名前を決めてーコノキモチニー

鏡恭二

文字の大きさ
13 / 13
第2章 名前を決めて一ウケツガレタキモチ一

空虚と覚悟

しおりを挟む
 ここは、梶山会・縦浜南記念病院の医局。

スクラブに白衣、ステートを首にかけた女性が、一礼する。

まどか💛「今まで本当にありがとうございました。先輩方のおかげで、無事に研修を終えることができました」

彼女は、まもなく精神科の専門医として独り立ちしようとしていた。

如月雄二「君は元々優秀だった。あの小児の腸重積、見抜いたのは君の助言だ。助かったよ」

エスプレッソマシンの前で如月がコーヒーを注ぎ、ひと息つく。

如月「次は穴沢会・中澤山病院の精神科に行くんだって?」

まどか💛「はい。人と向き合うには、一番いい場所だと思って……」

彼女の胸には、金髪のある男の言葉が残っていた。

『人と向き合え――』

まどか💛「ここも、あと1ヶ月なんです。荷造りが大変で……」

如月「よかったら手伝おうか。……その代わり、飯でも行こうよ。2人きりで――フフフ」

その目線を、横から思い切り叩く女がいた。

丸山直美「調子に乗んな、バカ。姫川さんにも田山さんにも同じこと言ってたって聞いたよ。それに、あんたの机の上の“アレ”、どうにかしなさい!」

如月「いだっ!? わかったってば!」

まどか💛は笑いながら言った。

まどか💛「……やっぱり、自分でがんばります」

このやり取りにも、もう慣れっこだ。

夜勤明けの朝。

まどか💛「恭二さん……人と向き合うのって、難しいね……」

無意識に漏れた言葉に、如月が反応する。

如月「ん? 恭二? 誰だそれ」

まどか💛「あっ、親戚です。ちょっとした……」

まどか💛は、ふっと窓際に立つ。

まどか💛「――私に、人の心の温かさを教えてくれた人」

その背中に、丸山がにやりと笑いながら声をかける。

丸山「……まどかの“好きな人”ってわけね?」

まどか💛「ちがっ……そんな、わけないじゃないですか!!」

仮眠室のソファでまどか💛は少しだけ横になる。

――気がつくと、夢の中で叫んでいた。

まどか💛「恭二‼️……恭二‼️」

誰かが倒れている。人だかりの中で――

「大丈夫ですか!?」

……ハッと目が覚める。ピンクのスクラブの看護師がのぞきこんでいた。

姫川「白石先生、大丈夫ですか?」

まどか💛「……もう回診の時間ですね。203号室の大川さんは……」

香川政典、25歳、2児の父。失職と家族へのプレッシャーに耐えきれず、トラックに飛び込み搬送された。

まどか💛(体は問題なさそう……でも……)

その目が気になった。ビー玉のように、空っぽで、感情が抜け落ちていた。

数日後、退院が決まる。

如月「裂傷も安定してるし、退院でいいってカンファで決まったよ」

まどか💛はうなずくが、何かが胸に引っかかっていた。

退院当日――

典子「さ、帰るよ。政典」

香川政典「……ホントウニアリガトウゴザイマシタ」

満面の笑顔。けれど――

まどか💛(……なに、この違和感)

ぎこちない抑揚。まるでセリフのような言葉。

行こうとする香川の背を追おうとするが――

木原「先生、203の田川さんのレボフロキサシン、もうやめても大丈夫そうですね?」

まどか💛「……ええ、やめましょう。食欲も戻ってきてるから」

振り返ったときには、もう香川の姿はなかった。

夕方のニュース。

アナウンサー「25歳の男性が交差点でトラックにはねられ――」

画面に映る名前。

『香川政典』

まどか💛「……やっぱり……」

無意識に、机にあった鳩サブレーの箱を掴み、ビリビリに破いた。

丸山「……どうしたの? 大丈夫?」

まどか💛は立ち尽くしたまま、小さくつぶやく。

まどか💛「……大丈夫」

でも――涙が止まらなかった。

まどか💛「……んなの、わかってる……でも……助けたかったのに……!」

丸山は黙って、まどか💛を抱きしめた。

彼女はその胸の中で、声を上げて泣いた。

まどか💛「……スッキリした」

丸山「やっぱ、まどか💛には精神科が似合うよ」

そんな冗談に苦笑しながら――

医師として、人と向き合う覚悟を決めた。

午後の仕事が始まる。

Nsステーションに向かう白衣の背中は、どこか誇らしげだった。

この第2章で、まどか💛は「精神科医」として本当のスタートラインに立ったのです。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...