことや、言葉遣いを間違えて平手をくらった記憶が蘇る。体の奥がすくんで、足が固まった。

父はもう私の沈黙を答えと決めつけたように、椅子に深く腰を下ろし、また画面へ視線を戻す。その仕草が「もう終わりだ」と告げていた。

私は唇を噛みしめ、拳をぎゅっと握る。喉まで出かかった言葉は、結局最後まで声にならなかった。

「……わかりました」

かすれた声が自分の口から漏れた瞬間、胸の奥で何かがぐしゃっと潰れる音がした気がした。

部屋を出るとき、背中に父のタイピング音がカタカタと響いていた。その音が、私の小さな反抗をあっさり飲み込んでいく。

廊下に出た途端、足が震えて止まらなくなった。涙が出そうになるのを必死でこらえながら、私はベッドに戻った。
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