剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

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逃避行

274話

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 アランたちがどうするべきか悩んでいる間にも、ダーズラ率いるガリンダミア帝国軍は進み続ける。
 ゼオンの攻撃によってそれなりに被害は出たが、今はもうその動揺も回復して、真っ直ぐ敵のいる遺跡に向かって進んでいた。
 今の状況で自分たちが取るべき最善の行動は何か。
 それを、考えるまでもなく理解しているのだ。

「敵に動きは……ないな」

 馬の上から自分たちが向かっている場所……雲海と黄金の薔薇が拠点としている野営地を眺めながら、ダーズラが呟く。
 まだかなりの距離があるのだが、それでも平原である以上、馬に乗っているダーズラからは野営地をしっかりと確認出来る距離までは近付いていた。
 だからこそ、野営地に何の動きもないことを疑問に思う。

「何故動きがない?」

 ダーズラが前もって聞いている情報によれば、雲海も黄金の薔薇も、こんなところで行動するのを諦めるような者たちではない。
 そもそもこの程度で諦めるのなら、帝城を襲撃などといった真似はまずしないだろう。
 だからこそ、今回も何らかの行動をしてくるとばかり思っていた。
 いや、実際に自分たちが近付いたところで、向こうは上空からこちらを襲ってきたのだから、すでに行動は行っていたのだが。
 しかし、その行動も死の瞳というマジックアイテムによって無効化された。
 それによって、たった一人でも戦局を変えることが出来る心核使いが複数いるという向こうの利点を消したのは事実。
 そうである以上、反撃の手段はないと普通なら思うだろう。
 だが……雲海と黄金の薔薇は、とてもではないが普通の存在ではない。
 現在の状況であっても、何らかの反撃をしてくる可能性は十分にあった。
 ……問題なのは、ダーズラたちがその攻撃手段に思い当たらないことか。
 だからこそ、今は少しでも敵の攻撃があったときに対処出来るようにしておく必要がある。

「くれぐれも油断はするなよ。連中は帝城を襲撃して、その上で目的のアランを助け出したあと、誰一人脱落者を出さずに撤退に成功した者たちだ。その上……まさか、ドットリオン王国方面ではなく、このような正反対の場所に隠れているとはな。決して油断出来る相手ではない」

 そんなダーズラの言葉に、周囲の者たちは頷く。
 しかし……そんな中で、一人の男が口を開く。

「ですが、ダーズラ様。俺が聞いた話によると、帝城では襲ってきた相手を結構な数、捕らえたり殺したりしたと聞いていますが?」
「……馬鹿もんが」

 その言葉に、ダーズラは呆れた様子でそう告げる。
 それだけではなく、他の面々も同様に呆れの視線を向けていた。

「ちょっ、おい、何だよ。俺、何か間違ったか?」
「間違ってないわ。けど、あの襲撃で捕まったり殺されたりしたのは、全てレジスタンスの連中よ」

 その言葉に、男はようやく自分が何を言ったのかを理解して恥ずかしそうな表情を浮かべた。

「そ、そうなのか。……それでも、レジスタンスを囮にした連中ってことだろ? なら、レジスタンスに手を回してこっちの手駒に出来なかったのか? 自分たちを利用した相手なら、レジスタンスたちだってそう簡単に許せるものじゃないだろ」
「馬鹿ね。レジスタンスも自分たちが囮になっているのは知ってるままで帝城を襲撃したのよ」

 仲間にそう言われると、男もそれ以上は何も言い返せなくなる。
 もちろん、言い返せないからといって、何も思っていない訳ではない。
 レジスタンスは自分たちが囮になってもいいのかといったような疑問を抱いてはいたのだが。

「そうか……」

 そんな風に言いながらも、ガリンダミア帝国軍の進軍は続くのだった。





 ガリンダミア帝国軍が近付いてくる野営地……そこでは、イルゼンがどう対処するのかを決めていた。
 つまり、遺跡の転移装置を使って逃げるか、ガリンダミア帝国軍と戦うか、この場から逃げ出すか。
 どの対応も一長一短だった。
 当初は心核使いたちの実力もあって、正面から戦っても勝てると、そう判断されていたのだが……それも、広範囲で心核を使用不能にする死の瞳というマジックアイテムによって心核使いたちは無力化されてしまっている。
 特に、心核使いの中でも最強格のレオノーラは死の瞳の発動によって気絶し、未だに意識が戻っていない。
 そんな中で、イルゼンが選んだのは……

「戦いましょう」
「本気かよっ、イルゼンさん!」

 イルゼンのその言葉に、真っ先に反応したのは雲海の探索者。
 イルゼンとの付き合いが長いだけに、まさかここでイルゼンがそのようなことを言うとは思ってもいなかったのだろう。
 他の者もそれは同様だ。
 イルゼンは情報の取り扱いに高い手腕を持つが、攻撃か防御かと言われれば防御を選ぶような性格をしている。……正確には、防御を選びながらもカウンターを放つ隙を狙うといったような感じだが。
 ともあれ、そのイルゼンがまさかここで攻撃をするといった手段を選ぶというのは、それだけに聞いていた者達を驚かした。

