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回想録15
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他愛のない話をしながら彼女は、城のすぐ傍にある屋敷へと連れていってくれました。
傍と言っても歩いて20分程かかります。少々疲れましたが、許容範囲内です。
「ダントン、朝ごはんはまだだよね?」
「えぇ…まだ食べてはないです。」
「それなら良かった。」
彼女は屋敷に入るなり、中に一人の男性がおりました。
身なりからすると執事…補佐でしょうか。
「ダントン、今からこの人に着いていって、着替えておいで。じゃあロドルフ、よろしくね。」
「かしこまりました。お嬢様。」
一体何が始まるのでしょう。ロドルフは、部屋に案内すると、特に何も言うことなく「こちらにお着替え下さい。」と乗馬服を渡してくれました。
乗馬…にしては何かおかしい気もしなくはないですが、言われるがまま着替えるしかありません。
もしかしたら本当に乗馬かもしれませんからね。
着替え終わると、彼女はなんと男装のように乗馬服に着替えておりました。
あ、足の形を見せるとはなんとも大胆です。
しかし、馬はおりません。
「ダントン、あそこにあるもみの木が見えるかい?」
とマルグリット嬢が指を差すのは、薄らともみの木にも見えなくもない木がありました。
「ここから、あそこまで…また戻ってくるとなると、往復3キロぐらいなんだ。」
「……はぁ。」
「ロドルフ、今は何時?」
「9時58分でございます。」
「そう。なら、いい時間だ。」
なにか嫌な予感がしました。こんな時の勘というのは、当たると言うのが相場です。
「それじゃあダントン、走ろうか。」
その日、朝食を食べることは許されず、ただひたすら走らされました。
貴族が走るだけというのは、まずあり得ません。すぐに足はもげそうになり、呼吸も苦しくなりましたが、マルグリット嬢は走ることを止めません。
多少速度は遅くなっても足を止めるなというのです。
走るたび、執事補佐――ロドルフは無言で紙に何かを書きとめました。
そして大量の水分補給。
水を飲めるという事実そのものに、私は驚いておりました。
私が普段口にする飲み物といえば、紅茶か酒のどちらかです。
「今朝、井戸の水を1度沸かしたんだ。大丈夫、安全は保証するよ。」
目の前でゴクゴクと飲むマルグリットを見て、疲れ果てている私も決心して飲みました。
もうここに貴族としてのプライドはどこにもありませんでした。
その次は30ポンドはあるだろう本を上げては下げるの作業を繰り返させられました。
本というより、もはや石の塊でした。
……それも全て、ロドルフが書き留めました。
ようやく昼食かと思えば、パンはありませんでした。
卵、鳥肉、そしてあまり食べ慣れない魚。
加えて、新鮮な野菜。
貴族が野菜を食べるなど、と思いましたし、正直、ここまでやる必要があるのかと疑問にも思いました。
しかし、それらは驚くほど甘みがあり、実に見事なものでした。
晩餐会の時も美味しい料理をいただきましたが、さすが、ラ・トゥール家に仕えるシェフであると、否応なく納得させられました。
彼女も同じものを口にしていました。
「キミだけ苦労はさせないからね。私も協力するよ。」
心強いその笑顔は私の味方であると同時に、しばらく、私は家とこの屋敷を往復する覚悟も必要になりました。
「それから今日から、ダントンと私は同じ敷地に住むよ。」
「……へぇ!?」
心臓が止まるかと思いました。
婚約者とはいえ、未婚の男女が同じ屋敷に住むなど、常識では考えられません。
「もしかして同じ屋敷だと思ってる? あくまで敷地の話だよ。
さすがに未婚の男女が同じ家に住むのは、体裁が悪いでしょ。」
どうやら、その辺りの概念は、彼女にも存在しているようでした。
「それにキミの父上と母上には、今朝の執事がもう説明してるから時間は掛からないと思うんだ。」
「マルグリット嬢、それは…どういう意味で?」
「何って、そりゃキミはこの家の婿養子になる予定だからね。」
……私が婿養子に?
