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最悪の役職
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等身大の真っ白な紙を与えられて、自分の知っている全ての職業を、最初から終わりまで書き込むように命じられたとしましょう。
好きな職業、嫌いな職業。
人によってそれは千差万別です。
最上位に君臨する尊い仕事。
それが何か私には分かりません。
でも、最下位に位置する職業を私は知っています。
――それは、聖女という職業です。
これは聖女になった私と、王太子だった彼と、その周りを巻き込んで起きた、小さな婚約破棄の物語。
☆
私の朝は早い。
下手をすれば、太陽が顔を東の山裾から覗かせるよりも早く目覚めている。
それは私がまだ十六歳であること。
貴族の子女と民間から集められた有能な若き頭脳が、十から十八の間、無償で学べる場に集まるしきたりがあること。
王国の国教に制定されている、女神ラフィネの聖女であること。
‥‥‥など、いろいろな理由がそこにはあったけれど。
一番大きな理由は、今述べられた、これ。
さっきから大声で叫んでいる、王国の第一王子と婚約していること。
これだった。
「聖女マルゴット! いや、マージ‥‥‥。残念だよ、愛する君にこんな言葉を告げなければならないなんて……信じていたのに! お前に、婚約破棄を申し付ける、この不貞の輩め!」
その時、私、マルゴット・エル・シフォンは糾弾されていた。
いきなり突きつけられた私の浮気を疑う彼の発言は、全く身に覚えがなかったものだ。
「なに? ラスティン。おはようございます。これは流行のオペラの演目か何かの真似事ですか?」
「おはよう、聖女様。マルゴット‥‥‥僕は、とても残念な気持ちでいっぱいだ」
「残念? なあに、あなた。また私をしかりつけたいことでもあるのですか?」
「もちろんその通りだ。僕の婚約者にふさわしくないお前と縁を切りにきた!」
彼は自信たっぷりにそう言い、その青灰色の瞳をこちらに向けた。
スッキリと整った顔立ち、印象的な混じりけのないブロンド。
彼の身長は私よりも頭一つ高く、見下ろすその視線は、見るもの全ての心を凍らせる冷たさが宿っていた。
王宮の隣に立つ神殿で目を覚ました私は、いつものように、身支度を整えて王宮に向かうところだった。
陛下に朝のご挨拶をするためだ。
その後、王族の皆様と朝食を共にし、それから同年代の子女が通う学院に殿下と御一緒する。
それが私の日課だった。
「朝早く、出会い頭に挨拶をする場も与えて頂けないまま、婚約破棄を命じられても困ります。殿下こそ、時間と場所をわきまえてくださいませ」
「なに? そんなはずがないだろう。お前の耳は節穴か。命じたことに対しての謝罪と反省の言葉はないのか」
これは王都のオペラで最近はやりの、オペラの演目の真似ごとなのだと、最初は思った。
どこか異国の王宮を舞台にした、王子とその婚約者である貴族令嬢の悲恋の物語。
男は権力者かその息子で、相手は侯爵か伯爵令嬢。
たまに、私のような聖女という役柄のパターンもある。
男は他の女性に浮気をして、自分の婚約者が邪魔になる。
彼が浮気相手に乗り替えるためにとる手段は卑怯そのもので。
婚約者の女性が浮気をしたと言いふらしたり。
新しい女に対して、様々ないやがらせを行い、悲しませたと噂を流すのだ。
そして悪女に罪を着せて、婚約破棄をして、断罪し追放。
男は助けた新しい女と恋仲になり、添い遂げる。
そんな騎士道物語から派生した演目を再演しているのかと‥‥‥思った。
あり得ないけれど。
「僕は王族だ。誰に遠慮する? この王宮の中で、誰が僕に対して文句を述べることが出来るというのだ。馬鹿にするのもいい加減にしろ」
「あら、てっきり学院で話題になっている、王族と聖女の婚約破棄物語。あのオペラを再現してくださったのかと。そう思いました」
「……これは演技ではない」
大根役者とも言い切れないところが、少し憎らしい。
まあ、その後ろに引き連れている家臣の数を見れば、余興でやっていないことなんて一目瞭然。
普段なら胸当て程度の軽装にしているはずの近衛衛士たちに、がっしりとした銀色の鎧まで着込ませている。
