禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る

秋津冴

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第二話 禁書館ライフ

学園祭準備

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「これは絶対に無理です!  物理的に不可能です!  誰がこんな企画を考えたんですか!」
 私は教室で、クラスメイトたちが提案した学園祭の模擬店企画書を見て、頭を抱えていた。
 暗殺未遂事件から一週間が経った。その後、幸いにも新たな事件は起きていない。そして今、学園は年に一度の大イベント――学園祭の準備で盛り上がっていた。
 私たちA組も、クラスとして何か出し物をすることになったのだが――
「『空飛ぶレストラン』!? しかも『雲の上で食事を提供』!?」
 私は企画書を振りかざした。
「これ、どうやって実現するつもりですか、ゴードン!」
「いや、だって夢があるだろ!」
 例の爆発事故を起こしたゴードンが、ふんぞり返って言った。
「空飛ぶ魔法陣を作って、その上にレストランを建てればいいじゃん!」
「魔法陣で建物を浮かせるには、莫大な魔力が必要です!  それに、安全性の確保も――」
「ネイサがいれば大丈夫だろ? お前、魔法上手いし」
「私一人じゃ無理です!」
 教室が騒然となった。
「じゃあ、俺の案はどうだ!」
 別のクラスメイトが手を挙げた。
「『魔獣カフェ』!  本物の魔獣を呼んで、触れ合えるカフェ!」
「危険すぎます!」
「でも可愛いじゃん!」
「可愛いかどうかの問題じゃありません!」
 私は溜息をついた。
 みんな、発想は面白いけど、実現可能性を全く考えていない。
「あのー、私の案は?」
 リリアが控えめに手を挙げた。
「『王子様のおもてなしカフェ』。アーガム様に給仕してもらうの」
「却下!」
 私は即座に答えた。
「アーガム様を客寄せに使うなんて!」
「えー、でも人気出るよ?」
「ダメです!」
 その時、教室のドアが開いた。
「おーい、何か揉めてるみたいだけど、大丈夫か?」
 アーガムが顔を出した。
「あ、アーガム様!」
「殿下!」
 クラスメイトたちが一斉に振り返った。
「なんだよ、お前ら。学園祭の準備か?」
「はい! でも、企画が決まらなくて……」
 リリアが説明した。
「へえ、どんな案が出てるんだ?」
 アーガムが企画書を覗き込む。
「『空飛ぶレストラン』、『魔獣カフェ』、『王子様のおもてなしカフェ』……」
 彼は少し考えた後、言った。
「全部却下な」
「えー!」
「空飛ぶのは危ねえし、魔獣も危ねえ。それに、俺を使うのもナシ」
 アーガムはきっぱりと言った。
「もっとシンプルで、でも楽しい企画にしようぜ」
「シンプルで楽しい……」
 みんなが考え込んだ。
「そうだ!」
 アーガムが手を打った。
「料理対決、どうだ?」
「料理対決?」
「ああ。クラスメイトが作った料理を、お客さんに食べ比べてもらう。一番人気だった料理を作った奴が優勝」
「おお、面白そう!」
「それならできそう!」
 教室が盛り上がった。
「よし、じゃあそれで決まりだな!」
 ゴードンが宣言した。
 私は少しほっとした。
 現実的な企画になって良かった。
「じゃあ、料理の準備とか、誰が担当する?」
「俺、料理得意だから担当するわ!」
 アーガムが手を挙げた。
 え?
 アーガムが料理?
 何か、嫌な予感がする……



