平行世界の人肉塔

白い黒子

文字の大きさ
24 / 25

悪魔を道連れに

しおりを挟む
「ぐぅぅ!」

 あの人肉塔から飛び降りて数秒しかたっていないが、落下スピードは最高速度になり、空気の抵抗を全身で感じ、大きく口を開けると二度と閉じれないんじゃないかという不安から十分に息が吸えない。

 ゴゴゴゴゴっと耳が麻痺するほどの音。恐らく1分も経たないうちに僕は海に叩きつけられるだろう。それでまでに準備しなければならないことがある。

 轟轟と前からぶつかってくる風によって、ビデオカメラが吹き飛んでしまわないように、しっかりと右手で握る。フォルネウスを左腕でホールドしながら、左手を使い、カメラのモニターを下に向ける。

「ううっ!」

 瞼の隙間に強烈に風が入ってくる感覚。思わず目を閉じる。くそっ!と口に出しては言えないため心の中でつぶやく。ここで、バランスをくずし、フォルネウスに回している左腕を離してしまったら、僕がやりたいことが出来なくなってしまう。

「ふっ!」

 左腕をさらにきつく絞める。フォルネウスの洗脳はまだ解けていないようで、うんうんと唸っているのが耳に吹き付ける風の爆音に隠れて小さく聞こえる。


 月明かりが反射する波の穏やかな海面が近づいてきた。

 もし風でバランスを失って準備が手遅れになってはいけないと思い、さっそく、僕の頭の中に浮かんだ作戦を実行していく。

 左腕にひっかけていたフォルネウスの首を左手で掴み、風の抵抗を受けながら、左腕をいっぱいに伸ばす。右手に持っているカメラのレンズに彼の顔が映せるようになった。

「フォルゥネウスゥ!カメラのレンズっ!レンズを見ろ!」

 吹き付ける風に発音を邪魔されながらも、洗脳をかけられているフォルネウスに指示を出す。

「んんっん」

 喉から声を何とか出そうとしているフォルネウスだが、それは出来ず、渋々カメラの丸いレンズを見つめる。

 今、カメラのモニターにはカメラ目線のフォルネウスが映っているはずだ。カメラのモニターは今海側に向いている。

 フォルネウスは悪魔、鏡、そして、すべて自分がしたことだという彼女のヒントから、一つの可能性を見出した。

 僕が6日の深夜2時24分に行った合わせ鏡。あれは失敗していたわけではなかった。成功していたんだ。怖くなって途中でやめただけで、きっとあのまま続けていれば・・・・・・。

 エレベーターや『飽きた』と同じように、あの合わせ鏡も違う世界に穴をあける効果があるのだろう。そして、その穴を通るためのキーポイントはなんなのかを考えた。エレベーターなら手順を守り、案内役の彼女に出会う事こと、『飽きた』ならその世界へ行きたいという強い思い、そして鏡ならば、深夜2時24分、鏡に写った手持ち鏡の中に写る悪魔と目を合わせること。
 
「うううっ」

 気を失わないように、一生懸命に意識を保ちつつ、これから訪れる一瞬のチャンスを待つ。

 そう、もしこの状況で合わせ鏡を実行するならば、僕が持っているビデオカメラと悪魔の名を持つフォルネウス。そして、それを映す海面。

 海に叩きつけられる直前、海面ぎりぎりまで近づいたとき、ビデオカメラの光は海に反射し、合わせ鏡が出来るはず。フォルネウスにレンズを見させておいたのは、海面に写るモニターを見るだけで、フォルネウスと目を合わせることができるようにするためだ。

 落下スピードを考えれば、この作戦はほぼ不可能だと思う。しかし、やってみるしかない。失敗すれば、フォルネウスと一緒に海に叩きつけられ、即死。結果的に見れば、僕は死ぬが世界の危機を救う。それでもいい。だが、僕が体を持ったまま生き、フォルネウスを野望を打ち砕くためにとるべき行動はきっとこれしかない。

 不安要素は、成功したとしても、その先がどんな場所になっているか、僕の体どう変化するなど予想することは出来ないこと。


 海面がさらに近づく。時間てきにはもう02:24分のはずだ。元いた世界の僕も、あのお風呂場でオープニングトークを撮り終え、合わせ鏡を始めたころだろう。

 頼む・・・・・・成功・・・・・・してくれ!

