黒髪令嬢と百年前の約束

ミカエル

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理由

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 俺の名前は草加蓮司(くさかれんじ)。

 雑踏の中で彼女を見つけたとき、俺は驚いた。
 いつも夢で見る少女と似ていると思ったからだ。

 その子は夢の中で、いつもどこか寂しそうで、辛そうで──けれど不思議と俺に安らぎを与えてくれる。
 声を交わすわけでもなく、ただ静かにこちらを見ているだけ。
 その眼差しに触れると、誰にも言えない悩みや、胸の奥に渦巻く苛立ちが少しずつ溶けていくような気がした。
 俺にとって、夢の中で彼女と出会うことはひとつの救いだった。

 現実の俺は、震災で両親を失った。
 家も大部分は焼け落ち、残されたのは一部の財産と、焼け残った母屋だけ。
 それでもまだ、ましな方だったのだと思う。
 瓦礫と化した街には、俺と同じように家族を失い、行き場をなくした子どもたちがあふれていた。
 泣き声を聞きながら背を向けることなど、どうしてもできなかった。

 気づけば、俺は残された家と財産を使い、子どもたちを拾い集めていた。
 その人数は日に日に増えていった。
 彼らを食わせるために人には言えないような取引や、まっとうとは言えない商売にも手を伸ばさざるを得なかった。
 それでも、あの子らが飢えずに眠れるなら、俺が手を汚すくらいどうでもよかった。

 彼女はきらびやかなドレスをまとい、場違いなほど華やかな姿で浅草の雑踏に立っていた。落ち着かない様子で周囲を見回し、人々の視線を集めている。

 俺の視線の先で、道端に座り込んでいた二人組の男が立ち上がる。
 にやついた顔で彼女を目で追っているのが分かった。狙いは明らかだ。

「……ヨシ」
 俺は一緒にいるヨシに声をかける。ヨシは俺の視線を追い、すぐに状況を察した。
 こういうときの理解は早い。

 彼女は人目を避けるように路地へ入っていった。案の定、二人組も後を追う。
 俺とヨシも少し距離を置いてついていった。

 路地の中で、彼女はすぐに囲まれていた。

「嬢ちゃん、迷子か?」
「へぇ……いいもんつけてんな」

 胸元の宝石に目をつけたのだろう。二人の視線がいやらしく動く。

「行け」
 俺が小さくつぶやくと、ヨシは石を拾い、勢いよく投げつけた。

「女の人になにしてんだよ!」

 外れた石が地面を転がり、二人組の注意が一瞬そちらに向く。
 俺はその隙に路地へ飛び込んだ。

 まず背後の大男の腕をつかみ、力任せにねじ上げて地面に叩きつける。呻き声が響いた。

「てめぇ!」
 痩せた方が拳を振りかざしてくる。

 俺は体をひねってその腕をかわし、逆に鳩尾へ膝を打ち込む。短い呻きとともに男は崩れ落ちた。

 ほんの数秒の出来事だった。

 彼女は呆然と立ち尽くし、俺を見ていた。

「大丈夫か」
 俺はつとめて平静な声で聞いた。

 彼女は混乱しているようだが、危険が去ったことを知り落ち着いてきたようだった。
 自分が浅草にいることも分かっていないようで、もしかすると心の病というやつかもしれない。

 ともあれ、助けた俺は後ろ髪をひかれつつもその場を立ち去ろうとした。実際に彼女とは初めて会うし、夢で見たことがあるなんて、たわ言は自分に似つかわしくないと思った。
 


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