王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。

秋津冴

文字の大きさ
12 / 25

第十二話


 四頭建ての馬車の中。
 さしたる抵抗もなく、あっさりと学院の門扉は開かれた。
 ついさっき直面した危機からも、多分、学外に逃れることはできないと思っていた私の予想は、ここでもあっさりと覆える。
 
「……信じられないわ。こんなに、何事もなかったかのように、外に出られるなんて……」

 そう呟き、ふと、斜め前に座る彼‥‥‥まだ、名乗らない紳士が、目を細めるのを視界に収めた。
 やっぱり彼が何か裏工作でもしたのではないか、と思わざるを得ないことばかりだ。
 私の脳裏には外交官、という役職の前に『武官』という二文字が浮かんでいた。
 外務武官。
 それはつまり――国外のスパイを現わす、正式な名称だからだ。
 
「俺の顔になにか?」
「……もう、正直におっしゃったらいかがですか!」
「なにをだ?」

 彼はとぼけているのか、不思議そうな顔をしてこちらを見つめた。
 珍しいルビーのようなその目には、知的な光が宿っている。
 とても、この王国の情報を持ち出そうとしている悪者には、見えなかった‥‥‥。

「外務武官、という言葉を知っています」
「勤勉だな。将来は外交官を目指すのか」
「いえ、違います! あなたを、そのっ‥‥‥その、だから。殿下とのことは感謝しております。本当に‥‥‥あの日々は地獄でした。一瞬でも、救って頂いたことを感謝しております。だけど」

 あれ、私は何を言っているのだろう。
 彼を糾弾してことあらば、王国を守ろうとしていたのに。
 そんな薄っぺらい愛国心よりも、あの男に対しての怒りの方が余程、強かった。
 第二王子にしつけと称してぶたれ、身体に痛みを加えられるたびに、死にたいと思っていた。
 何も悦びなんかなかった。
 あんな非道な男の妻になることは、生き地獄だとさえ思っていた。
 なのに、誰も。
 いいえ、誰にもその苦しい思いを吐き出すことができなかった。
 ‥‥‥家を守らなきゃならないから。
 そのことが、私と私の心をがんじがらめにしてしまい、いつの間にか抵抗するって気力すら忘れてただ暴力に怯え婚約者の顔色を伺うだけの、飼い犬のような生き方を自ら受け入れていた。

「私は奴隷じゃない、犬じゃない、道具じゃない‥‥‥あんな男、好きじゃなかった。でも、家のことを考えたら、抵抗もできないし、告発もできない。王族を相手にすれば、待っているのは処刑だけだし・‥‥学院でも毎日、毎日。なのに、ここまで我慢してきたのに、婚約破棄なんて! 婚約破棄、なんて‥‥‥逃げたかったっ‥‥‥!」
「言われたとき、安心した?」
「……?」

 紳士の抑揚のない声でそう訊かれ、不思議と頷いている自分がいた。
 安心というよりも、安堵に近い。
 ようやく解放されるんだという、そんな想い。
 でも、棄てられたら、家はどうなるんだろうと、そんな想いが殿下に対して非難の声を上げさせた。
 これだけ我慢してきたのに。今更、棄てるなんて。
 殺してやりたい。
 そんなどす黒い思いが、あの時、胸の奥に渦巻いていたのは、隠しようのない事実だった。

「安心しました。それと、許せない、とも思いましたし。さっさと逃げ出したいとも思いました。でも、あなたがいてくれなければ、また同じ日々が続いたことでしょう。多分」
「側室はこの王国の法律では禁じていたのかな? なら、愛人、か。都合よく扱ってくれたものだ」

 彼はまるで、我が身に起こったことのように、怒りを込めてそう言った。

感想 17

あなたにおすすめの小説

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

貴方が望むなら死んであげる。でも、後に何があっても、後悔しないで。

四季
恋愛
私は人の本心を読むことができる。 だから婚約者が私に「死んでほしい」と思っていることも知っている。

失礼な人のことはさすがに許せません

四季
恋愛
「パッとしないなぁ、ははは」 それが、初めて会った時に婚約者が発した言葉。 ただ、婚約者アルタイルの失礼な発言はそれだけでは終わらず、まだまだ続いていって……。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

あなたの絶望のカウントダウン

nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。 王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。 しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。 ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。 「本当にいいのですね?」 クラウディアは暗い目で王太子に告げる。 「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。