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恩寵
しおりを挟む国王から歓待を受けることはない。
使者がもたらされ、十分な感謝の言葉と共に、金貨と褒美の品が与えられる栄誉に預かれる。
ただ、それだけだ。
男爵という地位は、それほどに低い。
王族がわざわざ出向いて厚く遇するなど、夢のまた夢に近い。
「陛下から、希望があれば訊いてくるように、と申しつけられております」
使者となって来たのは、内務大臣の妻でもある、侯爵夫人だ。
見るからに豪奢な装いで現れた彼女と、自分の身に纏うドレスを無意識のうちに比較している自分を、ミリアは恥じた。
自分は神から与えられた命令を全うしたのだ。
これはたまたまやってきた副産物。
贅沢を望んではいけない、と自戒する。
「――どんな希望でも宜しいのですか」
「ある程度なら、ですけれども。一応、伺いましてよ」
侯爵夫人は優雅に羽飾りのついた扇子で自らを扇ぎ、そう言った。
口元をそれで隠したのは、下級貴族がどんな望みをするのか、表情につい出てしまった嘲りを隠すためかもしれなかった。
ミリアはあらかじめ考えていたことを願いでる。
「……伯爵家との縁を切り、侯爵様の配下へと」
「それは現実的ね。陛下をお救いした神の使徒が手に入るなら、安いものだわ。もっとも、伯爵家は廃絶になるでしょう。あのような忌まわしい魔女をこの世に産みだしたことだけでも、罪に値する」
「他にも」
「いいですわよ。おっしゃってみなさいな」
「子供たちの学院への入学を、お願いしたいのです。後見人に侯爵様が立っていただければ、それだけで我が家の将来は安泰です」
「それは――後見人は、いずれ相応しい格式ある家柄の者を据えましょう」
「そう、ですか」
侯爵はこの国で王族以外でいえば、五指に入る実力者だ。
彼の後ろ盾があれば、子供たちの苦労も少ないと思われた。
それが難しいのは、やはり、下級貴族という身分のせいか。
自分のした行いに相応しい褒美とは何なのか。疑問に感じるミリアだった。
続く侯爵夫人の言葉に、心配は杞憂に終わる。
「教会が貴方を欲しています。そこには関わらないように」
「えっ……どういうことでしょうか」
「王よりも法王が強い政治など、陛下は望んでおられない。そういうことです、誓えますか? 誓えるならば、学院はおろか、その後も侯爵家が続く限り、支援は怠りません」
驚きだった。神は王を救おうとしたのに、法王と王が権勢を争っているなんて。
自分が政治のようい駒にされそうになっていることを、強く自覚する。
教会は神と言葉を交わした、などと公言すれば、下手すれば宗教裁判扱いになってしまう。
神託を受ける相手は法王。そう決まっているのだから。
「私は王国貴族ですから。陛下への忠誠を誓います」
「そう。それならば、安心ね。お子様たちの就学だけれども……」
と、侯爵夫人は言葉を切った。母親の顔つきになり、何かを思案する。
提案は同じ母親の目線からのものだった。
「国内にいては利用されやすい、とも思うわ。貴方がこれからどのような再婚相手を選ぶか、女男爵として生きるかは自由だけれど、国内では学院を運営するのは教会だし。帝国辺りに留学だって――ね」
「しかし、それでは離れてしまいます」
「あら。御自身も付いて行かれてもよいのでは? 国外で静かにその活躍を隠して生きるのも、一つの幸せかもしれない。侯爵閣下の配慮した土地、その支援を受けての留学となりますが」
政治からも宗教からも縁遠い土地で、再起しろ。
子供たちが成長したら、国内で活躍させてやる。
そう、言われていた。
受けていいものか、これは新たな闇への誘いなのか。逡巡し、相手の意図を計りかねる。
と、脳内で声がした。
エリオルのものだった。
『帝国はいい。魔法が強い。宗教よりも法律が成長した文明国だ。選ぶなら、悪くない選択だね』
(神よ――。こんな時にだけ神託ですか!)
あれからしばらく連絡がないと思っていたらこれだ。
人心を超越した存在の考えることは理解が及ばないものだった。
受ければいいと、エリオルは言う。
それが最善なのだろう。
「では――」
それから半年して、ミリアと家人、息子たちを含めた男爵一家が、帝国へと移住した。
そこには、人の姿を取ったエリオルもなぜか、同行していたという。
不遇だった男爵夫人は、こうして幸せを手にしたのだった。
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