 翌日、準備が本格的に始まった。
 私は装飾担当に任命された。クラスの出店ブースを魔法で飾り付ける役割だ。
 一方、アーガムは料理担当として、厨房で準備をしていた。
「ネイサ、ちょっと味見してくれよ!」
 昼休み、アーガムが試作品を持ってきた。
「これ、俺特製の『マッスルステーキ』だ!」
「マッスル……ステーキ?」
 私は恐る恐る皿を見た。
 そこには、分厚いステーキが乗っていた。
 見た目は……まあ、普通だ。
「食ってみてくれ!」
「は、はい……」
 私はナイフで切って、一口食べた。
 ――硬い。
「どうだ?」
「……硬いです」
「だろ!」
 アーガムが嬉しそうに言った。
「この硬さが、噛む筋肉を鍛えるんだよ! 顎の筋トレになるだろ?」
「いえ、そういう問題じゃなくて……」
 私は必死に噛み砕いた。
 味は……悪くない。でも、硬すぎて顎が痛い。
「それに、このステーキ、プロテインをたっぷり染み込ませてあるんだ!」
「プロテイン……?」
「ああ! 筋肉を作るのに最高だろ!」
 アーガムは誇らしげだった。
 私は溜息をついた。
「アーガム様……これ、普通のお客さんには厳しいと思います」
「え、なんで?」
「硬すぎるし、プロテインの味が強すぎます」
「マジで?」
 アーガムは首を傾げた。
「俺は美味いと思うんだけどな」
「あなたの味覚が、筋肉寄りなんです」
「筋肉寄り……?」
「普通の人は、もっと柔らかくて、味付けもマイルドな方がいいんです」
 私は丁寧に説明した。
「それに、学園祭に来るのは、筋肉を鍛えたい人だけじゃありません」
「そっか……」
 アーガムは少し落ち込んだ。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「えっと……」
 私は考えた。
「まず、肉をもっと薄く切って、柔らかくしましょう。それに、プロテインは控えめに」
「でも、それじゃ筋肉が――」
「学園祭の目的は、お客さんに美味しい料理を提供することです。筋トレじゃありません」
「……そうだな」
 アーガムは渋々頷いた。
「分かった。お前の言う通りにするわ」
「はい。一緒に作りましょう」
「え、お前も手伝ってくれるのか?」
「当然です。相棒でしょう?」
 私は笑った。
 アーガムも笑顔になった。
「ありがとな、ネイサ」



 それから数日間、私とアーガムは一緒に料理の試作を続けた。
 最初は筋肉料理ばかり作っていたアーガムだったが、徐々に普通の料理も作れるようになった。
「この照り焼きチキン、どうだ?」
「美味しいです! これなら、お客さんも喜ぶと思います!」
「マジで!?」
 アーガムは嬉しそうだった。
「お前が教えてくれたおかげだ」
「いえ、アーガム様の努力の結果です」
 私は笑った。
 料理を一緒に作る時間が、楽しかった。
 彼の不器用な手つき、真剣な表情、そして成功した時の笑顔――
 全てが、愛おしかった。
 待って。
 愛おしい?
 私は今、何を考えている?
「ネイサ? どうした? 顔赤いぞ?」
「な、何でもありません!」
 私は慌てて顔を背けた。
「そうか? なら、いいけど」
 アーガムは首を傾げながら、次の料理の準備を始めた。
 私は自分の胸に手を当てた。
 心臓が、激しく鼓動している。
 これは――
 いや、考えるのはやめよう。
 今は、学園祭の準備に集中しないと。

 一方、装飾の準備も順調だった。
 私は魔法で、ブースを華やかに飾り付けることにした。
「《光よ、花となれ――ライト・ブロッサム》」
 魔法陣から、光の花びらが舞い上がった。
 それは空中で優雅に舞い、ブースの周りを彩る。
「わあ、綺麗!」
「すごい、ネイサ!」
 クラスメイトたちが歓声を上げた。
「これ、学園祭当日もできる?」
「はい、魔法陣を設置しておけば、自動で発動します」
「すげえ! これなら、絶対に注目されるよ!」
 リリアが興奮していた。
「でも、ちょっとやりすぎかも……」
 私は不安になった。
 目立ちすぎるのは、良くない。
 正体がバレる可能性もある。
「何言ってんの! これくらいでちょうどいいよ!」
「そうだそうだ!」
 クラスメイトたちは大喜びだった。
 私は複雑な気持ちになった。
 16歳の学生として、クラスのために頑張る。
 それは、楽しい。
 でも、同時に――
 全てが嘘だという事実が、胸を刺す。
「ネイサ、大丈夫?」
 リリアが心配そうに聞いた。
「あ、うん。大丈夫」
「そう? 最近、ちょっと疲れてるみたいだから、心配で」
「ありがとう、リリア。でも、本当に大丈夫だから」
 私は笑顔を作った。
 リリアは優しい子だ。
 本当の友達になれたら――
 でも、それは無理だ。
 私は、彼女を欺いている。
 年齢も、正体も、全てが嘘。
 そんな私に、友達を作る資格があるのだろうか。
「ねえ、ネイサ」
「何?」
「学園祭、一緒に回ろうね!」
「え?」
「だって、友達でしょ? 一緒に楽しまなきゃ!」
 リリアの笑顔が、眩しかった。
「……うん。一緒に回ろう」
 私は頷いた。
 嘘でもいい。
 この瞬間だけは――
 本当の16歳の女の子として、学園生活を楽しみたい。



