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しおりを挟む婚約者であった第一皇子を殴り飛ばした結果。
私は国内でも北方に位置するドレーク公爵家の所領の中でも最果ての地での蟄居を命じられた。
氷の女神ウルの住む最果ての地。名前すら無いそこは、ドレーク公爵家の所有する古城が唯一あるのみだ。
女神ウルのおわす所という意味であるウルリーケの名を持つ最高峰の神山の麓。万年雪は溶けることはなく、止むことのない吹雪の中そこに聳え立つ白い古城は細い尖塔を持ち、絵画の中の世界の様に美しい。
しかし、美しくあっても氷の女神の抑えることの無い絶大な神力を浴びる地。
一度王都に現れたなら天災とされる様な超級の魔物が闊歩する普通の人間にとってはこの地に送られるということは死ねと言われることと同義である。
普通の人間にとってなら。
皇子を殴り飛ばした私を皇子は不敬罪で死刑にしろと声高に叫んでいたが、皇子が国庫の金を横領していたこと、私という婚約者がありながら男爵令嬢という下位貴族の令嬢と不貞を働いていたこと。
それに建国の王の王弟が興した由緒ある公爵家の令嬢であり、これまで国に尽くしてきたことを加味され天秤に掛けられた結果死刑ではなく最果ての地での蟄居とすると申しつけられた。
皇子は文句を最後まで言っていた様だが、最果ての地と場所が決まった瞬間に勝ち誇った様にまぁ死ぬのは時間の問題だなと言ってきた。
腹は立つが、このバカ皇子の尻拭いをする必要はもう二度と無いし、なりたくも無い皇子妃の座を狙ってくる令嬢達とツノを突き合わせる必要も、未来の皇子妃としての公務も、王妃教育も受ける必要はないのだ。
頬にどす黒い青あざを付けた皇子がわーわーと叫んでいるが、浮かれる私の耳には一切入ってこない。
最北の地。
雪いっぱいのワンダーランド。もふもふなわんわんと戯れて、めいいっぱい雪の世界を楽しむのだ。
それに御誂え向きのように私の魔力属性は氷だ。氷の耐性はMAXであり、寒さなんて感じない。全力で楽しむのみだ。
ーーーー
私は日本という国の九州最南端の地で生まれた。
ネット上では戦闘民族と揶揄される地。
両親が早くに亡くなり、1人となった私は曽祖父の元で育てられた。90を軽く超えても矍鑠としていた曽祖父は古武術の道場で生きている間は日々鍛錬と100人を超える門下生と木刀を振るっていた人だ。曽祖父は明治の生まれで戦闘民族としての教育を受けた最後の世代。
困難なことがあったなら悩まずにまずやれ。そして失敗したなら潔く死ね。
そんな戦闘民族丸出しな考えが当たり前。戦闘民族の癖に今時は男女平等となんとも現代的なことを言い切り女であっても強くあれと、曽祖父はか弱い私に容赦なく武術に武士の精神にと様々なことをを叩き込んでくれた。
早朝の四時より片道10キロの山中を20キロはある石を背中の籠に背負って走り回らされたり、
木刀で素振り一万回やってみろとか、山中で偶然遭遇してしまった巨大な猪相手に木刀一本で勝てとか色々無茶なことをさせられたものだ。
よく死ななかったな私。
そんな曽祖父も私が成人すると、役目を終えたと言わんばかりに亡くなった。
私はあの日仕事帰りにいつもの交差点を歩いていた。横断歩道では黄色い帽子を被った小学生の女の子が私の少し先を歩いている。
その時交差点に突っ込んでくる一台のトラックが見えた。私1人なら確実に避けられる。けどあの子は…。
迷いはなかった。
女の子を歩道へ突き飛ばすと、クラクションを鳴らすそのトラックに高く高く跳ね飛ばされた。
まぁ猪は倒せてもトラックは無理。
案の定死んだのだろう。しかし、天涯孤独になってしまった私が死んでも悲しむ人もいないし、悩まずにやったことだ。悔いもないし失敗したから死んだだけ。
曽祖父がもし生きていたのなら悲しんだのかもしれないが、それよりもまず良くやったとでも言ってもらえるのかな。
けれど、ひとつだけ悔しいことがある。
私の夢が叶わなかったことだ。戦闘民族に育てられた私も戦闘民族の1人とはいえ年頃の女である。
私は可愛いものが大好きだ。
小動物から大型犬までもふもふは大好きだし、似合わないと言われようが、某小さな動物のファミリー人形をかき集め愛でている。
仕事帰りに疲れた体で赤い屋根のホームでミニチュアの世界を楽しむことが唯一の楽しみだった。
私の生まれ育った地は緑溢れる言うならば田舎の地で素晴らしいところだ。しかしいかんせん暑すぎる。
私の特に愛する大型もふもふの毛皮では耐えられないだろう。涙を呑んでこの地を離れることを決めた。
私の野望は広大な北の大地に移住し、某ファミリーの様なカントリー風の家でサモエドとか、ハスキーとか、秋田犬とか大型もふもふと戯れること。
移住資金を貯めるために働いていたが叶わなかったと諦めかけた夢が手の届くところにあるのだ。
あの地であれば氷属性の魔狼も多いと聞くし、それに私の従者も過ごしやすいかもしれない。
アレクシアは北の地へ送られる日を指折り数える程に楽しみにしていた。
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