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ザッカラン防衛戦

163話

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「……あ……」

 そう短く呟いたのは、一体誰だったのか。
 それはアランにも分からなかったが、その理由は考えるまでもなく明らかだった。
 普通に動くだけならともかく、レオノーラ本来の鋭い動きを伴った一撃。
 それを放てば、当然のようにそれはレオノーラの着ている服にも……そして被っていた帽子にも、その衝撃は伝わる。
 そうなるとどうなるか。
 それは考えるまでもないだろう。
 レオノーラの特徴的な……それこそ、太陽の光そのものが物質化したかような黄金の髪が露わになってしまう。
 その髪を見れば、レオノーラが誰なのかというのはザッカランにいる者なら誰でも理解出来た。
 ザッカランの住人にも、金髪を持つ者は少なくない。
 だが、本当の意味での金髪……混じりっけなし完全な金髪と表現出来る金髪を持つ者となれば、少なくてもアランはレオーラ以外には知らない。
 ましてや、周囲にいる者たちもそんな金髪の持ち主と言われて思いつくのは一人だけだった。

「レ、レオノーラ!?」

 そんなレオノーラの姿を見た屋台の店主が、思わずといった様子で叫ぶ。
 そしてレオノーラという名前を聞けば、周囲でアランと男のやり取りを眺めていた者の視線もそちらに向けられる。

「うわっ、本当にレオノーラだ」
「嘘だろ、何でこんな所に……」
「お姉様、素敵」

 レオノーラの顔を見た人々の口から、そのような声が漏れる。
 そんな声が聞こえたのか、レオノーラはしまったと反射的に自分の髪を隠していた帽子を確認しようと手を伸ばすが、その帽子はすでに地面に落ちている以上、使い物になるはずもない。
 レオノーラの手が触れたのは、帽子が隠していた自分の髪だ。
 そんな髪に触れ、自分の正体をこれ以上隠すことは出来ないと知ったレオノーラの判断は素早い。

「アラン!」

 地面に落ちている帽子を手に取り、素早く叫ぶ。
 そして次の瞬間、レオノーラはアランの手を掴んでその場から走り出す。
 ……これはレオノーラのミスというか、慌てていたがゆえの行動だったのだろうが、アランの手を握ってその場から逃げ出すという光景は、レオノーラやアランのことをよく知らない者たちにしてみれば愛の逃避行のようにも思える。
 もちろん、本人にその気はなかったのだろうが。
 だが、それはあくまでもレオノーラについて知っているのなら分かることで、レオノーラについて知らない者にしてみれば、それこそ愛の逃避行にしか見えない。

「と、取りあえずその辺の建物の陰に隠れた方がいいんじゃないか!?」
「ピ!」

 走りながら短く叫ぶアランの声に、その懐のカロもまた同意するように鳴き声を上げる。
 そんな声を聞き、レオノーラも少し考えてから頷き、取りあえず目立たないようにということで、半ば強引に髪を帽子で隠す。
 最初にアランと街中に出かけるときは、帽子を被っても髪を傷めたりしないようにかなり気を遣って帽子に収めた。
 だが、こうして走っている中で……それも片方の手でアランの手を引っ張っている状況でそのような真似が出来るはずもなく、半ば無理矢理帽子の中に髪の毛を収める。
 傍から見たら、勿体ないと思う者も多いだろう。
 だが、レオノーラにしてみれば、その髪はいくら黄金の髪であるとはいえ、結局は自分の髪でしかない。
 だからこそ、ある程度乱暴に扱っても問題はなかった。

「ふぅ。……全く、まさかこんなことになるとは思わなかったわね」

 そう言いながらおかしな場所がないかを確認しつ、アランに呆れの視線を向けるレオノーラ。
 そんな視線を向けられたアランだったが、実際自分から酔っ払いに絡んでいったのも事実だし、レオノーラの方に行かないようにしていれば、問題は全くなかった。
 それが出来ず、レオノーラの正体を盛大に見せつけてしまったのだから、それをレオノーラが不満に思うなという方が無理だろう。

「悪かったよ」
「そうね。次からはああいうときは、しっかりと一人で倒して欲しいわ」

 口では不満を言いながらも、レオノーラが浮かべているのは笑みだ。
 そんなレオノーラの様子にアランはどう対処したものかと考え……懐の中のカロに意識を向けるも、『ピ!』といつものように一言返されるだけだった。

「ともあれ、これ以上街中にいても面倒なことになるだけだろうし、そろそろ宿に戻るか?」
「そう、ね。……じゃあ、最後に一ヶ所だけ寄ってもいい?」
「俺は構わないけど、レオノーラがいるって件はかなりの早さで広まってると思うぞ? そんな状況でもどこかに寄るのか?」

