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俺はさらに話を続けた。
他の誰かから、疑わしいなんて横槍が入る前に、この一件を片付けなければならない。
なぜかって?
二階から階段をおりてこようとする、教授連の一団が目に入ったからだ。
何もかもをやめようにされてはたまらない。
せめて、エヴァには問題がなかったということを明らかにしておかなければ、これから半年の間、彼女は嘘と現実の狭間で生きることになるのだから。
「邪魔が入る前にさっさと続けるぞ。マシューが嫌がっていたあの匂いだが、これにも理由がある。聖女に選ばれた女性に相応しい相手かどうか、母君の喪がふけるまで女神様はその夫となるべき人物に、いくつかの試練を与えると言っていた。その一つが‥‥‥あの香りだ」
「え、じゃあ、なに? エヴァ嬢が焚いていたというそのお香は‥‥‥?」
と、タイミングよくグスカールが合いの手を入れてくれた。
いいぞ、後から礼に食事とワインもつけてやろう。
「それについてはエヴァ。どうなんだ?」
え? と蚊帳の外にいた彼女がいきなりの質問に肩を震わせた。
香りを焚いていたかどうかだけだ。
答えられるだろう?
俺の無茶ぶりに、最初は戸惑っていたものがやがて落ち着きを取り戻すと彼女はゆっくりと頷いて言った。
「あれは、単なる死者を弔うためのお香だから。そんなにきつい匂いではなかったと思う。それに、他の方々は‥‥‥男性の方も含めて、私を臭い、と罵られることはあまりなかったわ」
「ありがとう、エヴァ。そう思ってなくても、お前のことをいじめて罵った連中に関しては後からゆっくりと、裁くことにしような?」
「ええ、そうね」
エヴァは決しておとなしい女じゃない。
その銀色の髪の如く冷ややかで冷酷な刃のように研ぎ澄まされた心も持ち合わせているのだ。
これまで散々彼女のことをいじめ抜いてきた連中が、この後どんな目にあうのかと思うとちょっとかわいそうになったが‥‥‥。
「と、いうことは‥‥‥マシューは‥‥‥?」
「試されていた、ってことになる。女神様によって、な。だからもう少し我慢すればよかったんだ。そうしたら王位どころか、聖女を妻として月の女神の神殿に、君臨することができたのに」
「あー……マシュー。やっちゃったね」
「言ってやるな」
俺とグスタールのそんな会話を耳にして、周りの奴らは今度はマシューのことを馬鹿にするように、騒ぎ立てる。
まあ、好きにすればいい。
俺の放った蹴りの痛みから解放された後は、王宮で国王陛下と重臣の方々による審問が開かれるだろうから。
少なくともこの場所でこいつがやろうとしたことは、かなりの重罪だ。
下手すれば極刑は免れないだろうな。
‥‥‥馬鹿なやつ。
「ほらみんな、先生達がやってくるみたいだ。そろそろ解散としようじゃないか」
その言葉を合図にあれだけ群がっていた連中はさっさと教室に戻ってしまった。
教授たちは衛士にマシューを預けて、医務室へと連行したらしい。
この翌日から、第三王子の姿を学院で見ることはなくなった。
王宮でも、王族の方々が住まう離宮でも。
マシューの姿を目にすることはなくなった。
代わりに‥‥‥王族専用の墓地に、一つ墓石が増えたことだけは、記憶から拭えない思い出となった。
そして俺とエヴァのことだが。
学院を卒業して、彼女は俺が予言したとおり月の女神様の聖女として、神殿に身を置くことになる。
彼女は時折、昔を懐かしんで俺を神殿に招こうとした。
だけど、俺は行かなかった。
行くたびに、あの香りに苦しめられるからだ。
マシューの感じたあの腐臭にも近い匂い。
あの時期にこの匂いに苦しめられたのは、あいつだけではなかったことを、俺は誰にも言いたくない。
言わずに済ませるのがいいのだ。
結局、俺達は最後まで仲良し三人組では終われなかったのだから。
他の誰かから、疑わしいなんて横槍が入る前に、この一件を片付けなければならない。
なぜかって?
