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プロローグ
第五話 色を失って
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支度を整えると、マーシャは防犯スイッチを解除して、見えないカーテンを取り除く。
「お待たせしました、ドマッドソンさん。こちらお薬です」
声掛けをすると、老人は本に没頭していたのか、反応が遅かった。
二度、呼びかけてようやく、本から顔を上げる。
カウンターに歩いて来る彼を待ち、マーシャは手帳と薬の入った封筒、そして代金を請求する領収書を差し出した。
そこに記した金額、銅貨五百枚とはなかなかに高額だな、と自分でも渋い顔になる。
銀貨にしたら五枚だが、それでも普通の労働者の日当五日分ほどだ。
まだまだ庶民にとって、竜麟薬は簡単に手の届かない、高級なものだった。
事務的な薬の説明を終えると、ドレッドソンは懐から財布を取り出して、紙幣を一枚、カウンターに置いた。
白地に紫の縁取りが印刷された紙幣は、銀貨十枚分に相当する。
お釣りに銀貨五枚も持っていかれるのか、とマーシャの目は泳いだ。
紙幣を銅貨や銀貨に交換する時、数パーセントの手数料がかかるからである。
「釣りは結構。ありがとう、待ち時間が短くて助かるよ」
そう言い、財布を懐にしまう彼はまれに見る、上客だった。
立ち上がり、背を向けるドマッドソンが去る前にと、マーシャはさきほどの竜麟を魔法の炎で燃やし、ふうっと煙を拭きかけた。
見る者が見たら、青黒い霧のような薄い煙が、ドマッドソンにまとわりついたのが見えたことだろう。
そのまま彼の背に合った同色の「色」を吸い込み、やがて煙はどこかに消え失せる。
店の扉を出たドマットソンの背後には、常人が持っていて然るべき、淡いベージュの優しい色が乗っていた。
カウンターを出て入り口から顔を出し彼の姿が街角に消えていくまでじっと見送る。
彼の曲がった角から入れ違いになるように、従業員のカナタが戻ってきた。
彼女は立ち止まると、すれ違ったドマッドソンをじっと見送ってから店の中に戻って来る。
マーシャとカナタの背格好はよく似ていて、カナタの方は金髪に黒目と、二人揃ったら金銀華やかな様子を醸し出す。
「あの人に使ってあげたんだ?」
「そうよ。何か悪い色を持っていらしたから」
「へえー……なるほどねえ」
人懐っこい微笑みを浮かべて、カナタはうんうんとうなづく。
感心してくれるのは嬉しかったが、壁時計は彼女の休憩時間が十五分ほど延長されたことを示していた。
「昼休憩、十五分延長だから。その分、ただ働きね」
「えっ、ちょっ、マーシャ? 待って待って、美味しいパスタがある屋台見つけたから!」
明日の昼休み、そこに案内するからどうか今回は見逃して。
くりくりとさせた大きな瞳で懇願する、護衛兼店員はなんとなく犬の様で可愛らしい。
「仕方ないわね。あなたのおごりなら、勘弁してあげる」
「給料日前なのに!」
そんなあ、と肩を落とすカナタを尻目に、マーシャはさきほど、ドマッドソンが座っていた場所の片付けを始めた。
紅茶のカップと、水の入ったコップ。それと彼が貪るように読みふけっていた……。
「恋愛小説? 男性が、なんでこんなもの。お好きなのかしら?」
外見とイメージのギャップが激しい顧客だったなと思う。
その恋愛小説は、隣国で数十年前にあった戦争の時、国が二つに分かれてしまい引き裂かれてしまった恋人たちの悲しみと再会の喜びを記したものだ。
人の趣味は分からないものだなと思いながら、マーシャは本を棚に戻したのだった。
「お待たせしました、ドマッドソンさん。こちらお薬です」
声掛けをすると、老人は本に没頭していたのか、反応が遅かった。
二度、呼びかけてようやく、本から顔を上げる。
カウンターに歩いて来る彼を待ち、マーシャは手帳と薬の入った封筒、そして代金を請求する領収書を差し出した。
そこに記した金額、銅貨五百枚とはなかなかに高額だな、と自分でも渋い顔になる。
銀貨にしたら五枚だが、それでも普通の労働者の日当五日分ほどだ。
まだまだ庶民にとって、竜麟薬は簡単に手の届かない、高級なものだった。
事務的な薬の説明を終えると、ドレッドソンは懐から財布を取り出して、紙幣を一枚、カウンターに置いた。
白地に紫の縁取りが印刷された紙幣は、銀貨十枚分に相当する。
お釣りに銀貨五枚も持っていかれるのか、とマーシャの目は泳いだ。
紙幣を銅貨や銀貨に交換する時、数パーセントの手数料がかかるからである。
「釣りは結構。ありがとう、待ち時間が短くて助かるよ」
そう言い、財布を懐にしまう彼はまれに見る、上客だった。
立ち上がり、背を向けるドマッドソンが去る前にと、マーシャはさきほどの竜麟を魔法の炎で燃やし、ふうっと煙を拭きかけた。
見る者が見たら、青黒い霧のような薄い煙が、ドマッドソンにまとわりついたのが見えたことだろう。
そのまま彼の背に合った同色の「色」を吸い込み、やがて煙はどこかに消え失せる。
店の扉を出たドマットソンの背後には、常人が持っていて然るべき、淡いベージュの優しい色が乗っていた。
カウンターを出て入り口から顔を出し彼の姿が街角に消えていくまでじっと見送る。
彼の曲がった角から入れ違いになるように、従業員のカナタが戻ってきた。
彼女は立ち止まると、すれ違ったドマッドソンをじっと見送ってから店の中に戻って来る。
マーシャとカナタの背格好はよく似ていて、カナタの方は金髪に黒目と、二人揃ったら金銀華やかな様子を醸し出す。
「あの人に使ってあげたんだ?」
「そうよ。何か悪い色を持っていらしたから」
「へえー……なるほどねえ」
人懐っこい微笑みを浮かべて、カナタはうんうんとうなづく。
感心してくれるのは嬉しかったが、壁時計は彼女の休憩時間が十五分ほど延長されたことを示していた。
「昼休憩、十五分延長だから。その分、ただ働きね」
「えっ、ちょっ、マーシャ? 待って待って、美味しいパスタがある屋台見つけたから!」
明日の昼休み、そこに案内するからどうか今回は見逃して。
くりくりとさせた大きな瞳で懇願する、護衛兼店員はなんとなく犬の様で可愛らしい。
「仕方ないわね。あなたのおごりなら、勘弁してあげる」
「給料日前なのに!」
そんなあ、と肩を落とすカナタを尻目に、マーシャはさきほど、ドマッドソンが座っていた場所の片付けを始めた。
紅茶のカップと、水の入ったコップ。それと彼が貪るように読みふけっていた……。
「恋愛小説? 男性が、なんでこんなもの。お好きなのかしら?」
外見とイメージのギャップが激しい顧客だったなと思う。
その恋愛小説は、隣国で数十年前にあった戦争の時、国が二つに分かれてしまい引き裂かれてしまった恋人たちの悲しみと再会の喜びを記したものだ。
人の趣味は分からないものだなと思いながら、マーシャは本を棚に戻したのだった。
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