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第七話 北の辺境伯
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イザベラはある事故で眠っていた女神の本体を、左目に宿してしまったのだ。
その膨大な魔力に肉体が耐え切れず、彼女の左目のまぶたは醜く腫れあがり、いつしか顔の真ん中を中心として左右対称に妹と同じほどに美しい右半身と醜い左半身が同居するようになり、イザベラは「美醜令嬢」と揶揄されるようになった。
身に宿した魔力があまりにも膨大で、幼い彼女の才覚では溢れる力を制御できなかった。
更に大きな力は体内で奔流となり荒れ狂い、わずかに開いていた魔力を放出する穴のようなものを、奔流が壁となって塞いでしまったために、イザベラは魔法が使えない状態に陥った。
彼女の身に起きてしまった幸いにして不幸な出来事を見抜き、適切に処置ができるほどの能力がある魔法使いは、神殿にはいなかった。
今でこそ女神ラーダと会話をすることで、幾ばくかの奇跡を起こせるまでになったが、本来持っていた能力はどこかに消えて失せてしまった。
そんな悲惨で過酷な状況の中で妹の方が新たに魔法の才覚を開花させてしまったのだ。
偉大なる奇跡の力をその身に秘めているとはいえ、所詮は他人から与えられた能力。
自らの力で才能を花開かせた妹を、イザベラは誇りに思っていた。
ジェシカに聖女として栄光の路を歩いて欲しかった。
しかしそのために必要なことがいくつかあった。
そのうちの一つが、女神が神殿から遠く離れないこと。
妹の才能は女神の力が溢れる神殿の中でこそさらに花開いていく。
美しくみずみずしい大輪の華を彼女が咲かせるまで、イザベラはどんなに差別され虐げられても、神殿から長い期間離れるわけにはいかなかったのだ。
妹の成功を夢見る姉として、今ある不遇は女神を宿したことの試練だと割り切って来たのだ。
自分が不幸になっても、妹が幸せになるならば。誰からも賞賛を得ることのできる聖女になれるのであれば、どんな試練ですらも乗り切ってみせる。
その思いがイザベラの心を強くした。あの子の成功を見るためにずっとこの秘密を隠してどんな苦難でも歯を食いしばって生き抜いてきたのに。
「ラーダ、どうしよう……。わたし、あの子に恨まれたくない。お姉ちゃんが女神様を宿していたのを秘密にしていたなんて知られたら、ジェシカは絶対にわたしを許さない」
辺境伯は代々、その身に魔眼を受け継ぐと聞く。
ありとあらゆる真実を見抜くその眼は、空間を制御し結界のほころびをたちどころに癒すという。
「そんなもので見抜かれた日には。どうしよう、彼は、わたしたちのことを知って消えたのよ。そうじゃなきゃ」
こんな大金を残していくはずがない。
この金額はいわば同じ結界を維持することを運命付けられた仲間に対する、辺境伯からの励ましのような物だとイザベラは推察した。
嫌な予感が脳裏を突き抜ける。
左目に焼けるような感覚が走り、次の瞬間、部屋の扉が軽くノックされた。
灼熱の痛みが脳を焼きそうになる。
女神が何かを知らせようとしているらしいが、ラーダの力が膨大過ぎて、イザベラには何が何だか理解できない。
「っ……ッ! はいっ‥‥‥」
どうにか痛みをこらえて我慢を続けると、女神がようやく宿主の限界を察したのか、力を止めてくれた。
息も絶え絶えになりながら平常心を装って扉の向こうに返事をする。
「イザベラ、いるのか。神官長がお呼びだ、すぐに来いとおっしゃられている」
扉の向こうから男性の声がする。知り合いの神殿騎士の一人だと分かった。
神官長がこのタイミングで呼びつけるなんて……。
イザベラの背中に悪寒が走った。
ぬるっとした嫌な汗が全身を浸していく。
肚の底から冷え込む寒さを我慢しながら、イザベラは迎えに来た神殿騎士のあとに続き、神官長の部屋へと向かう。その足取りは重く、絞首台に上がる死刑囚のように小刻みに震えていた。
「イザベラ・ローズベルドです、入ります」
挨拶をして、中へと足を踏み入れる。
入ってすぐ、扉のすぐ向こう側には大きな窓があり、手前で燦燦と降り注ぐ陽光を浴びながら、一人の男性が執務机に向かい、なにやら書き物をしていた手を止めてこちらを見上げた。
長と名のつく者が身に着けることを許される朱色のローブ、その下には仕立ての良い開襟シャツと暖かそうな青いセーターを着込んだ彼は、真っ白な木綿のシャツに黒いスカート、藍色のジャケットをまとったイザベラとは比較にならないほど、贅沢な身なりをしていた。
「来たか、遅いぞ。腐った片割れが、私を待たせるとはいい度胸だな!」
神官長はまだ若い四十代、小太りで背が引くく、老人のように後退した頭髪は薄く、頭皮が執務机の後ろにある窓からの陽光を反射して、眩しい。
きらっと輝くそれから視線をずらしつつ、「何でしょうか、神官長」とイザベラは小動物が鳴くような声を出した。
「お前の罪を問おうと思ってな」
「罪……? ああ、花瓶の件ですか?」
「それだけではない!」
「ひいっ!」
彼は拳を固めて座っている執務机の上を叩いた。
