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第一話
「痛みは酷いのか? もう大丈夫だ」
「……ありがとうございます。見知らぬ、旦那様」
訊いたこともないような優しさとたくましさが同居する声に問われて、私は顔を上げた。
ぶたれた頬が痛む中、助けてくれたある男性の胸に抱かれて、私は人生で最悪の瞬間を迎えていた。
浅黒く腫れあがっているだろう、顔の左半分のことを予想して、重くため息をつく。
咥内が殿下の拳で切れてしまったのか、鉄と血が混じり合った、奇妙な味がした。
「……いえ、大丈夫です‥‥‥」
頭の上から降って来たその心配してくれる一言に礼を述べ、しかし、彼の腕の中からは解放してもらえない。
背中には、「他人の女に手をだせばどうなるかを教えてくれる!」とか「ロイデン様、カッコイイ!」とか、もはや関わり合いたくないカップルの威勢だけは一人前の声が、投げつけられてくる。
「あなたに御迷惑が掛かります。放して‥‥‥お逃げになられたほうがいいかと」
「逃げる? この俺が、か。それはできない相談だ。ほっておけないだろう?」
私をふたたび、胸元深くに抱き入れて、彼はそう言ってくれた。
これは、殿下と私と、私から家族を奪った彼への復讐と。
そんな物語。
☆
嫉妬というものは醜い感情だ。
それがあるからこそ、人は、喜びや悲しみといった様々な別の感情を、心の内側から生み出せる。
だけどこの時。
私の心の中には、嫉妬と信じたはずの男性の裏切りに対する怒りだけが、渦巻いていた。
その日、いつものように学院に向かい講義を受け、午後からの王太子妃補教育の前に、一息をつこうと学友たちと食堂に向かっていたら、いきなり呼び止めれた。
相手は一組の男女。
その片方は、私と将来を誓い合っている男性だった。
「アイナ、お前に紹介したい女性がいる。彼女は、ミザリー。僕の新しい婚約者に迎える予定の女性だ」
「え‥‥‥でんか? 何を御冗談を。殿下の婚約者は、この私ひとりと決められております‥‥‥よ」
いきなり託された宣言の重さに、一語、一語の意味を確認しながら、私は問い返した。
自分の言葉がとぎれとぎれで、とても弱弱しい響きだと分かる。
果たしてこれで相手の耳に届いているのか、心配になるレベルだ。
だけど、私はそれほどに動揺し、それでも王太子妃補として現実を受け容れようと精一杯、頑張ったつもりだった。
「心配するな。何も問題はない。お前との婚約を解消したいのだ」
「え?」
言葉が喉の奥で詰まってしまい、そこから先に出てこなかった‥‥‥。
私の名は、レイダー侯爵令嬢アイナ。
十六歳‥‥‥いま目の前にいる一組の男女は、私の最も近いしかった人と、それを奪ったにくい女。
ただそれだけの存在だった。
「え、ではない。きちんとした応対を心がけろといつも、教えているではないか。また躾が必要なのか、情けない女だ」
「ひっ……」
私の口から、小さく悲鳴が漏れた。
それは冗談とか、単なる恐れに対してのものではなくて。
あからさまに恐怖を感じたから。
この殿下はしつけと称して、日を置かず私を殴り、蹴り、鞭でぶつのが趣味の最低男だった。
「……ありがとうございます。見知らぬ、旦那様」
訊いたこともないような優しさとたくましさが同居する声に問われて、私は顔を上げた。
ぶたれた頬が痛む中、助けてくれたある男性の胸に抱かれて、私は人生で最悪の瞬間を迎えていた。
浅黒く腫れあがっているだろう、顔の左半分のことを予想して、重くため息をつく。
咥内が殿下の拳で切れてしまったのか、鉄と血が混じり合った、奇妙な味がした。
「……いえ、大丈夫です‥‥‥」
頭の上から降って来たその心配してくれる一言に礼を述べ、しかし、彼の腕の中からは解放してもらえない。
背中には、「他人の女に手をだせばどうなるかを教えてくれる!」とか「ロイデン様、カッコイイ!」とか、もはや関わり合いたくないカップルの威勢だけは一人前の声が、投げつけられてくる。
「あなたに御迷惑が掛かります。放して‥‥‥お逃げになられたほうがいいかと」
「逃げる? この俺が、か。それはできない相談だ。ほっておけないだろう?」
私をふたたび、胸元深くに抱き入れて、彼はそう言ってくれた。
これは、殿下と私と、私から家族を奪った彼への復讐と。
そんな物語。
☆
嫉妬というものは醜い感情だ。
それがあるからこそ、人は、喜びや悲しみといった様々な別の感情を、心の内側から生み出せる。
だけどこの時。
私の心の中には、嫉妬と信じたはずの男性の裏切りに対する怒りだけが、渦巻いていた。
その日、いつものように学院に向かい講義を受け、午後からの王太子妃補教育の前に、一息をつこうと学友たちと食堂に向かっていたら、いきなり呼び止めれた。
相手は一組の男女。
その片方は、私と将来を誓い合っている男性だった。
「アイナ、お前に紹介したい女性がいる。彼女は、ミザリー。僕の新しい婚約者に迎える予定の女性だ」
「え‥‥‥でんか? 何を御冗談を。殿下の婚約者は、この私ひとりと決められております‥‥‥よ」
いきなり託された宣言の重さに、一語、一語の意味を確認しながら、私は問い返した。
自分の言葉がとぎれとぎれで、とても弱弱しい響きだと分かる。
果たしてこれで相手の耳に届いているのか、心配になるレベルだ。
だけど、私はそれほどに動揺し、それでも王太子妃補として現実を受け容れようと精一杯、頑張ったつもりだった。
「心配するな。何も問題はない。お前との婚約を解消したいのだ」
「え?」
言葉が喉の奥で詰まってしまい、そこから先に出てこなかった‥‥‥。
私の名は、レイダー侯爵令嬢アイナ。
十六歳‥‥‥いま目の前にいる一組の男女は、私の最も近いしかった人と、それを奪ったにくい女。
ただそれだけの存在だった。
「え、ではない。きちんとした応対を心がけろといつも、教えているではないか。また躾が必要なのか、情けない女だ」
「ひっ……」
私の口から、小さく悲鳴が漏れた。
それは冗談とか、単なる恐れに対してのものではなくて。
あからさまに恐怖を感じたから。
この殿下はしつけと称して、日を置かず私を殴り、蹴り、鞭でぶつのが趣味の最低男だった。
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