そして二人は妊娠した...............

鏡恭二

文字の大きさ
6 / 6

最終話の前の前の前の前の前の話

しおりを挟む
  渉はベッドからゆっくりと体を起こした。

(……なんだか、頭が痛いな)

体はだるく、食欲もなかった。

心配そうに母が声をかけてくる。

「大丈夫?」

「……ちょっと風邪かも。体温計ある?」

母が差し出した体温計を確認すると、38.5℃。

「やっぱり熱あるみたい……」

「じゃあ、一緒に病院行きましょう」

 

母の運転で向かった先は、船山記念病院。

待合室で椅子に座りながら順番を待っていたその時――
ふと視界の端に、ひときわ目を引く女性がいた。

ロングヘアー。猫のような澄んだ目。
透き通るような肌。凛とした雰囲気。
パンツ姿からも伝わる、完璧な脚線美――

(……なんだ、この人……)

ただそこにいるだけで空気が変わるような存在感。
渉は、風邪のつらさすら忘れてその女性を見つめていた。

 

「吉川渉さーん」

名前を呼ばれても気づかない。
「吉川渉さーん!!」
ようやく母に腕を引かれ、ハッと我に返った。

「ちょっと!渉!!」

「……あ、ごめん」

完全に見惚れていた自覚があった。

 

診察室では、医師の声もどこか上の空だった。
「風邪ですね、薬出しておきますね」

それだけ聞いて、また待合室へ戻る。

さっきの女性は、まだそこにいた。
よく見ると、彼女の隣には車椅子に座った女性がいた。

「香月さつきさーん」

受付の声に応じて、彼女が静かに立ち上がる。

その立ち姿すら、まるで何かの舞台のワンシーンのようだった。

「娘さんの、まどか💛さんですか?」

「はい、そうです」

(……香月、まどか……)

渉はその名前を、心の奥深くに焼き付けた。

 

やがて受付から再び声がかかる。

「吉川渉さーん、会計へどうぞ」

会計を終え、外に出たところで――

「渉~~っ!!」

突然、誰かに飛びつかれた。

「うわっ、好美!?」

「もう、心配したんだからね!」

母は微笑ましく笑っている。

「ふふ、いいわね、こんなに心配してくれる彼女がいて」

「ちょっと母さん……」

 

そのとき、自動ドアが開いた。

静かに現れたのは――
車椅子を押す、あの猫のような目の美しい女性。

(……香月、まどか……)

渉の視線は、吸い寄せられるように彼女を追った。

どこか遠くを見ているまどか💛の瞳には、
言葉にできない哀しみの色が浮かんでいた。

 

「……ちょっと、渉!!」

「えっ!?」

「今、誰見てたの?さてはあの美人の子でしょ~?」

「ち、ちがうよっ!!」

好美はむくれていたが、渉の目は――
もう一度、病院から去っていくまどか💛を追っていた。

 

(あの人は……香月まどか💛って言うんだ)

名前だけが、頭の中で何度も繰り返された。

それはまるで、風邪と一緒に恋の熱ももらってきたようだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...