剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

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囚われの姫君?

216話

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 レオノーラが案内されたのは、酒場の地下室……酒蔵から通じている隠し通路だった。
 隠し通路に入るときは、レオノーラの部下たちが何かあったらすぐにでも自分たちが前に出ると考えていたが、実際には特に何もなく……酒場から少し離れた場所にある一軒の建物の中に出る。
 周囲の様子を確認は出来なかったが、レオノーラも歩いた距離から今いる場所が酒場からそれほど離れていない場所であるというのは予想出来た。

「こっちよ」

 そう言ったのは、レオノーラをここまで案内してきた女……酒場で店員をしていた女だ。
 レオノーラが予想した通り、鋼の蜘蛛というレジスタンスの中でもそれなりの地位にいるらしく、他の者たちのレオノーラを案内したいという声を抑えて、女が案内することになった。
 ……他の者たち、特に男はレオノーラの美貌に惑わされて、余計な情報を口にしそうだった、というのが女が案内役を務めた理由だったりするのだが。
 普通に考えればそんな馬鹿なと思うような理由なのだが、実際にレオノーラが顔を見せたとき、多くの者たちがその美貌に目を奪われ、動きを止めてしまったのは事実だ。
 それを観ていた女としては、とてもではないがそのような者たちにレオノーラの案内を任せる気にはなれなかった。
 もし任せていた場合、一体どうなったか……考えるまでもないだろう。

「それで、この家に鋼の蜘蛛のボスがいるの?」
「いえ、違うわ。ここはあくまでも中継地点よ」
「……随分と用心深いのね」
「この場所でこういうことをしていれば、用心深くなるのも当然でしょ」

 女の言葉に、レオノーラとその部下たち全員が納得したように頷く。
 ガリンダミア帝国の帝都で占領されて従属国になった国の者がレジスタンス活動を行っているのだ。
 その危険性が一体どれだけのものなのか、予想するのは難しくはない。

「ちなみに、今までどれくらい同じような組織が潰されてきたのか、聞いてもいいかしら?」

 そう尋ねたのは、好奇心からというのもあるが、それ以上にガリンダミア帝国がレジスタンスに対してどのように考えているのか……つまり、鋼の蜘蛛を含めてレジスタンスはどこまで戦力として信用出来るのか、といったことが気になったためだ。
 ガリンダミア帝国軍に見逃されているのなら、それはガリンダミア帝国軍にとってレジスタンスというのは、いつでも潰せる存在であるから、見逃されているという可能性も高かった。
 イルゼンがある程度の情報を集めているので、その辺りの事情もそれなりに知っている。
 だが同時に、レジスタンス同士でなければ知らないような……そんな情報もあるのではないかと。そんな風に思ったための質問でもあった。

「決して少なくない数が潰されてきたわね。鋼の蜘蛛も、決して今まで安全にここまで来た訳じゃないんだし」
「でしょうね」

 城に人を派遣することが出来るだけ、精力的に活動しているのだ。
 当然のように、そこまでのことが出来るようになるまでは相応の大変さがあっただろう。
 それこそ、ガリンダミア帝国軍によって捕らえられたり……もしくは、襲撃を受けたといったことも、一度や二度ではないはずだった。

「こっちよ」

 ガリンダミア帝国軍の襲撃を受けたとなれば、目の前にいる女の友人……いや、場合によっては恋人すらも、捕らえられたり殺されたりといったことになった可能性がある。
 それを考えれば、隠し通路から出て自分たちを案内している女にも色々と思うところがあるのだろうというのは、容易に予想出来た。
 家から出て道に出ると、そこを歩いているのは普通の人々だ。
 レジスタンスや探索者といったことは全く知らないといったように活動している通行人たちをみながら、レオノーラはフードを降ろす。
 顔を晒してしまうと、どうしてもレオノーラの場合はその美貌から人々の印象に強く残ってしまうのだ。
 レオノーラにしてみれば、自分が美人だということは知っているが、こういう時はどうしても不便だと思ってしまう。

「それで、ここからどのくらい歩くのかしら?」

 レオノーラの質問に、案内するように前を進んでいた女は振り向き、口を開く。

「すぐよ」

 具体的にどのくらいなのかは、レオノーラにも分からなかった。
 だが、それでも今の状況を考えると本当にすぐなのだろうというのは予想出来る。
 そもそも、レオノーラたちは鋼の蜘蛛の秘密を知っているのだ。
 そうである以上、ここでレオノーラたちを誤魔化すような真似をした場合、後日一体どのようなことになるのか分からない。
 それこそ、レオノーラたちに攻められるようなことになれば、鋼の蜘蛛の戦力では対抗出来ない。
 これは、決して鋼の蜘蛛が弱いという訳ではなく、レオノーラたちが強すぎるのだ。
 腕利きの探索者というだけで、レジスタンスたちが正面から戦ってしまえば勝ち目はまずない。
 それだけの力を、レオノーラたちは持っているのだ。
 そして……五分も歩いた頃に、案内役の女は足を止める。
 レオノーラの目の前にあるのは、一軒の店。
 ただし、さきほどの酒場とは違ってポーションを始めとした、魔法薬の類を売っている店だ。