上に並んでいたインク壺やペン立てが、軽く浮き上がる。
その勢いに思わず片目を瞑り、肩を引くと彼はイザベラの怯えた方を見て満足したのか、「腐った片割れが」ともう一度言い、机の上に肘をつき顎を乗せた。
その膨大な魔力に肉体が耐え切れず、彼女の左目のまぶたは醜く腫れあがり、いつしか顔の真ん中を中心として左右対称に妹と同じほどに美しい右半身と醜い左半身が同居するようになり、イザベラは「美醜令嬢」と揶揄されるようになった。
身に宿した魔力があまりにも膨大で、幼い彼女の才覚では溢れる力を制御できなかった。
更に大きな力は体内で奔流となり荒れ狂い、わずかに開いていた魔力を放出する穴のようなものを、奔流が壁となって塞いでしまったために、イザベラは魔法が使えない状態に陥った。
彼女の身に起きてしまった幸いにして不幸な出来事を見抜き、適切に処置ができるほどの能力がある魔法使いは、神殿にはいなかった。
今でこそ女神ラーダと会話をすることで、幾ばくかの奇跡を起こせるまでになったが、本来持っていた能力はどこかに消えて失せてしまった。
そんな悲惨で過酷な状況の中で妹の方が新たに魔法の才覚を開花させてしまったのだ。
偉大なる奇跡の力をその身に秘めているとはいえ、所詮は他人から与えられた能力。
自らの力で才能を花開かせた妹を、イザベラは誇りに思っていた。
ジェシカに聖女として栄光の路を歩いて欲しかった。
しかしそのために必要なことがいくつかあった。
そのうちの一つが、女神が神殿から遠く離れないこと。
妹の才能は女神の力が溢れる神殿の中でこそさらに花開いていく。
美しくみずみずしい大輪の華を彼女が咲かせるまで、イザベラはどんなに差別され虐げられても、神殿から長い期間離れるわけにはいかなかったのだ。
妹の成功を夢見る姉として、今ある不遇は女神を宿したことの試練だと割り切って来たのだ。
自分が不幸になっても、妹が幸せになるならば。誰からも賞賛を得ることのできる聖女になれるのであれば、どんな試練ですらも乗り切ってみせる。
その思いがイザベラの心を強くした。あの子の成功を見るためにずっとこの秘密を隠してどんな苦難でも歯を食いしばって生き抜いてきたのに。
「ラーダ、どうしよう……。わたし、あの子に恨まれたくない。お姉ちゃんが女神様を宿していたのを秘密にしていたなんて知られたら、ジェシカは絶対にわたしを許さない」
辺境伯は代々、その身に魔眼を受け継ぐと聞く。
ありとあらゆる真実を見抜くその眼は、空間を制御し結界のほころびをたちどころに癒すという。
「そんなもので見抜かれた日には。どうしよう、彼は、わたしたちのことを知って消えたのよ。そうじゃなきゃ」
こんな大金を残していくはずがない。
この金額はいわば同じ結界を維持することを運命付けられた仲間に対する、辺境伯からの励ましのような物だとイザベラは推察した。
嫌な予感が脳裏を突き抜ける。
左目に焼けるような感覚が走り、次の瞬間、部屋の扉が軽くノックされた。
灼熱の痛みが脳を焼きそうになる。
女神が何かを知らせようとしているらしいが、ラーダの力が膨大過ぎて、イザベラには何が何だか理解できない。
「っ……ッ! はいっ‥‥‥」
どうにか痛みをこらえて我慢を続けると、女神がようやく宿主の限界を察したのか、力を止めてくれた。
息も絶え絶えになりながら平常心を装って扉の向こうに返事をする。
「イザベラ、いるのか。神官長がお呼びだ、すぐに来いとおっしゃられている」
扉の向こうから男性の声がする。知り合いの神殿騎士の一人だと分かった。
神官長がこのタイミングで呼びつけるなんて……。
イザベラの背中に悪寒が走った。
ぬるっとした嫌な汗が全身を浸していく。
肚の底から冷え込む寒さを我慢しながら、イザベラは迎えに来た神殿騎士のあとに続き、神官長の部屋へと向かう。その足取りは重く、絞首台に上がる死刑囚のように小刻みに震えていた。
「イザベラ・ローズベルドです、入ります」
挨拶をして、中へと足を踏み入れる。
入ってすぐ、扉のすぐ向こう側には大きな窓があり、手前で燦燦と降り注ぐ陽光を浴びながら、一人の男性が執務机に向かい、なにやら書き物をしていた手を止めてこちらを見上げた。
長と名のつく者が身に着けることを許される朱色のローブ、その下には仕立ての良い開襟シャツと暖かそうな青いセーターを着込んだ彼は、真っ白な木綿のシャツに黒いスカート、藍色のジャケットをまとったイザベラとは比較にならないほど、贅沢な身なりをしていた。
「来たか、遅いぞ。腐った片割れが、私を待たせるとはいい度胸だな!」
神官長はまだ若い四十代、小太りで背が引くく、老人のように後退した頭髪は薄く、頭皮が執務机の後ろにある窓からの陽光を反射して、眩しい。
きらっと輝くそれから視線をずらしつつ、「何でしょうか、神官長」とイザベラは小動物が鳴くような声を出した。
「お前の罪を問おうと思ってな」
「罪……? ああ、花瓶の件ですか?」
「それだけではない!」
「ひいっ!」
彼は拳を固めて座っている執務机の上を叩いた。
上に並んでいたインク壺やペン立てが、軽く浮き上がる。
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