ダントン回想録

大変よくできました

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回想録1

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皆さん、はじめまして。
私の名前はダントンと申します。恐れ多くもラ・トゥールの家長を務めております。
家長とは言っても、生まれは男爵家の三男坊です。
 男爵の生まれと言っても、祖父の代で得た爵位以外、何の取り得もありません。高位貴族はもちろん、同じ位の貴族からもあまり相手にされない様な家でした。
ましてや私は三男坊、家督を継ぐ事もなければ騎士になる気もない…ただただ、家の食い扶持を減らす厄介者でした。見た目も、まぁご覧の通りです。
 
 苦肉の策で、両親は私を大学へ通わせてくれました。少しでも役に立つと思ったのでしょう。もし容姿が恵まれていたなら大学など行かずとも婿の貰い手があったのかもしれません。それでも進学を許してくれた事には今でも感謝しております。

 しかしながら、当の私ときたら趣味のパイプをふかし、日々出される医学の論文を読みふけっていたのです。中にはにわかには信じがたい突飛なものもありましたが、それもまた一興です。
 医師になれば多少稼ぐことも出来たでしょうが、医師になる気もなく、世に出される論文のように何か考えて書くということもしませんでした。そんな生活を続けているうちに、あっという間に22歳を迎えました。
 
 その頃になると、兄嫁からの冷ややかな目線が重くのしかかる様になりました。両親は私に大学という救いを与えてくれたのに、義姉の目だけは世の中の容赦ない目そのものでした。
 その為、夜会やサロンには必ず顔を出すしかありません。それは単なる礼儀ではなく、世の中の視線に順応する為の私なりの策略でもありました。
 私は昼から夜まであちこちへ顔を出しました。それが招待状が必要のない夜会ともなると、身も心も休まりません。
 それでも兄嫁からのあの恐ろしいとも、哀れみとも取れない視線を受けるよりははるかにマシでした。私は私なりに地道にコネクションを広げるしかなかったのです。
 
 そんなある夜会での事です。化粧とカツラの重さに辟易し、バルコニーへ抜け出しては、片隅でこっそりパイプを吹かしておりました。社交界でのこんな行為は許されません。誰かに見つかれば、非難されるのは必至です。それでも、溜まった鬱憤を少しでも和らげたくて――背徳の味を手に取るのです。
夜風に当たりながら三口ほど吸った頃です。
「ふふ…マナー違反だ。」
 愛らしい声の主が私の隣から聞こえました。
 流行のドレスと煌びやかな宝石に身を包んだ淑女。すぐに上位貴族の方だと分かりました。
 血の気が一気に引きました。直ぐに後ろにパイプを隠しましたが、もう後の祭りかもしれません。それでも愚かな私は抗うことを選びます。
 
 私が悪いことをしたと言えば、そこに居た淑女に事です。

「も、もも、申し訳ありません、マドモワゼル。貴方に気づかずここにおりました。
私の名はダントン。ダントン・ブランと申します。」
 少々どもりましたが、バレた以上焦りは禁物です。あとは淑女がキスを受ける為に手を差し出せば…許されたのも当然です。
 
しかし、彼女はそうしませんでした。扇を顎に当て、考え込んでいます。
「ダントン・ブラン? ブラン男爵家かな?ブランという苗字は多いからな。」
 どうやら家名を思い出そうとしているようです。――噂になったら、すべて終わりです。
 私の背徳行為が、これで世間に広まる――いや、もう広まったのかもしれない。胸の奥で小さな絶望が広がります。
 
「確かあそこはー…はて、なんだっけな…」
「マドモワゼル、思い出さなくてもいいこともたくさんあるんです。」
「え?あぁ、そう?」
 予想外にも彼女はあっけらかんとしていました。
「それなら隣、少し借りるね。」
  