十数人の彼らを目にして、私の護衛をしている神殿騎士の一人が、やってきた道をそっと戻っていった。
「戻らせました」
「そう、ありがとう」
小さく、別の騎士から報告が入る。
応援を呼びに行ったのだろう。
その機転に感謝しながら、なるべく時間を稼ぐようにする。
これはどうにも‥‥‥笑いごとで済ませられなる事態ではなくなっていた。
「そうですか演技ではないのですか。それにしてもどう見ても完全武装の一団を連れて王宮を歩かれては、下手をすれば反逆を問われかねません」
「馬鹿を言うな。僕が許可を出している。第一王子たるこの、ラスティオルがな」
「大法典でも、王族が独断で兵を動員することを禁じているはずですが」
「小法典には、罪を犯した王族がいれば、それを捕まえる際に兵を動かしても良いとされている」
「罪っ?」
「ああ、そうだ。聖女であり僕の婚約者でありながら、他の男と不貞を働いた罪だ」
大法典とは、王族とそれ以外の民が従うべきことが記された、この国の法律だ。
王族にはいくつかの特権があって、それについて、別途詳しく記されたものを、小法典ともいう。
手元にいきなりそれを取り出すような器用さは、私にはない。
だけど、その中身について末端の王族よりは、詳しいつもりだ。
いつどんな時に内容を問われても、すらすらと諳んじなければならなかった。
この国では聖女が王族に等しい存在だとされているからだ。
権力と立場を持つからには、それに従うルールにも詳しくなければならない。
幼い頃から神殿の中でそういう風に厳しくしつけられてきた。
「王族と等しい聖女の私に罪を問うということは、それなりの証拠があるということですね?」
「必要なら後からいくらでも見せてやろう。お前の不貞の証拠をな」
「まずはこの場でそれを見せていただきませんと。納得ができません」
いやいや、それはないのよマルゴット。と心の中でもう一人の自分が、口から出た言葉を自分で否定する。
私の婚約者は非常に面倒くさがりで自分本位な男性だ。
そんな男がきちんとした証拠なんて用意してくるだろうか?
王族だから。
その一言で、これまで全てのわがままが許されていた。
正直言って、こんなのが婚約者だというのが、私の人生すべてを終わりに導いている気がしていた。
好きな職業、嫌いな職業。
人によってそれは千差万別です。
最上位に君臨する尊い仕事。
それが何か私には分かりません。
でも、最下位に位置する職業を私は知っています。
――それは、聖女という職業です。
これは聖女になった私と、王太子だった彼と、その周りを巻き込んで起きた、小さな婚約破棄の物語。
☆
私の朝は早い。
下手をすれば、太陽が顔を東の山裾から覗かせるよりも早く目覚めている。
それは私がまだ十六歳であること。
貴族の子女と民間から集められた有能な若き頭脳が、十から十八の間、無償で学べる場に集まるしきたりがあること。
王国の国教に制定されている、女神ラフィネの聖女であること。
‥‥‥など、いろいろな理由がそこにはあったけれど。
一番大きな理由は、今述べられた、これ。
さっきから大声で叫んでいる、王国の第一王子と婚約していること。
これだった。
「聖女マルゴット! いや、マージ‥‥‥。残念だよ、愛する君にこんな言葉を告げなければならないなんて……信じていたのに! お前に、婚約破棄を申し付ける、この不貞の輩め!」
その時、私、マルゴット・エル・シフォンは糾弾されていた。
いきなり突きつけられた私の浮気を疑う彼の発言は、全く身に覚えがなかったものだ。
「なに? ラスティン。おはようございます。これは流行のオペラの演目か何かの真似事ですか?」
「おはよう、聖女様。マルゴット‥‥‥僕は、とても残念な気持ちでいっぱいだ」
「残念? なあに、あなた。また私をしかりつけたいことでもあるのですか?」
「もちろんその通りだ。僕の婚約者にふさわしくないお前と縁を切りにきた!」
彼は自信たっぷりにそう言い、その青灰色の瞳をこちらに向けた。
スッキリと整った顔立ち、印象的な混じりけのないブロンド。
彼の身長は私よりも頭一つ高く、見下ろすその視線は、見るもの全ての心を凍らせる冷たさが宿っていた。
王宮の隣に立つ神殿で目を覚ました私は、いつものように、身支度を整えて王宮に向かうところだった。
