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第十九話
お父様の知縁?
つまり、親戚や友人、知人ということになるけれど‥‥‥。
どういう意味、と私は首を傾げる。
事態の展開が早すぎて、ついていけなかった。
「聖女様をお呼びした。この国に、な」
「はい? あの聖教国を興して、三王国の一つといま、揉めていると噂の‥‥‥あの?」
「そうだ。聖女様を冠する聖教国はもとは海洋国パルシェストの一自治区に過ぎなかった。だが、その領主はわしの弟弟子に当たる。その縁を頼った」
「初耳です。そんな方がいようとは」
ああ、でも待って。
つい数時間前、いまお父様が座っていらっしゃるその席で、同じことを語っていた紳士がいた。
私をロイデンの暴力から救ってくれたあの紳士はとうとう名乗らずに去ってしまったけれど‥‥‥。
「バーゼナル」
「なんだと? わしの幼名だ」
「知っています。その名を知ると語る男性と会いました」
「本当か? どこでだ、どんな男だった!」
父は身を乗り出すといきなりそうまくしたてた。
どんな男と言っても、彼は彼でしかなくて。
「栗色の髪、真紅の瞳、長身で二十七? とか言っていたような。お祖父様の弟子だった、と」
「アレクセイ! あいつめ、わしに挨拶もろくにしない癖に、娘に会いに行くとは何事だ」
「……アレクセイ? どなた?」
「お前が会ったと言う、その男だ。容貌からして間違いない。どこにいた」
「学院に。外交官だと言って‥‥‥その。殿下にぶたれたところを助けられて、いえ。私が愚かだったのです、王族に歯向かうなど、一族を危険な目に晒してしまって」
「なにを馬鹿なことを! お前が謝ることなどなにもない。わしがこれまで黙っていたのは、お前たちが婚約した身だからだ。いかに娘とはいえ、婚約すればその身分は王太子妃補となる。一人前の貴族として扱われる。その両人が考え選んだことならば、誰も口出しはできない。だからだ」
「では、それでは私はどうすればよかったのですか? こんな消えない傷跡まで与えられてそれでも黙って過ごせばよかった? それが貴族の女の宿命だと教えられてきたからそうして来たのに!」
「……」
そう言うと、父は自分の言葉を悔やむようにして、顔を歪めた。
揺れ動く車内に車輪の音だけが虚しく鳴り響いていく。
数秒して、顔をあげた父の顔は、後悔の色で染まっていた。
「すまなかった。父親として全ての事を知りながら、貴族の娘だからとお前に無理強いばかりさせてしまった。すまなかった」
「そんな‥‥‥お父様」
父は深々と頭を下げて、私にそう言った。
普通の貴族なら、こんなことはありえないだろう。
家長というものは、この社会において絶対的で厳格なルールそのものなのに。
何よりもそのことを重んじる父親が自分のルールを曲げてまで謝罪してくれたことは、建前ではなく本音で私のことをまだ愛していると。
そう言ってくれているのと同じなのだと思うことができた。
それから、父親は顔をあげてこれからのことを話してくれた。
「今から向かうのは陛下のもとだ。命の危機から陛下をお救いしたことで、いくつかの恩賞が与えられる。そのために我々は、王宮に向かう。意味は分かるな?」
「あ、はい。それは理解できます。でもよかったのお父様。あの指輪を焼いてしまっては、彼との婚約を破棄したのと同じことに‥‥‥なってしまいます」
「気にするなあんなもの。さっきお前が言ったじゃないか。殿下から婚約破棄されたと」
「言いましたけど、でも」
「されたならされたで、それでいい。貴族の恥? そんなものは捨ててしまえ。国王陛下の命を救ったのだ。それに代わる名誉がどこにある。お前にその傷をつけるような男など、ふさわしくない。捨ててしまえばいいのだ」
「お父様‥‥‥」
それから場所が王宮につくまでの間、私は久しぶりに父親の胸に顔を埋めたまま、ずっと泣いていた。
お父様は私の化粧が流れ、その正装着の胸を醜く彩ったことに触れも怒りもせずにただ、抱き締めてくれた。
ロイデンに対する不満、死への恐怖、公務を果たせなかった自身の情けなさ、アレクセイというあの紳士に助けられた時の安堵。そして、ロイデンが気絶した経緯などを話して聞かせると、軽く嘲るように「情けない奴だ」と言ってから小さく息を吐いていた。
私よりもより澄んだアイスブルーのその瞳は、伝説にある永久凍土の下に燃え盛る白い炎の精霊のように、無機質で虚ろな怒りの炎をたたえているように見えた。
