鬼の贄姫と鬼界の渡し守 幕間—『金目の童女』—

秋津冴

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第二話 重量は?

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 ああ、家の近所にある高速道路に乗ったのだな、とそれまで走った距離や、左折、右折を繰り返した回数、体感的な時間から、秋奈はそう理解した。

 そこからはたまにどこかのパーキングエリアに寄ったりした時を除いて、車が荒っぽく運転されることはなくなり、従って秋奈の身体が謂れの無い暴力に晒される回数も減った。

 しかし、拘束され窮屈な体勢のままに、真っ暗闇の中で狭い空間に押し込められるというのは、体力もそうだし、心の力も凄まじい速度で削られていくものだ。

 車両が高速道路を疾走すればするほど、秋奈のすべては魂に至るまで、がりごりと削られて、最初は丸い輝く玉のようだったそれが、いまでは小指の先程度になってしまっていた。

 もう抵抗したいという気力もなく、いますぐに解放され、助けてやるからそこで全裸に鳴れと命じられたら、素直に従ってしまいそうな程には、気弱になっていた。

 どれほどの長距離を移動したのかも分からないまま、恐怖と疲れと、臓腑をえぐりとられそうになる吐き気のせいで、意識が朦朧となって数時間。

 ぎっ、とブレーキを踏む音がして、車が停車した。
 またパーキングエリアにでも寄るのか、お腹が空いた、喉が渇いた、猿ぐつわをされているせいで、口の端からだらだらと零れる唾液が顔にべっとりと痕を残している。

 食道を遡って来た胃液が、それに追従して、耳の中にまで入り込み、嫌な臭いが顔全体を覆っている。

(胃液と涙や鼻水、唾液で汚濁になった女など、どこの鬼でも好んで喰おうとか思わないでしょ)

 自分が置かれた状況を今更ながらに思い知り、悔しさと情けなさで噛み締めた奥歯が、ぎりっと鳴る。
 ついでに、天地逆にされ、ガラゴロガラゴロと運ばれる時間が長引くほど、頭に血が逆流してしまい、ぼうっと暑気を催す。

 再び、吐き気が沸き立って胃液が喉奥を焼いた。
 最悪だ。

 この状況に陥った自分も、売り飛ばした父親も、こんなことを占いで当てた術師も、みんな呪い殺してやりたいと、血の廻った頭で考えていたら、車輪の音が止んだ。

「待たせたな」

 暑い、真夏のなかのような茹でるような熱さを感じながら、乱暴な口調で誰かが誰かに声をかける。
 むこうにいる誰かは「別に」と短く素っ気ない口調で答えた。

 若い男の声で、こんな荒事に関わりそうにないような、涼やかなそれでいて知性に溢れた優しい声だった。

「重量は?」
「契約通り、35キロ……あ、いや。スーツケースも含みで、40キロ未満だ」
「そうか。なら、預かろう。中見は肉だったな?」
「あ、ああ。そうだ、生肉だがきちんとパッキングしてある。問題はないはずだ」
「中で汁が漏れるとかないようにしてくれよ」

 35キロ。自分の体重ではないか、と秋奈は暗闇の中で頬を赤らめた。
 いや、それは頭に集まった血が及ぼした単なる幻覚だったかもしれない。

 秋奈の全身がふわりと宙に浮く。
 今度は先ほどまでの乱暴な扱いではなく、丁寧な、いかにも大事な商品を扱っているという扱いで、スーツケースはまたどこかの床に真横に置かれた。

 ギシギシ音がするのは、多分、トランクルームの中でネットをかけるか何かして、スーツケースが運転時に暴れないように固定しているからだろうと、思われた。
 続いてそっとトランクルームの蓋が閉じられる。

 バタンと荒々しい音はせず、入り口がカチンっと施錠される音だけが、室内に響きわたった。
 それも闇のどこかに溶け込んでいき、外では男たちの話す声が聞こえてくる。

 やがて車は予想よりも重厚なエンジン音を立て、マフラーからは肚の底に響くような重低音が断続的に生み出され、秋奈を乗せた別の車両は発進した。

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