陛下に朝のご挨拶をするためだ。
その後、王族の皆様と朝食を共にし、それから同年代の子女が通う学院に殿下と御一緒する。
それが私の日課だった。
「朝早く、出会い頭に挨拶をする場も与えて頂けないまま、婚約破棄を命じられても困ります。殿下こそ、時間と場所をわきまえてくださいませ」
「なに? そんなはずがないだろう。お前の耳は節穴か。命じたことに対しての謝罪と反省の言葉はないのか」
これは王都のオペラで最近はやりの、オペラの演目の真似ごとなのだと、最初は思った。
どこか異国の王宮を舞台にした、王子とその婚約者である貴族令嬢の悲恋の物語。
男は権力者かその息子で、相手は侯爵か伯爵令嬢。
たまに、私のような聖女という役柄のパターンもある。
男は他の女性に浮気をして、自分の婚約者が邪魔になる。
彼が浮気相手に乗り替えるためにとる手段は卑怯そのもので。
婚約者の女性が浮気をしたと言いふらしたり。
新しい女に対して、様々ないやがらせを行い、悲しませたと噂を流すのだ。
そして悪女に罪を着せて、婚約破棄をして、断罪し追放。
男は助けた新しい女と恋仲になり、添い遂げる。
そんな騎士道物語から派生した演目を再演しているのかと‥‥‥思った。
あり得ないけれど。
「僕は王族だ。誰に遠慮する? この王宮の中で、誰が僕に対して文句を述べることが出来るというのだ。馬鹿にするのもいい加減にしろ」
「あら、てっきり学院で話題になっている、王族と聖女の婚約破棄物語。あのオペラを再現してくださったのかと。そう思いました」
「……これは演技ではない」
大根役者とも言い切れないところが、少し憎らしい。
まあ、その後ろに引き連れている家臣の数を見れば、余興でやっていないことなんて一目瞭然。
普段なら胸当て程度の軽装にしているはずの近衛衛士たちに、がっしりとした銀色の鎧まで着込ませている。
十数人の彼らを目にして、私の護衛をしている神殿騎士の一人が、やってきた道をそっと戻っていった。
「戻らせました」
「そう、ありがとう」
小さく、別の騎士から報告が入る。
応援を呼びに行ったのだろう。
その機転に感謝しながら、なるべく時間を稼ぐようにする。
これはどうにも‥‥‥笑いごとで済ませられなる事態ではなくなっていた。
「そうですか演技ではないのですか。それにしてもどう見ても完全武装の一団を連れて王宮を歩かれては、下手をすれば反逆を問われかねません」
「馬鹿を言うな。僕が許可を出している。第一王子たるこの、ラスティオルがな」
「大法典でも、王族が独断で兵を動員することを禁じているはずですが」
「小法典には、罪を犯した王族がいれば、それを捕まえる際に兵を動かしても良いとされている」
「罪っ?」
「ああ、そうだ。聖女であり僕の婚約者でありながら、他の男と不貞を働いた罪だ」
大法典とは、王族とそれ以外の民が従うべきことが記された、この国の法律だ。
王族にはいくつかの特権があって、それについて、別途詳しく記されたものを、小法典ともいう。
手元にいきなりそれを取り出すような器用さは、私にはない。
だけど、その中身について末端の王族よりは、詳しいつもりだ。
いつどんな時に内容を問われても、すらすらと諳んじなければならなかった。
この国では聖女が王族に等しい存在だとされているからだ。
権力と立場を持つからには、それに従うルールにも詳しくなければならない。
幼い頃から神殿の中でそういう風に厳しくしつけられてきた。
「王族と等しい聖女の私に罪を問うということは、それなりの証拠があるということですね?」
「必要なら後からいくらでも見せてやろう。お前の不貞の証拠をな」
「まずはこの場でそれを見せていただきませんと。納得ができません」
いやいや、それはないのよマルゴット。と心の中でもう一人の自分が、口から出た言葉を自分で否定する。
私の婚約者は非常に面倒くさがりで自分本位な男性だ。
そんな男がきちんとした証拠なんて用意してくるだろうか?
王族だから。
その一言で、これまで全てのわがままが許されていた。
正直言って、こんなのが婚約者だというのが、私の人生すべてを終わりに導いている気がしていた。
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