「なるほど。こういう店なら……」

 レオノーラは感心したように呟く。
 ポーションを始めとした魔法薬の類は、当然だが作れるものはそう多くはない。
 中には技量が未熟で、ポーションを作ろうとして毒薬の類を作ってしまう……といったような者もいる。
 それだけに、腕のいい職人……錬金術師だったり、薬師だったりする者たちは貴重で、帝都でもかなり重宝されていた。
 そのような者がレジスタンスを率いているとは、普通なら思いもしないだろう。
 実際、レオノーラに情報を寄越したイルゼンも、この件については何も言ってなかった。
 ……本当に知らなかったのか、知っていてあえて情報を流さなかったのかは、レオノーラにも分からなかったが。

「入るわよ」

 案内をしてきた女が、短くそれだけを言って店の中に入る。
 店そのものはそれなりの大きさで、最初にレオノーラたちが入った酒場よりも大きい。
 それでも店の中に入って狭く感じたのは……店の中には、大勢の客の姿があったからだろう。

「これは、また……随分と流行ってるわね」

 感心したように呟くレオノーラに、案内をしてきた女は得意そうな表情を浮かべる。
 女にとって、鋼の蜘蛛のボスは尊敬すべき相手であり、その人物が経営しているこの店が流行っているということは、それだけ嬉しいことなのだろう。
 ……もっとも、この店が流行るということは店の商品がよく売れるということを意味し、鋼の蜘蛛に回ってくるポーションの類が少なくなるということでもあるので、痛し痒しといったところなのだが。
 鋼の蜘蛛が大きくなった理由として、他のレジスタンスよりもポーションの類が豊富に使えるから、ということも大きい。
 だからこそ、この店が繁盛するのは嬉しいのだが、それ以外にも色々と思うところがあるのは当然だった。
 とはいえ、それは女にとって組織の外の人間に知られてもいいようなことではない。
 そのような思いを表に出さないようにしながら、女は店員に声をかける。

「ねぇ、店主はいる? ちょっと用事があってきたんだけど」

 ボスではなく店主と呼んだのは、やはり周囲に多くの客がいるからだろう。
 ボスという単語は、どうしても注目を浴びてしまうのだから。
 女に声をかけられた店員は、驚きの表情を浮かべる。

(なるほど。店員もレジスタンスについては知ってるのね)

 そんな店員の様子を見ていたレオノーラは、そう納得の表情を浮かべた。

「私は少し店主と話をしてくるから、ここで待っててちょうだい」

 女はレオノーラにそう告げ、店の奥に入っていく。
 客の何人かが、この店の店員でもないのに平然と店の奥に入っていく女の姿に、疑問を抱く。
 とはいえ、店員もそんな女の様子を見ても特に何も言わないことから、恐らくは店の関係者なのだろうと判断し、それ以上は特に気にする様子もなく再び店の中にある商品に目を向ける。
 そんな中、レオノーラは周囲にいる客たちの視線を向けられるようなこともなく、女が戻ってくるまで店の中を見る。
 ……この店の店員が、それとなく自分たちの様子を窺っているのを知りながらも、それを表に出すようなことはなく。
 レオノーラにしてみれば、見知らぬ相手に対する警戒としては十分だという認識で……満足していると言ってもよかった。

(フードを脱がなくてよかったわね)

 もしこの場でそのような真似をしていれば、間違いなく店の中にいる客たちの視線が自分に集中するはずだった。
 そして……店の中を眺めていると、店員の何人かが自分や部下たちの様子をそれとなく探っているのに気が付く。
 恐らく、その店員たちが鋼の蜘蛛の一員であろうことは、レオノーラにも容易に想像出来た。

(つまり、私たちに集中していない店員は、この店の店員ではあっても鋼の蜘蛛とは何の関係もないと考えてもよさそうね。正直なところ、レジスタンスのボスがいる場所に、全く関係ない人を雇っているのは、ちょっと疑問だけど)

 店員を見ながら考えるレオノーラだったが、そこまで考えてすぐにその考えを否定する。
 あるいは、そのような者たちがいる場所だからこそ、ここが鋼の蜘蛛のの拠点であると知られる可能性が少ないのではないか、と。

「レオノーラ様、この店のポーションはかなり高い品質を保ってますよ」

 と、そんなレオノーラに、部下が声をかけてくる。
 その声には強い驚きが混ざっており、それがポーションの高品質さについてどれだけのものなのかを示していた。
 探索者として古代魔法文明の遺跡に潜るときにも、普通に使えるだけのポーションなのだろうと。
 レオノーラもそのポーションを見て、納得する。
 それこそ、もしこれから鋼の蜘蛛のボスと交渉をする必要がなければ、このポーションをいくつか購入したいと思うくらいには、高品質の代物だった。

(ポーションの類はいくつあっても困るものじゃないし……交渉が終わったら、買っていくべきかしら?)

 店の奥から戻ってきた女を見ながら、レオノーラはそう考えるのだった。
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