理屈は分かります。
私はドラン家の三男坊。
男爵の地位も継ぐことはない、ついこの間までちょっとした医者として活動していただけでした。
条件のみなら…可能なのです。
プロポーズをしたのは私で、彼女がお嫁に来てくれるものだとばかり思っていましたが、婿養子までは頭が回っておりませんでした。
畳み掛けるように彼女は私に言います。
「ここ侯爵家だよ?はて、持参金…足りなかったかな?」
今頃両親が何も考えずにサインをしていることでしょう。
こちら側からの特別な条件もなく、しっかりと頂戴しているのが目に浮かびます。
世間のお嬢さん方が、他家にお嫁に行く気持ちがほんの少しだけ分かりました。
「…謹んで、受け取ります。」
「ふふ、良かった。」
昼食の後は、彼女と馬車に乗り領土を案内されました。規律の整った本当に素晴らしい領土でした。
そして、ある施設へと案内されました。
「ここでね、色んなことをしてるんだ。」
私は改めて、ラトゥール一族の凄さに感服しました。
その施設ではみな、同じような白いガウンをはおり、また部屋によって研究内容も違い、その記録や成果を書き記していたのです。
「論文を読むだけじゃなくて、目で見て観察をする。それがここの知恵としての最初の場所さ。」
次に庭に案内されると、そこにはガラスで囲われた部屋でした。
もうこれだけでいくらかかるのでしょう。
目眩がします。
そこには珍しいアロエなど、暖かい所でしか咲かないとされる植物がありました。
「まだ育てられない植物もいっぱいあるけど、いずれ全ての植物もここで育てるつもりさ。」
そっと植物に触れ感触を確かめるマルグリット嬢。
「ここはね、大学で学んでも学び足りない人や…神を否定するつもりはないけど、神の領域と言われてる真理を知る人達が、日夜研究してるんだ。」
「マルグリット嬢も……そこに?」
「うん。父が許してくれる限りは、私も一緒に色々研究に参加してる。」
本当にありとあらゆる知識を彼女は欲している様でした。
昼の光はガラスでできた部屋をさらに温め、外の夏風が恋しくなります。
「ダントン、キミと結婚する"条件"は2つ。
1つ目は、今の食生活と運動をしてもらうこと――。
2つ目は、今日から医師として研究者としてここで働いてもらうことだ。」
傍と言っても歩いて20分程かかります。少々疲れましたが、許容範囲内です。
「ダントン、朝ごはんはまだだよね?」
「えぇ…まだ食べてはないです。」
「それなら良かった。」
彼女は屋敷に入るなり、中に一人の男性がおりました。
身なりからすると執事…補佐でしょうか。
「ダントン、今からこの人に着いていって、着替えておいで。じゃあロドルフ、よろしくね。」
「かしこまりました。お嬢様。」
一体何が始まるのでしょう。ロドルフは、部屋に案内すると、特に何も言うことなく「こちらにお着替え下さい。」と乗馬服を渡してくれました。
乗馬…にしては何かおかしい気もしなくはないですが、言われるがまま着替えるしかありません。
もしかしたら本当に乗馬かもしれませんからね。
着替え終わると、彼女はなんと男装のように乗馬服に着替えておりました。
あ、足の形を見せるとはなんとも大胆です。
しかし、馬はおりません。
「ダントン、あそこにあるもみの木が見えるかい?」
とマルグリット嬢が指を差すのは、薄らともみの木にも見えなくもない木がありました。
「ここから、あそこまで…また戻ってくるとなると、往復3キロぐらいなんだ。」
「……はぁ。」
「ロドルフ、今は何時?」
「9時58分でございます。」
「そう。なら、いい時間だ。」
なにか嫌な予感がしました。こんな時の勘というのは、当たると言うのが相場です。
「それじゃあダントン、走ろうか。」
その日、朝食を食べることは許されず、ただひたすら走らされました。
貴族が走るだけというのは、まずあり得ません。すぐに足はもげそうになり、呼吸も苦しくなりましたが、マルグリット嬢は走ることを止めません。
多少速度は遅くなっても足を止めるなというのです。
走るたび、執事補佐――ロドルフは無言で紙に何かを書きとめました。
そして大量の水分補給。
水を飲めるという事実そのものに、私は驚いておりました。
私が普段口にする飲み物といえば、紅茶か酒のどちらかです。