「本気です。死の瞳は、ここで消滅させる必要があります。基本的に死の瞳は一度使えばもう使えなくなるマジックアイテムですが、それはあくまでもその死の瞳は、ということです。他にも死の瞳があった場合……その上、それがガリンダミア帝国軍が所持してるとなると、問題でしょう」
「言いたいことは分かるけど、実際問題どうやってあの人数を相手にするってんだよ!」

 それは他の者たちも十分に理解していた。
 元々、数の差を心核使いの力で覆すというのが前提だったのに、その心核使いたちが封じられてしまったのだから。
 ここにいる探索者たちは、皆が腕利きだ。
 それこそ、倍、三倍、四倍……十倍くらいの数が相手なら、勝つことも出来るだろう。
 負けないだけなら、二十倍でも何とかなるかもしれない。
 だが……相手の数が二千人規模となると、さすがに数の差がありすぎる。
 質が量を凌駕することは、この世界では心核を抜きにしても珍しい話ではない。
 だが、それでも質を凌駕するだけの量を用意されれば、対処するのは難しくなるのは当然だった。
 その上、攻めてくるのはガリンダミア帝国軍の中でも精鋭と呼ぶべき者たちなのだから、余計に難しいだろう。
 新兵が相手であれば、現在の状況でも何とかなった可能性はあったのだが。
 他の者たちも、皆がイルゼンに何故そのような選択をしたのかと、そんな視線を向ける。
 イルゼンはそんな視線を受け……やがて口を開く。

「もちろん、僕も何の勝算もなくこのようなことを言ってる訳ではありません。皆さん、忘れているようですが、この遺跡の最下層には人形の製造設備があります」
「その、人形をこっちの戦力として使うってことですか?」

 女の、恐る恐るといった言葉にイルゼンは頷く。

「はい、そうなりますね」

 あっさり……それこそ、その辺の店にちょっと買い物に行くといったような感じでそう告げるイルゼンにその様子を見ていた者たちの何割かは、それこそイルゼンは本気なのか? 実は正気を失っているのではないか? と思ってしまう。
 だが、イルゼンは自分がそのような視線で見られているのを理解しているだろうに、特に気にした様子もなく言葉を続ける。

「実は皆さんには話してませんでしたが、以前製造設備を調査したときに、人形に命令を下すための方法を発見しています。……ここで作られた人形だけですけどね」

 そんなイルゼンの言葉を聞き、喋る体力はないものの、しっかりと話を聞いていたアランは口には出さずに呟く。

(また……か)

 そう、また。
 イルゼンはこの野営地にある遺跡……正確にはそこにあった人形の製造設備から繋がっている他の遺跡の転移装置を止めるという方法を知っていた。
 それも破壊して永久的に壊すという訳ではなく、一時的に停止し、また任意に使えるようにするといったような、そんな方法を。
 その転移装置にかんしてだけなら、アランもイルゼンが説明した通り、偶然制御方法を見つけたということで納得出来た。
 だが、その転移装置に続いて人形の命令についても判明したというのは……普通に考えて、疑問だろう。

(三度続けば偶然じゃないってのはあるけど、二度続いただけでも偶然じゃないとかあるのか? ……何だか、イルゼンさんだからで普通に納得してしまいそうな気がするんだよな)

 実際、今回ほどではないにしろ、今までにも似たようなことは起きている。
 だからこそ、自分を納得させることも出来た。
 それは、命の危機が迫っているからこそ無理矢理自分を納得させたといった方が正しいが。

(今回の件が終わったら、何でそこまで古代魔法文明の遺跡について詳しいのか、聞いた方がいいのかもしれないな)

 アランがこの一件を乗り越えてからのことを考えている間にも、イルゼンの話は続く。

「僕がこれから遺跡の地下に向かって、人形の製造設備を起動してしきます。そして人形を地上に運んでくるので……そうですね。三時間……いえ、二時間で何とかしますので、その間だけ耐えてください。皆さんなら出来るでしょう?」

 普通であれば、二千人以上の戦力を相手にこの人数で戦えというのは無茶ぶりだ。
 だが……ここにいるのは、雲海や黄金の薔薇といった探索者の中でも腕利きと言われている面々だ。
 二千人規模の戦力を相手に殲滅しろと言われれば無理だが、防衛戦をやれと言われれば、何とかなる可能性が高いと判断出来る。

「こうなると、落とし穴とかそういうのを用意しておかなかったのは、つくづく失敗だったよな」

 そう呟く声が周囲に響くが、それを聞いた別の男は呆れたように言う。

「相手の数を考えろよ。俺たちがちょっと作った程度の落とし穴だと、十人、二十人殺したところであっさりと役立たずになるぞ」
「それでも、少しでも相手を警戒させられればいいだろ?」

 不思議なことに、イルゼンの言葉で皆がやる気になっていた。
 不可能を可能にする。
 そんな不思議な説得力が、イルゼンにはあったのだ。
 そうして、今はやるべきことをやる必要があり、皆がこの危機を乗り切ろうと決めるのだった。
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