屋内の貴族たちの会話の才を少しでも借りられたらと思いました。
 とても静かな時間を二人で過ごしました。不思議な事に隣の淑女は、ほかの淑女と違いきつい香水や体臭でもなく、香水本来の香りを漂わせていました。
 その香りは、私のパイプのにおいを消し去っていきました。
 
「タバコ、片付けてもいいよ?」
静寂を破ったのは彼女です。 
私は恥ずかしさを押し込め、手に持つパイプをしまおうとしました。
 
「…ねぇ、どうせなら吸殻を庭にまいちゃえば?」
 悪魔に魅入られた提案です。私は少し躊躇しましたが、吸殻を庭にまきました。
  
「ふふ、キミも私も悪だねぇ。」
 高貴な位の女性でも、こういった小さな悪戯は楽しいのでしょう。
 私は誰かに見られていませんようにと心の中で祈るだけでした。
 
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。」
思い出したかのように彼女は言います。
「私の名前はー…」
「マルグリットお嬢様!こちらにいらしたんですか!?」
焦った顔で現れたのは、彼女の侍女と思しき女性がバルコニーに乗り込んできました。
「やぁ、エマ。見つかっちゃったね。」
「見つかっちゃったじゃありません。ずっと探してたんですよ!?」
「…せっかく抜け出してきたのに。もう少し、夜風に当たらせてよ?」
彼女達の会話によると、どうやら淑女の方は私と同様パーティーを抜け出したようでした。

 エマ様が私に気づくと、値踏みするように全身を見定め、訝しげな顔をします。
「失礼ですが、こちらの殿方は?」
下位の人間と分かれば当然の反応です。それでも私は礼を尽くし挨拶をしようとしました。
「失礼しました。私はー」
「彼はダントン。私の友達で医者だ。」
マドモワゼルこと、マルグリット嬢が私を紹介して下さったのです。

 この瞬間をもって、私はただの男爵家の三男坊から医者となりました。
「ダントンとはさっきまで、バルビエ侯爵が書いた医学論文について話してたんだ。」
 直ちに理解しました。話を合わせろ、と。先程の二人での背徳行為を隠すためです。
「え、えぇ、ついでにクレマン医師の人体解剖学についても…とても、いい時間でした。」
頭の片隅で論文の内容を思い出し、少しでも会話を円滑にする為、話題を添えます。
 「あぁクレマン医師が最近出した瀉血以外による病を治す方法 だね?鼻水がそれだとか書いてあったけどもバカバカしくて笑ってしまったよ。」
素晴らしい事にあまり有名で無いクレマン医師の論文も彼女は知っていたのです。
 
「瀉血だってにわかに信じがたい。もしあれが本当なら月の物が来てる女はみんな健康だし長生きでしょ?」
そう言うとほんの少しだけ間が空きました。エマ様と私はリンゴのような顔になりました。
男性の前でそんな事を言う淑女は後にも先にも出会ったことがありません。
 
「お、お嬢様ー!!なんてはしたない!!!」
「あー、だから男は寿命短いのかな?今度領民たちにやらせてみようかな?定期的な瀉血…じゃなくて月の物をどうやっ…」
「も、もう!もう!!お嬢様!!!先ほどからお父様がお待ちなんですから行きますよ!!!」
それ以上は言わせないとばかりに、エマ様はマルグリット嬢の話を折ります。
「ごめん、ごめん。エマ、ちょっと待ってよ。」
マルグリット嬢もう慣れているのでしょう。穏やかにエマ様をなだめると、私の元に来ました。
 そして―……耳元であの愛らしい悪魔の声が囁くのです。
「タバコ、今度はバレないようにね。」
 胸が早鐘の様に高鳴りました。
 目を細め、口角の上がった彼女の笑顔は忘れられません。彼女は侍女の元へ戻りました。そしてまた私の方へ顔を向けたかと思うと、「À bientôt(またね)」と呟いたのです。

マルグリット・ド・ラトゥール。
 この変わり者の淑女との出会いは、私の男爵家の三男坊という人生を大きく変えてくれたのでした。
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