 学園祭前日。
 最終準備が行われていた。
 私は装飾の最終チェックをしていた。
「魔法陣の配置、良し。魔力供給、良し。発動タイミング、良し」
 完璧だ。
 これなら、当日も問題なく作動するだろう。
「ネイサー! ちょっと来てくれ!」
 アーガムの声がした。
「どうしました?」
「料理の盛り付け、どうすればいいか分かんなくて」
 厨房に行くと、アーガムが皿の前で悩んでいた。
「この照り焼きチキン、どう盛り付ければいい?」
「えっと……」
 私は考えた。
「まず、チキンを斜めに切って、重ねるように盛り付けましょう。それから、付け合わせの野菜を添えて……」
 私は実際にやって見せた。
「おお、すげえ! めっちゃオシャレになった!」
「盛り付けも大事ですからね」
「お前、料理もできるのか?」
「少しだけ。師匠の家で、たまに作ってましたから」
「万能だな、お前」
 アーガムが感心したように言った。
「そんなことないです」
「いや、マジで。魔法も上手いし、料理もできるし、頭もいいし」
「それは……」
 私は照れくさくなった。
「でも、アーガム様だって凄いです。料理、すごく上達しましたよ」
「それは、お前が教えてくれたからだ」
 アーガムが笑った。
「俺一人じゃ、絶対にできなかった」
「二人でやったから、できたんです」
「そうだな」
 アーガムは私の隣に座った。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「お前と一緒にいると、楽しいな」
 突然の告白に、心臓が跳ねた。
「え……」
「いや、変な意味じゃなくてさ。相棒として、一緒に色々やるのが楽しいんだ」
「私も……楽しいです」
 本当だった。
 アーガムと過ごす時間は、かけがえのないものだった。
「学園祭、成功させようぜ」
「はい!」
 私たちは拳を合わせた。

 その夜、私は寮の部屋でランスと話していた。
「お前、最近いい顔してるな」
「そう?」
「ああ。楽しそうだ」
 ランスが尻尾を揺らした。
「学園祭の準備、楽しかったの?」
「……うん」
 私は素直に認めた。
「クラスのみんなと協力して、何かを作り上げる。それが、すごく楽しかった」
「それはいいことだ」
「でも――」
 私は言葉を濁した。
「でも?」
「任務を忘れるところだった」
 ランスは黙って聞いていた。
「私は、アーガム様を守るために来たのに……学園生活を楽しんでいる自分がいて……」
「それの何が悪いんだ?」
「え?」
「任務も大事だけど、お前の人生も大事だろ」
 ランスは真剣な表情で言った。
「お前、ずっと師匠の下で研究ばかりしてきたんだ。普通の学生生活なんて、経験したことないだろ」
「それは……そうだけど……」
「だったら、今を楽しめばいい。任務と両立すればいいじゃないか」
「両立……」
「ああ。どっちかを選ぶ必要はない。どっちも大事にすればいい」
 ランスの言葉が、心に染みた。
「それに」
 ランスがニヤリと笑った。
「お前、アーガムといる時、一番いい顔してるぞ」
「え……」
「気付いてないのか? お前、完全に恋してるぞ」
「こ、恋!?」
 顔が一気に熱くなった。
「違う!  私は、任務で――」
「嘘つけ。お前の目を見れば分かる」
 ランスは断言した。
「お前は、アーガムを愛してる」
「……っ」
 私は反論できなかった。
 なぜなら――
 ランスの言う通りだから。
 私は、アーガムを愛している。
 護衛対象としてではなく、一人の男性として。
「でも……」
「でも?」
「私は、彼を欺いてる。年齢も、正体も、全部嘘」
 私は拳を握った。
「そんな私に、彼を愛する資格なんて――」
「資格なんて、誰が決めるんだ?」
 ランスが遮った。
「恋に資格なんていらない。お前が彼を愛してる。それだけで十分だろ」
「でも、真実を知ったら、彼は――」
「その時はその時だ。今は、お前の気持ちに正直になれ」
 ランスはそう言って、丸くなった。
「明日は学園祭だ。楽しんで来いよ」
「……うん」
 私は小さく答えた。
 窓の外を見ると、星が輝いていた。
 明日は、学園祭。
 アーガムと一緒に、楽しい一日を過ごせる。
 その事実が――嬉しくて、そして切なかった。