 海面まで約数メートル。僕の全身の毛穴はガン開き。フォルネウスをささえる左手は汗ばみ、今僕が何を感じているのかもわからない。右手に握ったビデオカメラ。レンズを見つめ、何かを言いたそうにしているフォルネウス。

 耳に当たる風の音にはもう慣れ始め、遠くから海の波の音がかすかに聞こえ始める。

 そして、月の光が雲によって遮られ、海は真っ暗な鏡となった。

 近づく海面。死の恐怖を感じながらも、海面に写るモニターをたとえ一瞬でも見逃さないよう、予測を立て、視線を固める。

 そしてその時が来る。

 海面に、自分たちの影が濃く映されていく、そして、その中に光る長方形が見え始める。僕の視線はその中に映る悪魔の目を・・・・・・捉えた。



 数分前。

「ちょっと、嘘でしょ?そんなことしたら、フォルネウスが死んじゃうじゃない!」

 舵夜がとてつもないスピードで塔から落下するのを感じたドゥルジは持ち場を離れ、海岸沿いに来ていた。

「あぁ・・・・・・嘘嘘・・・・・・いやよ、まだ種明かししてないのにこれじゃ・・・・・・これじゃ・・・・・・尽くし損よ!」

 この世界にはもう愚かな人間はいない。もし、フォルネウスは死んでしまえば、残るはローズルのみ。

「嫌よ!あなたがいないと私、退屈じゃないのよぉ!」

 ドゥルジは膝をつき、泣き叫ぶ。

「あのガキ!絶対に許さないわ!許さないわぁ!」

 そして、男二人の塊は海面へ向かっていった。

「あああああああああああああ!!」

 ドゥルジは崩壊した。



 一方、塔の上にいたローズルは、二人が飛び込んだあと、何か狙いがあるのかと思い、二人の影を追いかけ、ずっとフォルネウスをの洗脳状態を維持していた。そして、二人が海に落ちたというのに、水しぶきをあげていないことと兄と舵夜の存在がこの世界から消えたことに気づく。

「もしかすると・・・・・・」

 ローズルは立ち上がり、そして心からこみ上げる喜びに顔を緩ませる。

「やったのだな!少年!あーはっはっはっ!」

 兄の束縛はもうないのだといううれしさがこみ上げる。彼の笑い声は、塔の上から夜空に吸い込まれていった。












 グゥゥゥゥゥゥゥン!

「!」

 僕とフォルネウスはスピードを保ったまま落下したが、海面にぶつかったような感覚はなく、むしろ、さっきまで感じていた空気抵抗は一切なくなり、耳にも風の音は聞こえなくなった。代わりに、車でトンネルに入ったかのような音と暗闇が目の前に広がる。

「一体何をしたのだ!」

「なっ!」

 ローズルの視界から外れ、フォルネウスの洗脳が解けたのだろうか、僕の体をいきなり蹴飛ばす。左手は彼の首を離してしまい、そのままフォルネウスと反対側へ飛ばされる。僕の体はくるくると回り、手を広げて止めようとしたが、掴むことも抵抗することもできず、止まるのに時間がかかった。どうやらここは無重力空間らしく、暗黒で包まれていた。

「はははっ!そうか、これが世界の狭間なのだな!でかしたぞ!」

 フォルネウスは暗闇を嬉しそうに眺める。

「なん・・・・・・だ?」

「?」

 僕の声だが、僕が出した声ではない。声のするほうを向く。どうやら頭の上から聞こえたようだ。

「あっ・・・・・・あれは!」

 僕だ。僕がこっちに向かって鏡を向けている姿が見える。やはり、今の瞬間はあのときと繋がっていたんだ!

「あそこに行けばいいのだな!」

 フォルネウスは手をくいっと動かし、その僕のいる世界めがけて上昇を始める。無重力空間かつ触れるものがないはずなのになぜ動けるんだ?

 そうか・・・・・・鎖だ。彼は腕に鎖を巻いていた。それを使って自分の体を引っ張っているんだ!

「くそっ!待て!」

 懸命にばたばたと動くが、全然うまく進めない。むしろ上下に向きが変わってこれを続けていたら気持ちが悪くなる。

 だが、気分が悪くなるからフォルネウスを止めなくてよいというわけではない。このままでは彼は僕の世界へ行ってしまう。

 僕の家族、学校の友人、先輩、世界中の人々が犠牲になってしまうことは間違いない。それだけは絶対に許してはならない!

「田中!舵夜!合わせ鏡をやめろ!やめろぉぉ!」

 大声をだし、鏡の前にいる無知な自分にことの緊急性を伝える。

 フォルネウスは僕の大声に見向きもせずにどんどん境界に近づいていく。

「やめろぉっ!鏡を外せ!」

 もう一度叫ぶ。声が枯れ始める。僕の必死な声が届き始めたのだろう向こうの僕が首を傾げ始め、こちらに顔を近づけ始める。よしいいぞ!そうだ、もっとだ!

「その間抜け面をもっと見せろばかやろう!お前のせいで僕はこんなにも辛い目にあったんだぞ!これからお前もおんなじ目に会うんだ!ざまあみろぉ!」

 言ってやった。自業自得とはこのことだと思うが、少しすっきりした。向こうの世界の僕は、恐怖を感じたのだろうか。得体のしれない恐ろしいことが起きようとしていることに気づいてくれたのだろうか、勢いよく鏡をはずす。そのとたん、暗闇から波のような力がもの凄い勢いで僕たちの体を押した。

「そんなぁ!もう少しだったのにぃ!どうなっている?!わぁぁぁぁ!」

 フォルネウスは絶叫しながら、遥か遠くに流されていく。そして声は聞こえなくなる。

「うあぁぁぁぁ!」

 僕も例外ではなく、遠いどこかへ流されていった・・・・・・。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...