ダントン回想録

大変よくできました

文字の大きさ
9 / 20

回想録9

しおりを挟む
 茶色い扉は金の縁に囲まれ、オリーブの葉のレリーフが施されております。

「それでは、どうぞ。」とゆっくりと扉が開かれます。
 先程案内された質素な部屋とは違い、金と白を基調とした大広間へ案内されました。
 天井絵画は複数の天使が舞い降りております。人の姿ではない姿からして、おそらく相当昔に描かせたものなのでしょう。色褪せぬように定期的に塗り重ねているのだと後に知りました。

 天使が目を向ける方角は大食堂の真ん中の大きな絵画に向けられています。
 それは、蛇に唆されて禁断の果実に手を伸ばすアダムとイブの姿でした。

 試されているのか、はたまたこの家らしいと申せば良いのでしょうか?
 ともかく、会場に入った私は大人しく侯爵を待たなければなりません。
 部屋に入ったからと言って勝手に席に座ったり移動したりするのはマナー違反です。
 
「やぁ、よく来てくれたな。」
 ダニエル=フランソワ・ド・ラ・トゥール侯爵、その人です。
 顔立ちは、少々目の彫りが異様に深く、鷲鼻にくすんだグレーの瞳でしたが、隈が酷く頬はコケておりました。身体つきは…少々……私の半分以下と申しましょうか。
 どうやらマルグリット嬢は全体的に父親似のようです。
 
「初めまして侯爵閣下。あー…この度はお招きいただき…ありがとうございます。」
 なんとか丁寧な言葉を探しますが、言葉も見つからず、目線も合わせられません。
「ふむ、緊張しているようだね。」
  あっさりと見破られました。
「だが、それでいい。ここでは誰もが緊張する。
 だが同時に…。」少し間があき、私を凝視します。
「余計な失敗も呼びやすい。」
  どこかバルビエ侯爵を思わせる柔らかさを含みながらも、一歩も踏み込まない距離を保っていました。
「ムッシュー・ダントン、緊張はなるべく隠しておくんだな。後で役に立つ。」

 顔に出すぎたのでしょうか。余計に汗が止まりません。
「席に着こう。食事を始めよう。」
 私はもううなずくだけで精一杯でした。
 ドラン家の代表として、ここに来て、私は生涯の汗を流したと言っても過言ではありません。
 晩餐会という名の侯爵家の家長と2人きりの食事が始まりました。

 食事の準備がされます。
 侯爵は慣れた手つきでナプキンを胸元に挟み込みます。私も同じタイミングで入れます。
 男爵家という立場でありますが、許されるマナーと教養が全然違うのです。
 今まで教えてもらった教養はすべて水に流れたかのようです。
 ここは兎に角、侯爵閣下に合わせながら、侯爵閣下より後に、侯爵閣下に失礼のないような会話を選ばなくてはなりません。
 そこだけは最低限死守すればいいのです。
 例えナイフとフォークを落とすことがあっても、そこさえ守っていれば、家族諸共に生きていけます。

 長テーブルの奥から、執事が順に料理を運んできます。
 まずは温かなスープ。続いて魚料理、そして肉料理。
 テリーヌは脇に控え、次の合図を待っているようでした。
 本来なら、どこから手を付けても咎められる事はありません。
 けれど今夜は違います。侯爵閣下が先に食べた物が最初の料理になります。
 選ばれたのは、フィナンシェ以上に私の好きな肉料理でした。
 1口、侯爵閣下が食べたら、私も同じように食べます。
「ふむ、今日も美味いな。」
 
 侯爵閣下が褒めます。ええ、それは素晴らしい味でした。肉料理なのに、油がほとんど浮きません。それでも歯を入れれば、確かに肉の食感がありました。何かいつもの肉料理の食感と少々違う感じがしましたが、緊張のせいかもしれません。チラリと侯爵閣下を見ると普通の反応です。
 
 侯爵閣下はゆっくり楽しむことなく、早く肉料理を平らげてしまいました。
「美味い料理は、すぐに食べてしまう癖があってね。すまない。」
「あ、あぁいいえ。お気になさらずに。」
「そうか。なら良い。」
 黙々と食事が始まります。美味しい料理は会話を弾ませることはできず、食べることに夢中にさせるのです。
 こればかりは、私も美味しい料理に安心して舌鼓を打ちました。
 侯爵閣下が「美味い。」といえばそうなのです。早食いもきっと、日々多忙な御身だからでしょう。

 こうして私と侯爵閣下の食事が始まるのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

別れ話

はるきりょう
恋愛
別れ話をする男女の話

やさしいキスの見つけ方

神室さち
恋愛
 諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。  そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。  辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?  何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。  こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。 20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。 フィクションなので。 多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。 当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...