 学園祭当日。
 朝から、学園は人で溢れていた。
 生徒だけでなく、保護者や一般の来場者も大勢訪れている。
「すごい人……」
 私は人混みに圧倒されていた。
「おう、ネイサ! 準備できたか?」
 アーガムが現れた。
 彼は料理人用のエプロンを着けている。
「はい、装飾も完璧です」
「よし、じゃあ開店だ!」
 私たちのブース『A組特製料理対決』が、オープンした。
 すぐに、お客さんが集まってきた。
「わあ、綺麗!」
「この光の花、すごい!」
 私の魔法装飾が、注目を集めていた。
「いらっしゃいませ!」
 リリアが元気よく呼び込みをする。
「今日は五種類の料理を用意しています! 食べ比べて、一番美味しいと思った料理に投票してください!」
 お客さんたちが、料理を注文し始めた。
「照り焼きチキン、お願いします!」
「クリームパスタください!」
 注文が殺到する。
 アーガムと他の料理担当が、必死に料理を作っていた。
「ネイサ、ちょっと手伝ってくれ!」
「はい!」
 私も厨房に入った。
「この野菜、切ってくれ!」
「分かりました!」
 私は野菜を切り始めた。
 慣れない作業だが、全力でやった。
「できました!」
「ありがとな! 次は盛り付け頼む!」
「はい!」
 私は盛り付けを担当した。
 美しく、丁寧に。
「おお、さすがだな!」
 アーガムが褒めてくれた。
 嬉しかった。
 みんなで協力して、お客さんに料理を提供する。
 それが、こんなに楽しいなんて。

 昼過ぎ、ひと段落ついた。
「ふう……忙しかったな」
 アーガムが汗を拭った。
「でも、お客さん、めっちゃ喜んでくれてたぞ!」
「そうですね。良かったです」
 私も笑った。
「ねえねえ、二人とも! 休憩しよう!」
 リリアが提案した。
「他のブースも見に行こうよ!」
「おお、いいな!」
 アーガムが賛成した。
「ネイサも行くだろ?」
「え、でも――」
「いいからいいから!」
 リリアに引っ張られて、私たちは学園祭を回り始めた。
 色々なブースがあった。
 お化け屋敷、射的、占いの館――
「これ、やってみようぜ!」
 アーガムが射的のブースを指差した。
「射的ですか?」
「ああ! 景品がもらえるらしいぞ!」
 私たちは射的に挑戦した。
 アーガムは――
 バシッ、バシッ、バシッ!
 全部の的を撃ち落とした。
「すげえ!」
「完璧です!」
 周囲から拍手が起きた。
「へへ、まあな」
 アーガムは照れくさそうに笑った。
「景品、これにします」
 彼が選んだのは――
 小さなぬいぐるみだった。
 黒猫のぬいぐるみ。
「ネイサ、これ」
「え?」
「お前の使い魔、黒猫だろ? だから」
 アーガムは私にぬいぐるみを渡した。
「これ……私に?」
「ああ。お礼だよ。学園祭の準備、手伝ってくれたし」
「あ、ありがとうございます……」
 私は胸が熱くなった。
 ぬいぐるみを大事に抱きしめた。
「喜んでくれて良かった」
 アーガムが笑った。
 その笑顔が――
 眩しすぎて、直視できなかった。