「今朝、井戸の水を1度沸かしたんだ。大丈夫、安全は保証するよ。」
目の前でゴクゴクと飲むマルグリットを見て、疲れ果てている私も決心して飲みました。
もうここに貴族としてのプライドはどこにもありませんでした。
その次は30ポンドはあるだろう本を上げては下げるの作業を繰り返させられました。
本というより、もはや石の塊でした。
……それも全て、ロドルフが書き留めました。
ようやく昼食かと思えば、パンはありませんでした。
卵、鳥肉、そしてあまり食べ慣れない魚。
加えて、新鮮な野菜。
貴族が野菜を食べるなど、と思いましたし、正直、ここまでやる必要があるのかと疑問にも思いました。
しかし、それらは驚くほど甘みがあり、実に見事なものでした。
晩餐会の時も美味しい料理をいただきましたが、さすが、ラ・トゥール家に仕えるシェフであると、否応なく納得させられました。
彼女も同じものを口にしていました。
「キミだけ苦労はさせないからね。私も協力するよ。」
心強いその笑顔は私の味方であると同時に、しばらく、私は家とこの屋敷を往復する覚悟も必要になりました。
「それから今日から、ダントンと私は同じ敷地に住むよ。」
「……へぇ!?」
心臓が止まるかと思いました。
婚約者とはいえ、未婚の男女が同じ屋敷に住むなど、常識では考えられません。
「もしかして同じ屋敷だと思ってる? あくまで敷地の話だよ。
さすがに未婚の男女が同じ家に住むのは、体裁が悪いでしょ。」
どうやら、その辺りの概念は、彼女にも存在しているようでした。
「それにキミの父上と母上には、今朝の執事がもう説明してるから時間は掛からないと思うんだ。」
「マルグリット嬢、それは…どういう意味で?」
「何って、そりゃキミはこの家の婿養子になる予定だからね。」
……私が婿養子に?
理屈は分かります。
私はドラン家の三男坊。
男爵の地位も継ぐことはない、ついこの間までちょっとした医者として活動していただけでした。
条件のみなら…可能なのです。
プロポーズをしたのは私で、彼女がお嫁に来てくれるものだとばかり思っていましたが、婿養子までは頭が回っておりませんでした。
畳み掛けるように彼女は私に言います。
「ここ侯爵家だよ?はて、持参金…足りなかったかな?」
今頃両親が何も考えずにサインをしていることでしょう。
こちら側からの特別な条件もなく、しっかりと頂戴しているのが目に浮かびます。
世間のお嬢さん方が、他家にお嫁に行く気持ちがほんの少しだけ分かりました。
「…謹んで、受け取ります。」
「ふふ、良かった。」
昼食の後は、彼女と馬車に乗り領土を案内されました。規律の整った本当に素晴らしい領土でした。
そして、ある施設へと案内されました。
「ここでね、色んなことをしてるんだ。」
私は改めて、ラトゥール一族の凄さに感服しました。
その施設ではみな、同じような白いガウンをはおり、また部屋によって研究内容も違い、その記録や成果を書き記していたのです。
「論文を読むだけじゃなくて、目で見て観察をする。それがここの知恵としての最初の場所さ。」
次に庭に案内されると、そこにはガラスで囲われた部屋でした。
もうこれだけでいくらかかるのでしょう。
目眩がします。
そこには珍しいアロエなど、暖かい所でしか咲かないとされる植物がありました。
「まだ育てられない植物もいっぱいあるけど、いずれ全ての植物もここで育てるつもりさ。」
そっと植物に触れ感触を確かめるマルグリット嬢。
「ここはね、大学で学んでも学び足りない人や…神を否定するつもりはないけど、神の領域と言われてる真理を知る人達が、日夜研究してるんだ。」
「マルグリット嬢も……そこに?」
「うん。父が許してくれる限りは、私も一緒に色々研究に参加してる。」
本当にありとあらゆる知識を彼女は欲している様でした。
昼の光はガラスでできた部屋をさらに温め、外の夏風が恋しくなります。
「ダントン、キミと結婚する"条件"は2つ。
1つ目は、今の食生活と運動をしてもらうこと――。
2つ目は、今日から医師として研究者としてここで働いてもらうことだ。」
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