 ネットやスマホといったものはなくても、人の噂というのは伝わるのが早い。
 特にその噂の対象がレオノーラのような美人であれば、さらにその速度は増す。
 ……レオノーラの名前が広まったとき、そこにはアランの姿もあった……どころか、一緒に馬車に乗っていてレオノーラをエスコートしていたのだが、アランの存在は完全にレオノーラに掻き消されていた。
 これは別に、アランが不細工だからという訳ではない。
 実際、アランは中の上……もしくは上の下と言われる程度には顔立ちが整っている。
 しかし、そんなアランと一緒にいたのが上の上、もしくはそれ以上の美女だったレオノーラであったために、その存在感は掻き消された……もしくは上書きされたのだ。
 もっとも、アランとしてはその一件について不満を抱いたりといったことはしていない。
 もし自分の存在がレオノーラによって上書きされなかった場合、色々と面倒なことになるというのは分かっていたからだ。
 実際、レオノーラが面倒なことになっているのを見れば、その予想は決して外れてはいないと実感出来た。

「ええ。本来なら今日の最後にそこに行くつもりだったんだけど……今の状況を考えると、そんなに悠長な真似はしていられないしね」

 そう告げ、笑みを浮かべるレオノーラ。
 その最大の特徴たる黄金の髪は既に帽子で隠されているし、眼鏡もかけられているが、それでもレオノーラの美貌で微笑まれれば、アランも男であるからか、目を奪われてしまう。
 レオノーラに目を奪われている自分に気が付いたアランは、慌てて視線を逸らしながら口を開く。

「分かった。俺も今日は別に何か用事があった訳じゃないし、今の状況でもレオノーラが行くって言うのなら、それに付き合ってもいい。ただ、噂にはなってるだろうけど、出来るだけ目立たないようにした方がいいだろうな」
「それはそうだけど……でも、どうするの?」

 今のレオノーラの姿――帽子と眼鏡――は、当然のように先程の屋台のところにいた者達から、広がるだろう。
 であれば、せめて上着だけでも別の服にした方が見つからないだろうと、アランは近くにあった店から服を買ってくる。
 当然のようにその服は中古の服で、とてもではないが元王女たるレオノーラが着るような服には思えない。
 だが、そのおかげで今よりもレオノーラの印象が変わるのは間違いなく、そういう意味では変装に最適と言ってもいいだろう。
 ついでに帽子も売っていたので、変装をするのなら帽子も違う物にした方がいいだろうと判断し、そちらも購入する。
 普通なら、このような状況で帽子について詳しい情報が伝わることはないだろう。
 だが、今回に限っては違う。
 レオノーラの正体が知られたのは、その黄金の髪によってだ。
 であれば、その金髪を隠していた帽子についても詳しい情報が広まっているのではないか、というのがアランの予想となる。

「ありがとう。……これで、見つからないといいんだけど」

 アランから受け取った服と帽子を受け取りながら、レオノーラはそう呟く。
 そして素早く着替える――上着と帽子を変えただけだが――と、その場で軽く一回転してみせる。

「どう? アランが選んだ服は」
「似合ってる」

 端的にそう告げる。
 母親を含めて、雲海に所属する女達の買い物に荷物持ちとして付き合わされることが多いアランだけに、こういう場面には多少なりとも慣れていた。
 ……もっとも、母親や生まれたときから知っている女たちとレオノーラでは当然色々と違っており、アランの顔にはどこか照れ臭さがあったが。

「そう」

 アランの言葉に満足そうに笑みを浮かべたレオノーラは、アランを先導するように道を進む。
 一体どこに行くんだ? と疑問に思いながらも、アランはレオノーラを追う。
 そして到着したのは、公園。
 特に何かこれといった特徴もない……それこそ、子供たちが遊んでいるような、そんな公園だ。

「ここに来たかったのか?」
「ええ、そうよ。たまにはここでこうしてぼーっとするのもいいでしょ?」

 そう言い、レオノーラは公園にあったベンチに座る。
 とはいえ、そのベンチは日本の公園にあるような立派なベンチではなく、それこそ素人が適当に……それこそ短時間で作ったかのような、そんなベンチだ。
 それだけに、すぐに壊れそうな気もするが……レオノーラとアランが座っても、特に壊れるようなことはなかった。

「ふぅ……」

 ベンチに座ったレオノーラの口からは、そんな声が漏れる。
 そんなレオノーラを少しだけ意外そうな視線で見るアラン。
 レオノーラはそんな視線に気が付いたのか、少しだけ不満そうに口を開く。

「何よ、私がこういう風に息を抜くのっておかしい?」
「いや、おかしくはない。おかしくはないけど……やっぱりちょっと驚いた」
「あのね、いい? 私だっていつもいつも気を張ってる訳じゃないのよ? それはアランだって何だかんだと、私と一緒に行動してるんだから、分かるでしょ?」

 そう言われれば、アランも何となくではあるが納得せざるをえない。
 実際、何だかんだとアランはレオノーラと行動することが多いのも、間違いのない事実なのだから。

「そうだな。……それにもう少しすればここでこうしてゆっくりするような暇もなくなるだろうし」

 アランは、イルゼンから前もってザッカランでガリンダミア帝国軍を撃退するという話を聞かされている。
 それは、アランがゼオンのパイロットだから、というのが大きいだろう。
 そんな訳で、アランはそう遠くないうちにザッカランが戦場になるというのを明確に予想していたのだった。
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