二階から階段をおりてこようとする、教授連の一団が目に入ったからだ。
何もかもをやめようにされてはたまらない。
せめて、エヴァには問題がなかったということを明らかにしておかなければ、これから半年の間、彼女は嘘と現実の狭間で生きることになるのだから。
「邪魔が入る前にさっさと続けるぞ。マシューが嫌がっていたあの匂いだが、これにも理由がある。聖女に選ばれた女性に相応しい相手かどうか、母君の喪がふけるまで女神様はその夫となるべき人物に、いくつかの試練を与えると言っていた。その一つが‥‥‥あの香りだ」
「え、じゃあ、なに? エヴァ嬢が焚いていたというそのお香は‥‥‥?」
と、タイミングよくグスカールが合いの手を入れてくれた。
いいぞ、後から礼に食事とワインもつけてやろう。
「それについてはエヴァ。どうなんだ?」
え? と蚊帳の外にいた彼女がいきなりの質問に肩を震わせた。
香りを焚いていたかどうかだけだ。
答えられるだろう?
俺の無茶ぶりに、最初は戸惑っていたものがやがて落ち着きを取り戻すと彼女はゆっくりと頷いて言った。
「あれは、単なる死者を弔うためのお香だから。そんなにきつい匂いではなかったと思う。それに、他の方々は‥‥‥男性の方も含めて、私を臭い、と罵られることはあまりなかったわ」
「ありがとう、エヴァ。そう思ってなくても、お前のことをいじめて罵った連中に関しては後からゆっくりと、裁くことにしような?」
「ええ、そうね」
エヴァは決しておとなしい女じゃない。
その銀色の髪の如く冷ややかで冷酷な刃のように研ぎ澄まされた心も持ち合わせているのだ。
これまで散々彼女のことをいじめ抜いてきた連中が、この後どんな目にあうのかと思うとちょっとかわいそうになったが‥‥‥。
「と、いうことは‥‥‥マシューは‥‥‥?」
「試されていた、ってことになる。女神様によって、な。だからもう少し我慢すればよかったんだ。そうしたら王位どころか、聖女を妻として月の女神の神殿に、君臨することができたのに」
「あー……マシュー。やっちゃったね」
「言ってやるな」
俺とグスタールのそんな会話を耳にして、周りの奴らは今度はマシューのことを馬鹿にするように、騒ぎ立てる。
まあ、好きにすればいい。
俺の放った蹴りの痛みから解放された後は、王宮で国王陛下と重臣の方々による審問が開かれるだろうから。
少なくともこの場所でこいつがやろうとしたことは、かなりの重罪だ。
下手すれば極刑は免れないだろうな。
‥‥‥馬鹿なやつ。
「ほらみんな、先生達がやってくるみたいだ。そろそろ解散としようじゃないか」
その言葉を合図にあれだけ群がっていた連中はさっさと教室に戻ってしまった。
教授たちは衛士にマシューを預けて、医務室へと連行したらしい。
この翌日から、第三王子の姿を学院で見ることはなくなった。
王宮でも、王族の方々が住まう離宮でも。
マシューの姿を目にすることはなくなった。
代わりに‥‥‥王族専用の墓地に、一つ墓石が増えたことだけは、記憶から拭えない思い出となった。
そして俺とエヴァのことだが。
学院を卒業して、彼女は俺が予言したとおり月の女神様の聖女として、神殿に身を置くことになる。
彼女は時折、昔を懐かしんで俺を神殿に招こうとした。
だけど、俺は行かなかった。
行くたびに、あの香りに苦しめられるからだ。
マシューの感じたあの腐臭にも近い匂い。
あの時期にこの匂いに苦しめられたのは、あいつだけではなかったことを、俺は誰にも言いたくない。
言わずに済ませるのがいいのだ。
結局、俺達は最後まで仲良し三人組では終われなかったのだから。
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