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「ちょっと、どうしたの。ぼーっとして」
彼女の声でふっと我に返った。
幼かった時の彼女が、今の怪訝そうな彼女の顔に変わる。
「ああ、ごめん。考え事してた」
「このタイミングで!?あなたって本当にひどいわよね。信じられない」
物思いに耽ったっていいだろ。こっちは今失恋したんだ。あの時ビービー泣いてたくせに。
一瞬かなりムッとしたが、アーサーの気持ちを知らない以上エリザベスに全く非はない。唇を尖らせながらごめん、と言った。エリザベスはまだぷんぷんと怒っている。顔が赤い。ああ、ムカムカする。
しかし次に彼女が言った言葉に、アーサーは耳を疑った。
「もう!私たち恋人になるのよね?なってくれるのよね?結婚、するのよね?」
「えっ」
「えっ」
目を見開いて絶句するアーサーに、エリザベスが少し驚いた顔をした。
「誰と誰が恋人だって?」アーサーは、信じられないものを見る目で言った。
エリザベスが戸惑う。金色の瞳が一瞬伏せられて、悲しそうにアーサーを見た。
「……どうしてそんなに意地悪なの。私の恋は叶うって言ったじゃない。私とあなたに決まってるでしょ」
「えっ」
「…………ねえ、まさか私の気持ちに気づいてなかったってこと?嘘でしょう、あなた私のことなら何でもわかるってあれだけ偉そうに言ってたじゃない」
「それ子どもの頃の話でしょ……覚えてないよ……」
「私はあなたの言葉、覚えてるのに!」
エリザベスの顔を凝視する。怒りと羞恥で赤くなった頰が可愛い。金色の瞳に涙が浮かんでくるのを見て、アーサーは混乱した。自分だけは彼女を泣かすまいと決めていた。けれどこれはどういう状況なのだろう。
「ご、ごめんエリィ。泣かないで」
「嘘。嘘でしょう、最悪!また振られた!」
ぼろぼろと涙をこぼす彼女に手を伸ばすと、彼女はいやいやと首を振り拒絶した。しゃくり上げながら、出て行って、とこぼす彼女を抱きしめる。金色の柔らかな髪の毛が頰に当たった。抱きしめたのは、初めてだった。
ああ、彼女が僕のために泣いている。
沸き上がってきたのは罪悪感と、震えるような喜びだった。
彼女にだけは知られたくなくて、何も言えずにさらに強く抱きしめた。
「女たらし……女の敵……大好き……」
腕の中で呪詛ととんでもなく可愛いことを吐き続ける彼女の声が掠れている。
可愛さが鈍器となって、アーサの心臓を殴り続けた。
ここまで悶える自分はどこかおかしくなったのではないかと心配になる。今まで抑えつけていた恋心の反動と、自分を好きだと告げる言葉の攻撃力が凄まじかった。必死で息を整えて、口を開く。
「僕も君が好きだ」
腕の中の彼女がピタッと止まる。息を吸い、「ーー騙されないわ」と彼女が言った。
「どうせそんなこと言って、臣下としてお慕いしておりました、とニヤニヤ笑うのでしょう。最低よ」
「それは本当に最低だな……違うよ、僕も君が好きなんだ。恋人になりたい、結婚したい。ずっとそう思ってた」
必死で言葉をかき集める。捻くれまくった初恋を、告白する日が来るなんて夢にも思っていなかった。うまく言えない。
もし彼女と政略結婚したとしても、僕は一生彼女に思いを告げることはないのだと。彼女を困らせることはしたくないと、祈りに近い気持ちでずっと思っていた。
「君は兄上が好きだったろう。義姉上と同じ香水をつけてるから、まだ兄上が好きなんだと。だから僕は君に思いを告げないでおこうって、ずっと……。なのに君が好きな人ができたとか言うから、すごく嫌だけど、君が幸せになれるならって」
「ちょっと、それこそ何年前の話なの……!?」
動揺したエリザベスが顔を上げる。まさか未だに初恋を引きずってると思われていたとは露ほどにも知らない顔をしていた。
「香水は、あなたが花の匂いを好きだと言ったから。その頃は失恋したてだったしどうせあなたのお家と縁のある人とは結婚ができないと思ってたから、あなたに恋してはなかったけれど。結婚するならあなたみたいな人がいいと思ってた」
「僕が好きと言ったから……」
自分でも覚えていない自分の好みを、今でも彼女は覚えていてくれた。
「兄様があんなことになって、私は本当に本当にショックだったし、あなたのお姉さまにも心の底から申し訳なかったのだけれど……あなたと結婚できるのかもって思って、ほんの少し嬉しかったの。それがショックで、何でそんな最低なことを思ったのかしらって考えて、あなたが好きだと気づいたの。……ごめんなさい」
「姉上は今、ものすごく幸せそうだから大丈夫」
泣きたいような甘やかな気持ちで、アーサーはエリザベスの髪を撫でた。込み上げてくる愛しい気持ちを抑えかけて、もう抑えなくても良いのだと、たまりかねて掬った髪の一房に唇を落とす。
きっと愛しているとは、こういう気持ちなのだと思う。そんなことはまだ恥ずかしくて、言えないけれど。今言える精一杯は、せめて。
「僕が今、どんなに幸せなのか伝えたら君は驚くと思うよ。大好きだ」
「あなたもばか者の仲間入りね。でも、絶対に私の方があなたを好きよ。ずっとこうして欲しかったの」
エリザベスが額をアーサーの胸にこすりつけた。許されることならこの場でのたうちまわりたいほどの可愛さだったが、グッと堪えて微笑を浮かべた。そんな彼を見て、「ようやく恋が実った」とエリザベスが無邪気に笑った。
さっきの彼女の言葉を、今は甘い気持ちで思い返す。
「……待って。エリィは僕が、君の恋心を知っていると思ってたんだよね?」
「ええ、そうよ」
「知っていた上で、結婚相手はエリィが決めることとか、君の恋は叶うとか言ってると思ってたの?どんだけ調子に乗ってる奴なの、それ」
「スカした男だなあ……ってイラッとしたわ。他の男と結婚したら、って言ってもあなた眉一つ動かさないし。悔しくて悔しくて、絶対いつか好きで好きでたまらなくさせてやるって思ったの。だけど、あなたはモテるって聞いたから。誰にも取られたくなくて告白したの」
はにかむエリザベスの笑顔は、アーサーの心にとどめを刺した。
「恋人同士になった私は、とっても可愛いはずよ。覚悟しててね」
アーサーの真っ赤になった姿を見て、エリザベスは声をあげて笑った。幸せそうな顔だった。
泣いている顔を見た時よりももっと大きな歓喜がアーサーの胸を突いた。
たまらなくなって、噛み付くようなキスをした。
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誤字報告ありがとうございます!修正しました!
とても助かりました✨ありがとうございます!
めっちゃ待ってた!!
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だがそれがいい!笑
きゃあ!こちらにもありがとうございます!!勢いが強くてめっちゃ嬉しいです!!笑
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