つまり、親戚や友人、知人ということになるけれど‥‥‥。
どういう意味、と私は首を傾げる。
事態の展開が早すぎて、ついていけなかった。
「聖女様をお呼びした。この国に、な」
「はい? あの聖教国を興して、三王国の一つといま、揉めていると噂の‥‥‥あの?」
「そうだ。聖女様を冠する聖教国はもとは海洋国パルシェストの一自治区に過ぎなかった。だが、その領主はわしの弟弟子に当たる。その縁を頼った」
「初耳です。そんな方がいようとは」
ああ、でも待って。
つい数時間前、いまお父様が座っていらっしゃるその席で、同じことを語っていた紳士がいた。
私をロイデンの暴力から救ってくれたあの紳士はとうとう名乗らずに去ってしまったけれど‥‥‥。
「バーゼナル」
「なんだと? わしの幼名だ」
「知っています。その名を知ると語る男性と会いました」
「本当か? どこでだ、どんな男だった!」
父は身を乗り出すといきなりそうまくしたてた。
どんな男と言っても、彼は彼でしかなくて。
「栗色の髪、真紅の瞳、長身で二十七? とか言っていたような。お祖父様の弟子だった、と」
「アレクセイ! あいつめ、わしに挨拶もろくにしない癖に、娘に会いに行くとは何事だ」
「……アレクセイ? どなた?」
「お前が会ったと言う、その男だ。容貌からして間違いない。どこにいた」
「学院に。外交官だと言って‥‥‥その。殿下にぶたれたところを助けられて、いえ。私が愚かだったのです、王族に歯向かうなど、一族を危険な目に晒してしまって」
「なにを馬鹿なことを! お前が謝ることなどなにもない。わしがこれまで黙っていたのは、お前たちが婚約した身だからだ。いかに娘とはいえ、婚約すればその身分は王太子妃補となる。一人前の貴族として扱われる。その両人が考え選んだことならば、誰も口出しはできない。だからだ」
「では、それでは私はどうすればよかったのですか? こんな消えない傷跡まで与えられてそれでも黙って過ごせばよかった? それが貴族の女の宿命だと教えられてきたからそうして来たのに!」
「……」
そう言うと、父は自分の言葉を悔やむようにして、顔を歪めた。
揺れ動く車内に車輪の音だけが虚しく鳴り響いていく。
数秒して、顔をあげた父の顔は、後悔の色で染まっていた。
「すまなかった。父親として全ての事を知りながら、貴族の娘だからとお前に無理強いばかりさせてしまった。すまなかった」
「そんな‥‥‥お父様」
父は深々と頭を下げて、私にそう言った。
普通の貴族なら、こんなことはありえないだろう。
家長というものは、この社会において絶対的で厳格なルールそのものなのに。
何よりもそのことを重んじる父親が自分のルールを曲げてまで謝罪してくれたことは、建前ではなく本音で私のことをまだ愛していると。
そう言ってくれているのと同じなのだと思うことができた。
それから、父親は顔をあげてこれからのことを話してくれた。
「今から向かうのは陛下のもとだ。命の危機から陛下をお救いしたことで、いくつかの恩賞が与えられる。そのために我々は、王宮に向かう。意味は分かるな?」
「あ、はい。それは理解できます。でもよかったのお父様。あの指輪を焼いてしまっては、彼との婚約を破棄したのと同じことに‥‥‥なってしまいます」
「気にするなあんなもの。さっきお前が言ったじゃないか。殿下から婚約破棄されたと」
「言いましたけど、でも」
「されたならされたで、それでいい。貴族の恥? そんなものは捨ててしまえ。国王陛下の命を救ったのだ。それに代わる名誉がどこにある。お前にその傷をつけるような男など、ふさわしくない。捨ててしまえばいいのだ」
「お父様‥‥‥」
それから場所が王宮につくまでの間、私は久しぶりに父親の胸に顔を埋めたまま、ずっと泣いていた。
お父様は私の化粧が流れ、その正装着の胸を醜く彩ったことに触れも怒りもせずにただ、抱き締めてくれた。
ロイデンに対する不満、死への恐怖、公務を果たせなかった自身の情けなさ、アレクセイというあの紳士に助けられた時の安堵。そして、ロイデンが気絶した経緯などを話して聞かせると、軽く嘲るように「情けない奴だ」と言ってから小さく息を吐いていた。
私よりもより澄んだアイスブルーのその瞳は、伝説にある永久凍土の下に燃え盛る白い炎の精霊のように、無機質で虚ろな怒りの炎をたたえているように見えた。
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