 夕方、再びブースに戻った。
 投票結果が発表される時間だった。
「それでは、発表します!」
 リリアが投票箱を開けた。
「第一位は……アーガム殿下の照り焼きチキン!」
「おお!」
 アーガムが拳を上げた。
「やったぜ!」
「おめでとうございます!」
 私も喜んだ。
 クラスメイトたちも、大喜びだった。
「アーガム様、すごい!」
「さすがです!」
 アーガムは照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、俺一人の力じゃねえよ。ネイサが教えてくれたおかげだ」
 彼は私を見た。
「ありがとな、ネイサ」
「いえ……こちらこそ」
 私は微笑んだ。
 二人で一緒に作り上げた、この成果。
 それが、何よりも嬉しかった。

 学園祭が終わり、片付けをしていた時だった。
「ネイサ」
 突然、知らない男子生徒が話しかけてきた。
「君の魔法装飾、すごく綺麗だったよ」
「あ、ありがとうございます……」
「良かったら、連絡先交換しない?」
「え……」
 私は困惑した。
 連絡先?
 なぜ?
「お前、何してんだ?」
 突然、アーガムが割って込んできた。
「ネイサに変なことすんなよ」
「変なことって……ただ連絡先を――」
「ダメだ。ネイサは忙しいんだ」
 アーガムは私の手を掴んで、引っ張っていった。
「ちょ、ちょっと、アーガム様!?」
「悪い。でも、なんか嫌だった」
「嫌?」
「ああ。お前が、他の奴と仲良くするの」
 アーガムは少し不機嫌そうだった。
「それって……」
「なんでもねえ。気にすんな」
 彼は私の手を離した。
 でも――
 その手が、わずかに震えていた気がした。

 片付けが終わり、帰り道。
 私とアーガムは一緒に歩いていた。
「今日は、楽しかったな」
「はい」
「お前と一緒に準備して、一緒に学園祭を回って――」
 アーガムは空を見上げた。
「すげえ、いい思い出になった」
「私も……同じです」
 本当だった。
 この一週間は、かけがえのない時間だった。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「これからも、ずっと一緒にいてくれるよな?」
 その言葉に、胸が締め付けられた。
 ずっと、一緒に――
 それは、叶わない願い。
 いつか、この任務は終わる。
 そうしたら、私は彼の前から消える。
 それが、運命だ。
「……はい」
 でも、私は嘘をついた。
「ずっと、一緒にいます」
「そっか」
 アーガムは嬉しそうに笑った。
 その笑顔を見て――
 私は決意した。
 この瞬間を、大切にしよう。
 いつか終わりが来るとしても。
 今は、彼の隣にいられる。
 それだけで、十分だ。

 その夜、部屋に戻ると、ランスが待っていた。
「お帰り。楽しかったか?」
「うん……すごく」
 私は黒猫のぬいぐるみを見せた。
「これ、アーガム様がくれたの」
「へえ。お前、完全に恋する乙女の顔してるぞ」
「もう、否定しないわ」
 私は認めた。
「私、アーガム様が好き」
「やっと認めたか」
 ランスが嬉しそうに尻尾を揺らした。
「で、告白するのか?」
「……できない」
「なんで?」
「だって、私は彼を欺いてる。年齢も、正体も、全部嘘」
 私はベッドに座った。
「そんな私が、彼を好きだなんて言えない」
「じゃあ、どうするんだ?」
「このまま……見守るだけ」
 私は空を見上げた。
「彼の笑顔を守る。それが、私にできる唯一のこと」
 ランスは何も言わなかった。
 ただ、静かに私に寄り添ってくれた。
 窓の外には、月が輝いていた。
 明日からは、また日常が戻ってくる。
 禁書館での勤務。
 暗殺者からの脅威。
 そして――
 隠し続けなければならない、私の想い。
 全てを抱えて、私は戦い続ける。
 アーガムを守るために。
 そして――
 この恋を、胸に秘めたまま。
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