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囚われの姫君?

235話

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「うおっ! 何だ? 何があった!?」

 驚きの言葉を口にしたのは、アラン。
 現在のアランは、いつものように訓練場でグヴィスとの模擬戦を行っていたのだが……その訓練場に、不意に複数の兵士たちが雪崩れ込むように姿を現したのだ。
 いつもであれば、この訓練場にはアランたち以外には誰もいない。
 アランたちが使っていないときは、それこそ多くの者が使っているのだろうが……アランの姿を少しでも人目に晒したくないと考えているガリンダミア帝国側としては、この訓練場をアランたちが使うときは、貸し切りにするのが当然だった。
 幸いなことに、広大な帝城の中には他にも複数同じような訓練場がある。
 であれば、他の兵士や騎士たちの訓練は、アランが使っている以外の場所で行えばいいだけだ。
 そういうことになっていただけに、この訓練場にこれだけ大量の兵士が姿を現すというのは、アランにとっては意外だったし……同時に、何らかの問題が起きたということを示していた。

(その問題が何かってのが、ちょっと気になるんだけどな。……一体、何があった?)

 疑問を抱くアランだったが、当然の話ながらそれはアランには分からない。
 予想をするのなら、いくらでも可能性は出てくるのだが……その中で一番可能性が高く、アランにとって嬉しい内容なのは、自分の救出のために雲海や黄金の薔薇が動いてくれたということだ。
 実際、黄金の薔薇の探索者の一人と帝城の中で遭遇しているため、その考えは間違っていないと思える。
 とはいえ、今はそんなことを考えるよれいも目の前にいる兵士たちをどうにかする方が先だった。

「こんなに数を揃えて、一体何のつもりだ?」
「……上からの命令です。アランを至急部屋に戻すようと」

 グヴィスと兵士の会話を聞いたアランとしては、やっぱりという思いがあると同時に、何故? という疑問もある。

(こうなると、もしかして本当に俺を助けに来たのか?)

 それが事実どうかは、アランにも分からない。
 だが、それでも今の状況を思えばほぼ間違いないにように思えた。
 とはいえ、それが分かったからといって、今のアランに何が出来る訳でもない。
 少なくても、何らかの行動を自分が起こしたとしても、この状況でどうにか出来るはずがないのだから。
 そんなことをアランが考えている間にも、グヴィスと兵士たちの話は進んでいた。
 とはいえ、兵士たちの態度に不満を抱いたグヴィスではあったが、上からの命令だと言われてしまえば、それに抗うような真似は出来ない。
 これが兵士たち……もしくは、上は上でももう少し上からの命令であるのなら、グヴィスとしても逆らうこともできたのだろうが、もっと明確に上……それこそ、皇族からの命令だと言われれば、それに従うより他はない。

「悪いな、アラン。どうやら本気で何かあったらしい」

 申し訳なさそうに、そして疑問を抱きつつそう言ってくるグヴィス。
 グヴィスにとっても、今の状況では一体何が起こっているのかというのは分からないらしい。
 それを知ったアランは、そこまでの何かがあったのだろうというは理解出来た。
 ……もっとも、まさか黄金のドラゴンがいきなり帝都の中に現れた、というのは予想外だったが。
 だが、ガリンダミア帝国の者は違う。
 特にアランについての情報を持っている者であれば、当然のようにアランと同時期に心核使いとなった黄金の薔薇のレオノーラについて情報を持っていてもおかしくはない。
 何より、ガリンダミア帝国軍は今まで何度かレオノーラの変身した黄金のドラゴンによって、大きな被害を受けているのだ。
 そのような中、アランが帝城にいる状態で帝都の中に黄金のドラゴンが姿を現したのと今回の件を、無関係であるといったようには思えないだろう。

「分かった。取りあえず部屋に戻ればいいんだな? 何があるのかは分からないけど、今の俺は捕虜なんだ。そっちの指示には従うよ」

 そう告げ、アランは大人しく模擬戦用の武器を元あった場所に戻し、そして自分が軟禁されている部屋に向かう。

「ちっ、何が捕虜だ。探索者風情がいい気になりやがって」

 兵士たちの中からそんな声が聞こえてきたが、アランはそれを無視する。
 実際、自分の待遇が捕虜と呼ぶのが無理なくらい、好待遇だったのだから。
 貴族が使うような部屋で暮らし、メローネという専門のメイドまでついており、食事も捕虜とは思えないくらいに豪華な料理が揃っている。
 そのような待遇を見れば、とてもではないがアランのを見て捕虜だと思える者はいないだろう。
 ……もちろん、そのような好待遇はアランの敵意をガリンダミア帝国に向けないようにし、やがて恭順させることを目的としているのだが。
 だが、直接アランの護衛についているグヴィスやクロス、世話をしているメイドのメローネならともかく、ただの兵士がそこまで深い事情を知っているはずがない。
 だからこそ、兵士たちにしてみれば捕虜でしかないアランが、信じられない厚遇を受けているのが面白くないと思う者もいるのだろう。
 特にこの訓練場は、そこまで大きな訳でもないが、立地的に便利な場所にある。
 アランがこの訓練場で訓練をしているのは、あくまでもこの訓練場がアランの部屋から一番近い場所にあるからなのだが……この訓練場を普段から使っていた者たちにしてみれば、ここを使えなくなったというのは面白くない。

