お飾りの側妃となりまして

秋津冴

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 冬に竜を見送り、春に竜を誘って月日は流れていく。
 二度目の見送りが終わった冬のことだった。

 あのおチビちゃんと思しき真っ青な水竜が、数百とはいる彼らの群れから離れ、わたしの離宮の真上を二度、三度旋回してから、戻って行ったのは。

 群れの中では赤い飛竜がその場に滞空して、心配そうに彼を待ってた。
 イリヤやアート王国の人々はおチビちゃんの来訪を恐れていたようだったけれど、陛下はそれを笑って見ておられた。

 このころから、彼――ヴィルスの体調が悪くなっていったのだ。
 宮廷の口さがない者たちは、それを竜の呪いだと言って恐れているらしい。

 けれど、陛下はそんなものは迷信だと、彼らを一括し、黙らせてくれた。
 弱った声、足腰はもはや立たなくなり、病床から起き上がれない状態でも、気骨だけはまだまだ元気だった。

 春が訪れ、私は十八歳に。義理の息子であるラベル王太子は十三歳を迎えたそのころ。
 アート国王ヴィルスは永眠した。

 まだ四十五歳だった。
 早すぎる死、若すぎる終焉は、国内外に波紋をもたらす。

 その後を継いだ王弟ルイゼル様は、新国王として幾つかの改革を提言した。
 国を豊かにすること、公国と親しくなること、帝国との距離を置くこと。

 側妃の任が終わり、わたしは爵位を側妃から侯爵夫人と格下げされ、離宮に残ることを許された。
 義理の息子、ラベルは王太子から王子へとなり、次の王太子にはルイゼル王の息子が名乗りを上げた。

 前国王派の重臣たちは軒並み窓際へと追いやられ、宮廷の勢力図は一変した。
 様変わりした、といえばジュディ王妃だ。

 彼女はそのままルイゼル王の王妃になるのかと思いきや、夫の死を悼んで(いたんで)公国へと戻ると宣言。
 それは公国とアート王国の縁が切れることを意味していたから。

 考えた末、ルイゼル王はジュディ王妃を王太后ではなく、前国王夫人という名目で離宮に残ってもらうことにした。
 なぜか、ジュディ王妃……元国王夫人はその地位を要求せず、静かに余生を暮らしたいと望んでのだ。

 ルイゼル王は公国から彼女の従姉妹にあたる、エリス公女を王妃として新たに迎えることで、とりあえずの決着はついたように見えた。

 そしてさらに二年。
 わたしは二十歳となり、数人の騎士や侍女たちとともに寂しく、離宮で暮らしてた。

 いやのんびりと、というべきかもしれない。
 このころになると、おチビちゃんは月に数回は必ず離宮へとやってきて、わたしだけ懐くと、普通では考えられない奇跡が起きていた。

 彼にわたしの名前の一つである、アルドと名付けたのは内緒だ。
 そんなアルドとの楽しい一時を味わっていると、急な来客がきた。

 誰かと思い、応対してみると、久しぶりに顔を見たジュディ元国王夫人と……もう一人。茶色の髪をした少年と青年の合間をある、男性がそこにはいた。

 一目でわかる。大好きだった彼の面影を濃く受け継いだその眼差し。
 ラベル王子、その人だった。

「他では口にすることができない相談に来たのです」
「相談? これはまた珍しいですね」

 ジュディ様の歯にものが詰まったような物言いに、わたしは首を傾げる。
 それを補うように、ラベル王子が口を開いた。

「実は今度、国王陛下の御命令で、妻を迎えることになりました」
「あら。それはおめでとうございます。この二年間、ほとんど政治とはかからない場所にいましたので……。何も知らず」
「いえ、これはまだ明らかにされてないことです」
「それならば公開されるまで、秘密にしておきましょう。ところでどこのどなたと?」

 興味本位で尋ねたその一言が失敗だった。
 訊かなければよかったのに、と今更ながらに後悔する。

「あなたですよ、フィラー侯爵夫人」
「……は?」

 思わず目が点になった。
 そう。わたしはフィラー侯爵夫人と呼ばれている。

 前国王の側妃だった女だ。その女と、王子が結婚する……つまり、それは義理の息子に下賜された妻、ということになる。なんとも無情な話ではないか。

 どこの誰がそんな嫌味のようなことを思いつくのか。

 公国との関係性を深めたいからということで、帝国の人質のようなわたしを、王子に下賜すればこの王国内での血の継承は行われる。

「お怒りになられるのは、ごもっともだと思います。三国の利害を考えて国王陛下が下した決断だと、どうかご承知ください」
「わたしに否決する権利はありませんよ。所詮、人質としてやってきた女ですから。ところでどうしてそんな話を?」

 質問すると、二人は顔を赤らめて互いを見つめあった。
 その仕草は、まるで人には明らかにしていない恋人同士のようで。

 ジュディ様がどうして新国王の王妃にならず、独り身を貫こうとしたのか。
 これまで隠されていた事実がありあり浮かび上がってくる。

 その全てを、わたしは理解して、顔を青くした。

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