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第2話 阿吽の正体見たり小夜時雨
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翌週、土曜日の午後。
私はふたたび和田塚写真館を訪れていた。今日は注文していたカメ吉のレンズを受け取りに来たのだ。
昨日の夜半に降った雨で、地面にはところどころ水たまりが残っている。
天気は冴えない曇り空で、予報によると今夜もまた雨が降るらしい。
だけど私の心は倉橋さんにまた会える嬉しさで、晴れ晴れとしていた。
「こんにちは」
そう言いながら和田塚写真館の扉を開けると、にこやかに私を出迎えたのはイケメン若店主の倉橋さん、じゃなくてハゲタコ親父の安藤さんだった。
「よう、お嬢ちゃん。いらっしゃい」
カウンター前の丸椅子にどっかと座った安藤さんは、開いていた新聞から目を離すと、私に向かって親しげに片手を上げる。
古ぼけた和田塚写真館の店主としては、イメージ的に安藤さんのほうが似合っているが、彼の本業は干物屋だ。
本業ほったらかしで、いつも写真館に入り浸っているのだろうか。
「あ、あの倉橋さんはいますか?」
「ああ、コウちゃんなら海に行ってるよ。もうすぐ戻るんじゃないかな」
「海、ですか」
「サーフィンだよ。あんな板の上に乗るのが、そんなに楽しいのかねえ」
倉橋さんはサーファーでもあるのか。
爽やかなイケメンで、なおかつサーファーだなんてカッコよすぎるではないか。
「お嬢ちゃん、いやカナちゃんだっけ。麦茶でも飲むかい?」
いやいや、会って二度目のハゲタコ親父にいきなり下の名前で呼ばれるのは抵抗あるんですけど。
露骨に顔をしかめた私に気づくことなく、安藤さんは勝手にカウンターの奥へずかずかと上がりこんで行った。
「ちょ、ちょっと、勝手に上がり込んでいいんですか!?」
「いいのいいの。勝手知ったる他人の我が家ってね」
我が家じゃないでしょうが。
「倉橋さんのご家族の方に怒られますよー」
カウンターの奥の方から、安藤さんの声だけが聞こえる。
「ああ、コウちゃん今、ここに一人暮らしだから」
「えっ、ご両親と一緒じゃないんですか?」
麦茶の入ったコップ2個を乗せたお盆を持って、安藤さんが戻って来る。
コップを私に手渡しながら、店の奥にある丸椅子を顎でしゃくった。
「ほら、あそこに座って休みなよ。エアコンが近いからさ。最近雨ばかりで蒸してるから、ここに来るのに汗かいたろ」
安藤さんは自分の丸椅子に座りなおすと、一気に麦茶を飲み干して「ぷはー」と声をあげた。
「コウちゃんの親父さんは肺を患ってね。今は七里ヶ浜の病院で療養してるんだ」
「そうだったんですか」
「大学を出た後は東京で働いてたんだけど、親父さんが倒れてからこっちに戻って来て写真館を継いだってわけ。本人は親父さんが元気になるまでの代理店主だって言ってるけどね」
以前は東京にいたのか。地元民ぽさのなかに、どこか都会の雰囲気も感じるのはそのせいかもしれない。
「お母さまは、どこにいらっしゃるんですか?」
そう聞くと、安藤さんは急に顔をしかめて、言っちゃっていいのかな、と呟いた。
私はふたたび和田塚写真館を訪れていた。今日は注文していたカメ吉のレンズを受け取りに来たのだ。
昨日の夜半に降った雨で、地面にはところどころ水たまりが残っている。
天気は冴えない曇り空で、予報によると今夜もまた雨が降るらしい。
だけど私の心は倉橋さんにまた会える嬉しさで、晴れ晴れとしていた。
「こんにちは」
そう言いながら和田塚写真館の扉を開けると、にこやかに私を出迎えたのはイケメン若店主の倉橋さん、じゃなくてハゲタコ親父の安藤さんだった。
「よう、お嬢ちゃん。いらっしゃい」
カウンター前の丸椅子にどっかと座った安藤さんは、開いていた新聞から目を離すと、私に向かって親しげに片手を上げる。
古ぼけた和田塚写真館の店主としては、イメージ的に安藤さんのほうが似合っているが、彼の本業は干物屋だ。
本業ほったらかしで、いつも写真館に入り浸っているのだろうか。
「あ、あの倉橋さんはいますか?」
「ああ、コウちゃんなら海に行ってるよ。もうすぐ戻るんじゃないかな」
「海、ですか」
「サーフィンだよ。あんな板の上に乗るのが、そんなに楽しいのかねえ」
倉橋さんはサーファーでもあるのか。
爽やかなイケメンで、なおかつサーファーだなんてカッコよすぎるではないか。
「お嬢ちゃん、いやカナちゃんだっけ。麦茶でも飲むかい?」
いやいや、会って二度目のハゲタコ親父にいきなり下の名前で呼ばれるのは抵抗あるんですけど。
露骨に顔をしかめた私に気づくことなく、安藤さんは勝手にカウンターの奥へずかずかと上がりこんで行った。
「ちょ、ちょっと、勝手に上がり込んでいいんですか!?」
「いいのいいの。勝手知ったる他人の我が家ってね」
我が家じゃないでしょうが。
「倉橋さんのご家族の方に怒られますよー」
カウンターの奥の方から、安藤さんの声だけが聞こえる。
「ああ、コウちゃん今、ここに一人暮らしだから」
「えっ、ご両親と一緒じゃないんですか?」
麦茶の入ったコップ2個を乗せたお盆を持って、安藤さんが戻って来る。
コップを私に手渡しながら、店の奥にある丸椅子を顎でしゃくった。
「ほら、あそこに座って休みなよ。エアコンが近いからさ。最近雨ばかりで蒸してるから、ここに来るのに汗かいたろ」
安藤さんは自分の丸椅子に座りなおすと、一気に麦茶を飲み干して「ぷはー」と声をあげた。
「コウちゃんの親父さんは肺を患ってね。今は七里ヶ浜の病院で療養してるんだ」
「そうだったんですか」
「大学を出た後は東京で働いてたんだけど、親父さんが倒れてからこっちに戻って来て写真館を継いだってわけ。本人は親父さんが元気になるまでの代理店主だって言ってるけどね」
以前は東京にいたのか。地元民ぽさのなかに、どこか都会の雰囲気も感じるのはそのせいかもしれない。
「お母さまは、どこにいらっしゃるんですか?」
そう聞くと、安藤さんは急に顔をしかめて、言っちゃっていいのかな、と呟いた。
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