「おい、何か言ったか?」

 兵士の言葉をスルーしたアランだったが、それをスルー出来ない者もいる。
 それがグヴィスだ。
 最初はアランのことを気にくわないと思っていたグヴィスだったが、ビッシュとのやり取りや訓練場で模擬戦を繰り返すことにより、アランに対する態度は軟化していった。
 今では、一応見張りという自分の役目は知っているものの、それでもアランとは友人といってもいい関係を築いていた。
 そんなグヴィスにとって、兵士たちの態度はとても許容出来るものではなかった。
 ……いや、これがアランに聞こえないように悪口を言うのなら、グヴィスもまだ許容しただろう。
 グヴィスから見ても、アランの待遇が破格のものであるというのは明らかだったのだから。
 だが、この場合問題なのは、兵士たちが意図的にアランに聞こえるように悪口を言っていたことだ。
 その陰湿な行為が、グヴィスには許せない。
 とはいえ、グヴィスの視線が向けられれば、その視線を向けられた兵士たちは全員が黙り込む。
 まるで、自分は何も言っていませんといったように態度で示したのだ。
 それがまた、グヴィスには面白くない。
 そんな兵士たちに向かって、さらに何か言おうとしたグヴィスだったが、相棒のクロスがそれを収める。

「その辺にしておけ。今はまず、アランを部屋に戻す方が先だ」
「……分かったよ」

 不承不承といった様子で頷くグヴィス。
 そんなグヴィスの様子に、助かったといった表情を浮かべる兵士たちだったが、次の瞬間にはその兵士たちにクロスが鋭い視線を向ける。
 グヴィスを止めたクロスだが、そんなクロスも今の兵士たちの行動が不愉快なのは同じなのだ。
 それでも、今はとにかくアランを部屋に連れて帰るのが先だからということで、グヴィスを止めたのだが……もしグヴィスが何も行動を起こさなければ、もしかしたらクロスが何らかの行動に出ていた可能性もあった。

「じゃあ、行くか。何があったんだしとても、とにかく情報を集める必要があるしな。……あまりいい予感はしないが」

 グヴィスのその言葉に、アランとしては素直に頷くことが出来ない。
 グヴィスにとっていい予感がしなくても、アランにとっては別……といった可能性は、十分にあるのだから。
 とはいえ、今の状況でそれを表に出すのは避けた方がいいと判断し、頷いて見せる。

(グヴィスを騙してるみたいで、気分はよくないんだけどな。……いや、こう思うことそのものが、ガリンダミア帝国の思惑の内なのかもしれないけど)

 メローネ、グヴィス、クロス。
 アランと一緒に行動していた三人は、最初はともあれ、今は全員がアランに対して好意的だ。
 だからこそ、アランもこの帝城から脱出する際にはこの三人に対して少し悪いと思ってしまう。
 そのよう罪悪感を抱かせることこそが、ガリンダミア帝国の上層部が考えた狙いだったのだろう。
 アランもそれは予想出来るのだが、だからといって三人の存在を無視するような真似は出来るはずがない。

「よし、じゃあまずは部屋に行くぞ」

 グヴィスの言葉に従い、アランはクロスと共に部屋に向かう。
 兵士たちのうちの半数はそんなアランたちたと共に行動する。
 元々が部屋に戻るようにと言ってきた以上、その言葉は当然だろう。
 だが……そんな一行が移動していると、不意に城が激しく揺れ始めた。

「うおっ! 何があった!?」

 グヴィスが叫ぶが、誰もそれに答えることは出来ない。
 ……まさか、レオノーラが心核を使って変身した黄金のドラゴンが、帝城に展開された結界を半ば強引に破ろうとしているなどと、誰が思うのか。

「グヴィス、どうする? このまま移動するのは危険かもしれないぞ。一旦外に避難するか? 幸い、あそこには扉があるし」

 クロスが示したのは、通路の少し先にある扉だ。
 それを使えば外に出ることは可能だろう。

「そんなのは認められません。その男には、きちんと鍵のある部屋に戻るようにと、上から命令が来ています」

 だが、そんなクロスの言葉を聞いた兵士が、即座にそう叫ぶ。
 命令としては、そちらの方が正しいのだろう。
 だが……今の状況においてどちらが正しいのかと言えば、それはクロスの方だ。
 少なくても、グヴィスはそう考える。
 その考えの中に、兵士たちへの反感がなかったかと言えば、嘘になるのだろうが。

「馬鹿が。この状況で暢気に移動していて、何かあったらどうするんだ? それこそ、この衝撃で帝城の一部が崩れたりといったことになる可能性は否定出来ない。安全を考えれば、一度避難するという選択肢は間違っていない」

 グヴィスがそう言い、兵士たちがまだ何か言ってるのを無視して扉に向かうのだった。
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